第85話 帰還

 それから一週間ほど、青の森で過ごした。ミスリル鉱山に現れたミスリルゴーレムは、あのあと復活することはなかった。そのときの作業員たちの喜びようは大層なものだったが、その場に残されたミスリルの塊を見て、全員が絶句していた。「これだけ大量のミスリルを見たのは初めてだ。数年分のミスリル量に相当する」と大騒ぎだった。


 大量のミスリルが残されていたお陰で、俺はアベルの剣を作るのに十分な量のミスリルをただで入手することができた。まさか、剣を作れるほどの量をただでもらえるとは思っていなかった。せいぜい優先的にミスリルを回してもらえるくらいだろうと思っていたのだ。


 これに喜んだのはアベルだった。

 実は、ミスリルゴーレムを倒したまでは良かったのだが、問題が発生していたのだ。

 ミスリルゴーレムの胴体部分は、俺の作戦によって特に問題なく、魔鉱の剣で切れる硬さになっていた。

 しかし、やはり核は違ったらしい。ほんの手のひらサイズの核を魔鉱の剣で切っただけで、刃がボロボロになっていたのだ。


 もちろんすぐに研ぎなおしを行った。しかし、思った以上に深く刃が欠けており、研ぎなおした後のアベルの魔鉱の剣は、どこかバランスが悪くなってしまっていたのだ。

 俺が剣を振ってみた感じでは、特に魔鉱の剣に違和感はなかったのだが、アベルは相棒の違和感を敏感に察知していた。


 何とかそれに慣れようと毎日剣を振っていたのだが、ついにその違和感を取り除くことができなかったのだ。

 何かがしっくりこない。このところ毎日言うアベルの口癖である。それはまるで、すれ違い始めた恋人たちのようだった。


「ダナイ、もしかして、ミスリルの剣が作れたりするのかな?」


 目を輝かせてアベルが言った。その姿は間違いなく、散歩待ちの小型犬である。ここでノーとは言えない雰囲気だった。

 しかし、もう乗り換えを検討しているのか。サラ○ンダーもビックリだな。まぁ、命に関わることだし、仕方がないと言えば、仕方がないか。予備の武器としては使えるわけだし、ムダにはならないだろう。でないと、さすがにへこむ。


「間違いなく作れるな。イーゴリの街に帰ったら、色々と試してみることにしよう。さすがに剣を二本作るには足りないが、魔法のタクトくらいなら作れそうだぞ?」


 俺は近くでコーヒーを飲んでいたリリアに問いかけた。リリアはこの話にすぐに飛びつくことはせず、深く考え込んだ。


「今持っているものでも十分だと思うわよ。他に候補はないかしら?」

「そうだな……。このメンバーの中で頼りないのはマリアだから、マリア用に何か……」

「ひどい! でも何か作ってもらえるのならうれしい!」


 マリアは怒りと喜びが入り交じった複雑な表情をしていた。相変わらずとても分かりやすい性格をしている。

 マリア用のアイテムか。補助用の指輪でも作るかな。


「分かった。それじゃ、マリア用に何か考えておくよ」

「私が魔法を使えるようになるアイテムがいいな!」

「そりゃ無理だな。魔法銃で我慢してくれ」


 マリアが魔法を使えるようになるだなんて、とんでもない! そうなれば、調子に乗ってどこでも魔法をブッ放つ危険人物になってしまうことだろう。爆弾娘とか言われたら、しゃれにならんっしょ。



 そんなこんなで一週間を過ごしていると、ある程度の情報を集め終えたベンジャミンが青の森の里に戻ってきた。その顔は少し疲れた感じではあったが、悲壮感が漂ったものではなかった。おそらく、エルフの中に首謀者はいないことがハッキリとしたのだろう。


「お帰り、ベンジャミン。その顔だと、大丈夫だったみたいね」


 リリアも俺と同じ情報をベンジャミンの表情から読み取ったようである。リリアの顔がホッとした表情に変わった。声色もおどけた感じになっている。


「まったく、リリアは。帰ってきたばかりの私をねぎらおうという気はないのかね?」


 ベンジャミンもようやく肩の荷が下りたようである。柔らかい表情になった。


「あなた、お風呂の用意ができているわ。まずは汗を流していらっしゃい」


 ベンジャミン夫人が声をかける。それに礼を言うと、風呂場へと向かって行った。その姿を俺たちは安心して見送った。


「どうやら問題はなかったみたいだな」

「ええ、そうね。ほんと、良かったわ。わずかな可能性があっただけに、余計にね」

「これで安心して冒険者ギルドに報告できるな」


 俺たちは互いにうなずきあった。短い間とはいえ、青の森のエルフたちとは随分と仲良くなっていた。そこにはもちろん、里を救ってくれた英雄という肩書きもあったのではあるが。


 風呂から上がってきたベンジャミンに詳しい報告を聞いた。

 調べた限りでは、流行病の病原体を作り出せるような施設を持った里はないし、そのようなものを持っている者もいなかった。

 そして、気になっていたエンシェント・エルフと交流があった者はいなかった。


「それじゃ、エンシェント・エルフを見かけた人もいなかったのかしら?」

「そうだね。どこに行っても、すでに滅んでいると認識されていたよ」


 うーん、これは困った。『ワールドマニュアル(門外不出)』によると、大森林のどこかに生き残りがいるはずなんだよな。できればそのエンシェント・エルフの生き残りについても、調べて欲しいところだ。


「ねえ、本当にエンシェント・エルフの生き残りはいないのかしら?」

「大森林は広いからね。誰も住んでいない場所はまだまだある。探せばいるかも知れないね。気になるのかい?」

「それはね。今のところ、一番可能性が高いと思っているわ」


 リリアが同意を求めるようにこちらを向いたので、しっかりとうなずき返しておく。リリアは俺が『ワールドマニュアル(門外不出)』を使えることを知っている。だからリリアには、大森林のどこかにエンシェント・エルフの生き残りがいることを教えている。

 だからこそ、余計に気になるのだろう。


「同感だよ、リリア。私たち族長も同じ意見だった」

「それじゃあ」


 期待に満ちたリリアの声にベンジャミンがうなずきを返した。

 

「あらためて、大森林を捜索することになったよ。エンシェント・エルフが犯人ならば、捨て置くわけには行かないからね。それに、少なくとも私たちにも容疑がかけられているんだ。無罪を証明する必要があるよ」

「それはありがたい。よろしくお願いします」


 俺はベンジャミンに頭を下げた。もし捜索が行われないのならば、俺たちで行おうかと思っていたところだ。

 

 大森林はその名の通り広大だ。俺たちたった一つのパーティーが森を捜索したところでたかが知れているし、どのくらいの期間がかかるかも分からない。本当にありがたい提案だ。


「善処はするよ。大森林の捜索には時間がかかる。君たちは一度戻って、ことのあらましを報告しておいてもらえないかな? できれば、私たちのへの理解も説明してもらえると助かるよ」

「もちろんです。任せておいて下さい」


 俺は確かに請け負った。エルフは今回の件には無関係だ。たとえエンシェント・エルフが主犯であっても、エルフの国とは何ら関わりはない。


「そうか、受けてくれるか。それはありがたい」


 ベンジャミンは安心したように笑った。



 俺たちはすぐに帰路についた。ここでの調査もそれなりに長い期間になっている。その間、冒険者ギルドには何の連絡も入れていない。もしかしたら、心配されているかも知れない。

 


 馬車は快調に森の中を進んで行った。リリアの道案内もあるので迷うことなく森を抜けて行く。途中で出くわした魔物はもちろん倒して魔石を回収している。

 

 青の森の魔物から取れる魔石は、イーゴリの街周辺に生息する魔物から取れる魔石よりも良質なようである。何と言うか、輝きが違うような気がする。

 リリアの話では、大きさの同じ魔石と比較しても、特に高く取り引きされるらしい。


「それならなんで、他の冒険者はここに狩りに来ないんだ?」


 高値で取り引きされる魔石が取れるのならば、冒険者はみんなここを目指すのではないだろうか? 確かに、イーゴリの街からは少し離れているが、野宿を覚悟すれば、来られないこともないはずだ。

 

「それは大森林が迷いの森になっているからよ」


 それを聞いたマリアが首をひねった。


「あれ、でもおかしくない? 私たち、迷わないよね」


 リリアが今頃気がついたのかといった様子でクスクスと笑った。


「それは私がいるからよ。森と親和性が高い人がいた場合、方向感覚を見失わずに済むのよ」

「そうだったのね。だからエルフを仲間に入れたいっていう人たちが多いのね」


 うんうん、とマリアがうなずく。冒険者ギルドでもエルフを仲間に入れたいと言う話はあちこちで聞こえて来るのだろう。

 

「それもあるけど、エルフの冒険者は少ないからね。エルフは森を出たがらないのよ」

「それじゃ、リリアは変わり者ってわけ……痛っ!」


 リリアにつねられた。どうやら変わり者であることを自覚しており、気にしているようである。だからって、毎回つねらなくても……その流れでモフらなくても……。


 そうこうしている間に、見慣れたイーゴリの街が見えて来た。


「見て見て! 私たち、帰ってきたわ!」


 マリアが天窓から上半身を出した状態で叫んだ。ようやくホームポイントに帰ってきたことがよほどうれしい様子だ。急に暴れ出したマリアを慌ててアベルが支えている。苦労してんな。


「この時間帯だと、報告を済ませられそうだな。俺とリリアで報告に行ってくるから、二人は先に帰って家を片付けておいてくれないか?」

「分かったわ。任せてよ!」


 マリアはやる気満々な様子で答えた。そんなマリアの様子にややあきれた様子を見せたが、アベルも「しっかりとマリアの面倒を見ておくよ」と請け負ってくれた。

 アベルはマリアに蹴りを入れられていた。理不尽である。

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