第84話 ミスリルゲットだぜ!

 どっぷりと日が暮れてしまった。それでも何とか、俺たちは族長であるベンジャミンの家に帰り着くことができた。

 その日の内に帰ってきた俺たちを見たベンジャミンはとても驚いていた。暖かく迎えてくれたものの、どこか戸惑いを隠せない様子だった。


「どうしたんだい? 何か忘れ物かい?」

「違うわよ。ミスリルゴーレムを退治したから戻って来たのよ。もうヘトヘト。ご飯とお風呂に入りたいわ」

「えええ!?」


 はたしてベンジャミンの驚きは、ミスリルゴーレムを倒したことなのか、それとも、リリアが食事と風呂を所望したからか。こんな時間に食事も風呂も用意されているわけないだろうに……。


 しかしそこはさすがのベンジャミン。すぐに手配してくれた。沸かしてくれた風呂に入って汗を流すと、食事が用意されていた。


「まさかその日の内に帰って来るとは思ってもみなかったから、十分なもてなしを準備できなかったよ。すまないね。それよりも……リリアとダナイは一緒にお風呂に入るんだね」


 準備されている食事は、急いで用意されたとは思えないほどの量があった。これで準備不足って言うんだから、大したものだ。

 そしてまさか、リリアと一緒に風呂に入ったことを追求されるとは思わなかった。アベルとマリアも一緒に風呂に入っていたと思うんだけど。


「当たり前じゃない。私たちは夫婦なんだから」


 さも当然だ、とリリアが言った。ベンジャミンの顔が引きつっているところを見ると、ひょっとしてエルフ族は、夫婦でも一緒にお風呂に入るようなことをしないのではないだろうか。俺としては、リリアが良いならそれで構わないのだがね。こちらは大歓迎だし。


 リリアの言葉にベンジャミンが微妙な顔をしたものの、俺たちはありがたく食事を食べながら今回の経緯を話した。ベンジャミンはこちらの味方になってもらわなければならないし、今後もミスリル関連でお世話になるだろう。

 下手な隠し事はしないことにみんなで決めていた。


「なるほどね。大体分かったよ。でもまさか、姿を消す魔法があるだなんてね。見せてもらってもいいかな?」

「それはちょっと遠慮してもいいですかね? さっきそれをやってひどい目に遭いましたんで……」


 俺のお茶を濁した物言いに、ベンジャミンはおおよそのことを察してくれたようである。さすがは族長。空気を読む力は半端ないな。


「そうか。それは残念だね。だが、そんな魔法があるのなら、隠しておくことに超したことはないね。私も君たちの意見に賛成だよ。それに、色々と用途がある。これから力を貸してもらうことになるかも知れない」


 含みのあるベンジャミンの言葉に思わず息を飲んだ。何かが起こり始めている。ベンジャミンはそう思っているのかも知れない。


「分かりました。これからも協力関係であるということでよろしいですかね?」

「ハッハッハ、もちろんだよ。君たちはこの里の救世主だ。未来永劫、君たちの活躍を語り継ぐことにするよ」

「いや、それはちょっと……」


 ベンジャミンは「いまさら何を。すでに協力関係だろ?」といった雰囲気で笑ってくれた。きっとリリアが俺たちをここに連れてきた時点で、信頼の置ける人物だと判断していたのだろう。そう考えると、リリアの影響力は底知れないものがあるな。


「ベンジャミン、あの大量のミスリルはどうするの?」

「おお、そうだった。明日にでもすぐに確認に行かせるよ。報酬はその後になるが、構わないかね?」

「ええ、もちろんよ」


 リリアはベンジャミンの言質が取れたので満足そうである。アベルは報酬の言葉に目を輝かせた。そして俺の目も輝いていることだろう。もしかしたら、ミスリルを手に入れることができるかも知れないのだ。これは期待が高まる。


「あの、ベンジャミンさん。報酬は一体何をいただけるんですか?」


 アベルの問いに、マリアも目を輝かせてベンジャミンを見た。そう言えばリリアが、エルフ族は自然鉱物を利用した装飾品を作るのが得意だと言っていたな。しかも希少価値も高く、高価な値段になるらしい。きっとそれを期待しているのだろう。


「そうだな、何か希望はあるかね?」

「ミスリルを少し分けていただけるとありがたいのですが」


 間髪を入れずに言った俺を、マリアがにらんだ。そりゃそうか。マリアにはまったくうれしくない報酬だもんな。あんな金属に一体何の価値があるのか。あんな物をもらうくらいなら、お金の方がマシだと思うのが普通の冒険者だろう。


「ミスリルか。いいだろう。報酬の一部にミスリルを含めておくよ」

「一部ってことは、それなら他にも何かもらえるの!?」

「ちょっとマリア、落ち着きなさい」


 他にももらえることが分かったマリアは、テンションが上がった。それをリリアがなだめた。本当に手のかかる幼い妹である。見ろ。リリアのあきれ顔を。

 

 ミスリル以外の報酬は後日あらためて話し合うことになった。それもそうだ。もう夜もふけているのだから。

 こうして俺は念願のミスリルをゲットすることができたのだった。



 翌日、朝食の席でこれからのことを話すことにした。朝食はパンとハムエッグ。それにコーヒーもついていた。

 コーヒーを見たのは初めてだ。ハーブティーしかないものだと思っていたのだが、どうやらエルフの国では普通に飲まれているようである。


「こちらの問題は解決したから、あとは君たちの方面の問題だけだね」

「ええ。せめて何か情報を得ることができなければ、依頼達成にはならないでしょうね」


 ベンジャミンの言葉にそう答えた。今のところ分かっているのは、ベンジャミンの部族が黒幕ではないということだけだ。ここにはあんな細菌兵器を作る技術はない。

 しかしその昔、エルフ族の中のエンシェント・エルフはそれを作る技術を持っていたようである。これではエルフの国がますます疑われるだけである。俺としてはリリアの故郷が元凶だと思われたくはない。


「その点については、これからすぐに調べてくるよ。近くの部族なら数日で調べることができる。報酬が決まるまでにはまだ少しかかるので、ここでのんびりと待っていてもらいたい」


 ベンジャミンはそう言った。俺たちは連日仕事をしてばかり、というわけではなかったが、ありがたく休養を取らせてもらうことにした。久々にエルフの国に帰ってきたリリアも少しはゆっくりとしたいことだろう。


「分かりました。そうさせていただきます」


 俺のしばらく休養宣言にマリアが食いついた。口の中に入っている物を急いで飲み込むと、リリアの方を向いた。


「ねえねえ、この辺りに観光スポットとかあるの?」

「観光スポットねえ……青の森か鉱山くらいしかないと思うんだけど」

「えー、つまんない!」


 マリアはそう言うが、俺にとっては宝の山なんだけどな。設備を借りることができれば、新しい魔法薬を作ることができるかも知れない。鉱山にもミスリル以外にも何か希少な鉱石が採れるかも知れないのだ。


「ふふっ、マリアらしいね。それじゃ、俺と一緒に松風に乗って青の森の探索にでも出かけようか。松風なら二人乗っても大丈夫そうだしね」

「賛成ー! アベル大好き!」


 こいつら朝からイチャイチャしてやがる……。夜も散々イチャイチャしただろうに。隣に座るリリアは、ほほえましそうに二人を見ている。


「それじゃ、私たちはどうする?」

「俺は念のため、ミスリルゴーレムの確認について行こうと思う。復活している可能性がないとは言えないからな」

「あなたらしいわね。私もついて行くわ」


 それを聞いたベンジャミンは喜んだ。


「それはありがたい。ミスリルゴーレムを倒した冒険者がついてきてくれるとなれば作業員たちも心強いだろうからね」

「いえいえ、そんな。ついてでに鉱山の最深部がどうなっているのか見てみたかっただけですよ」


 こうして俺たちの今後の予定は決まった。ベンジャミンがある程度の情報を入手して戻ってくるまでは、のんびりと過ごすことになった。

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