第102話 遭遇

 魔力探知機は思ったよりも早く完成した。そこにはリリアの手助けが大いにあった。


「リリアのお陰で助かったぜ」

「何言っているのよ。旦那様を助けるのは妻の役目よ」


 今、この部屋には俺たち二人きり。少しくらいイチャイチャしても許されるだろう。

 久々の二人だけの空間でそんな気持ちになったのは俺だけではなかったらしく、リリアもベッタリと引っ付いてきた。


 おっとこれはいかん、と思いながらもリリアの腰に手を回す。仕方ないよね、おっさんだもの。

 そう言えばこの世界にやって来てから、段々と精神年齢が若くなっているような気がするんだよな。


 確かに、ドワーフの五十歳は若造かも知れないが、どうやらその若造の感覚に適応してきているような気がする。


「リリアちゃん、ダナイちゃん、そろそろおやつ……」


 ノックもせずにドアを開けて入って来たエリザが固まった。こういうデリカシーがないところがリリアの嫌がる原因になっているのかも知れないな。


 そのまま無言でドアを閉めたが、リリアの顔は明らかに不機嫌になっている。



 俺たちは完成した魔力探知機を持ってダイニングルームへと向かった。そこにはすでに他のメンバーも戻ってきていた。エリザは申し訳なさそうな表情をこちらに向けている。


 エリザは単に俺たちを呼びにきただけだ。悪くはない。悪くはないが、ドアをノックせずに入るのは良くないな。少しは反省して欲しい。それとも、エルフ界隈ではノーノックは常識なのか?


「ダナイ、その手に持っているものは?」


 ベンジャミンが俺の手の中にある魔道具を指差した。

 

「魔力探知機です。ついさっき完成しました。リリアに手伝ってもらったので、性能については確認済みです」

「おお、もう完成したのか! これで次の段階に進めるな」


 隊長は喜びの表情を浮かべた。どうやら相手に見つからずに調査するのは神経をかなり消費するようである。


「そっちの状況はどうなの?」


 席に着いたリリアがお茶の準備をしながら聞いた。その問いにベンジャミンが代表で答えた。


「岩山と湖周辺の調査は完了したよ。残念ながら、魔法封じの魔道具はまだ見つかってないよ。だが、エンシェント・エルフの声は聞くことができた」


 そう言うと、ベンジャミンは隊長の方を見た。


「ああ、確かに聞くことができた。その報告もあってこの場を設けさせてもらったよ」


 なるほど。どうしていきなりお茶会を始めたのかを理解した。しかし、タイミングが悪かったな。もうちょっと遅ければ……いや、もっと気まずい状況だったかも知れない。

 俺たちが抱き合っているときにエリザママが突撃してくるとか、最悪だ。


「それで、どうだったのかしら?」


 気になるのか、エリザが隊長の言葉をせかした。


「言葉は俺たちが使っているものと全く同じだった。つまり、俺たちの前回の言葉は相手に通じていたと言うことだ」

「ということは……」

「そうだ。明らかにこちら側に敵意を持っていると言って良いだろう」


 その場に沈黙が落ちる。どうやら戦いは避けられそうにないようだ。事前にその覚悟ができて、良かったと思うべきなのか。


「ダナイ、その魔力探知機で相手側の人数が分かるかい?」

「ええ、もちろんです。ここからでは少し遠いので、近づく必要がありますけどね」


 ベンジャミンがうなずいた。


「それじゃ、今後の作戦だ。まずは相手の人数の調査だ。そしてできれば、分断して対処できればと思っている」

「水をくみにきた者の対処を先に行うわけですね」

「そうだ。そこで話が聞けたらそれで良いし、ダメでも仲間が帰ってこなければ、捜索隊を出すだろう」


 つまりは相手の戦力を小出しにさせると言うことだ。こちらは相手の動きを知ることができる。捕まえるのも、不意打ちをするのも簡単だ。魔力探知機のお陰でこちらがかなり有利である。


「それじゃ、さっそく動き出すとしよう」


 このおやつの時間が終われば、いよいよエンシェント・エルフと対面することになるだろう。気を引き締めておかないとな。



 隊長の案内で岩山を監視できる位置までやって来た。この場所からなら、遠目にエンシェント・エルフが隠れ住んでいる穴が見えた。

 辺りはシンと静まり返っている。とても人が住んでいるとは思えなかった。


「相手側の監視はいないみたいですね」

「そうだな。どうやら前回私たちがかかった結界がその役目をしてるようだ。結界内に魔物が入り込むと、すぐに出てきたよ」


 なるほど。敵の接近を知らせてくれる結界があるのか。以外に便利そうだな。それがあれば、野営のときに起きておく必要はないのかも知れないな。


「それじゃ、起動します」


 ボタンを押すと、魔力探知機のモニターに光点が表示された。


「この光点が魔力の反応を示すものです」


 魔力探知機を中心に光点がいくつも表示される。俺の近くの光点はリリアや捜索部隊のメンバーのものだろう。後方の光点は、地下拠点にいる人。そして正面の岩場付近にあるのがエンシェント・エルフのものだろう。


「光点は全部で十……随分と少ないな」


 首をひねりながら隊長が言った。

 

「どうやら、もう絶滅寸前のようですね」


 俺の言葉に、その場にいた全員が沈黙した。

 その後すぐに俺たちは地下拠点へと引き返した。俺たちの報告を受けたエリザたちは、やはり同じように沈黙した。


「これは困ったな。戦いになれば、エンシェント・エルフを滅ぼすことになりかねないな」


 ベンジャミンはうなり声をあげた。ベンジャミンは戦っても勝つ気でいるようだが、勝算はあるのだろうか? あちらの方が強いかも知れないことが気になるところだ。


「エンシェント・エルフの強さはどのくらい何ですか?」

「伝承では強力な魔法をいくつも使えたとあるが、それも今では昔の話だろう。エンシェント・エルフの数が減るのと共にほとんどが失われていると見て大丈夫だろう」


 ベンジャミンが族長の集まりで得た情報を教えてくれた。それに隊長が付け加えた。


「私たちが追いかけた遺跡の跡は、ほどなくして集落となり、その規模も、様式も、それはもう粗末なものになっていたよ。そして最後は岩場にあの粗末な姿。かつての力は持ち合わせていないと言っていいだろう」

「そうね。もしそんな力が残っていたら、魔法封じの魔道具を使う必要はないでしょうからね」


 エリザも付け加える。どうやら俺の知らないところでは、エンシェント・エルフは恐れる必要がない存在だと認識されているようである。

 だからこそ、魔法封じの魔道具をどうにかしたいと思っていたのだろう。あれがあれば、こちら側の戦力を大きく削られるからな。


「それなら、戦いになっても問題なさそうですね」

「おそらくは大丈夫だろう。もし不利だと感じたら、すぐに逃げるさ。そのための道具も用意している」


 そう言うと隊長は何やら丸い道具を見せてくれた。それは俺が作った閃光玉に煙り玉だった。めくらましに、視界を遮るコンボなら、確かに逃げることは可能だろう。


 逃げるためのルートを確認した俺たちは、エンシェント・エルフたちが住んでいる岩山へと向かった。

 思ったよりも人数が少なかったため、エンシェント・エルフを捕まえて、相手側に警戒されるよりは、全員がそろっているときに交渉を行った方が少しは印象が良くなるだろうという判断である。


 できることならば戦いは避けたい。それがこの場にいた全員の考えである。戦うのはあくまでも最後の手段だ。


 俺たちが結界内に入ったことに気がついたのだろう。岩山にあいた穴からエンシェント・エルフが出てきた。

 その姿は、隊長が言っていた通り、本当に粗末な姿をしていた。隣でハッと息を飲む音が聞こえる。


 俺は特に何とも思わなかったが、エルフたちには衝撃的だったのだろう。伝承にあったような美しさは完全に失われているようである。


「こちら側に戦う意志はない。あなたがたと話がしたい。代表者は誰なのかね?」


 ベンジャミンが声をかけた。前回、無差別に攻撃された捜索部隊のメンバーは警戒しており、すでに剣を抜いている。

 かたや俺たちのパーティーは、魔法封じの魔道具が効かないこともあって、いつも通りである。何か動きがあればそれに合わせるだけだ。

 

 例の魔力の弾丸を飛ばす魔道具を持ち出したとしても、それを打つ前に、こちら側の魔法でたたき落とせるだろう

 ノソノソと穴からはい出てきたのは全部で十人。全員が出そろったようである。

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