第62話 馬車とドライヤー
デュラハン討伐も無事に完了し、イーゴリの街へと戻ってきた。冒険者ギルドに依頼の完了を報告すると、ギルドマスターのアランから
「お前達なら必ずやり遂げると思っていたよ」
と大変喜ばれた。冒険者ギルドでも実に困った案件だったらしい。それもそのはず。あんな魔鉱の鎧を相手にしていたら武器がいくつあっても足らない。多くの冒険者が自分の大事な相棒を失ったことだろう。
アランは「上にもお前達の武勇伝をしっかりと伝えておくよ」と請け負ってくれた。
自宅に戻るとさっそく回復ポーションを作ることにした。一階にある錬金術専用の設備に火を入れると、久しぶりのこの感じに心が躍った。やっぱり俺は物作りが向いているな。
ポーションの素材は日頃から確保している。すぐに追加の回復ポーションを作り始めた。
「ヒッヒッヒ、ヒーッヒッヒッヒ!」
「リリア、あの声、いるの?」
「そうみたいなのよ。ああすると効果の高いポーションが作れるそうよ」
「そ、そうなんだ……」
「ヒッヒッヒ、ヒーッヒッヒッヒ!」
頑張った甲斐あって、十本の回復ポーションが出来上がった。どれも前回と同じく光り輝く澄んだ青色をしている。
「こんなポーション初めて見たよ」
驚きの声を上げるアベルとマリアに出来上がったばかりのポーションを渡す。もちろん、前回消費したリリアにも追加分を渡す。
「これだけあればしばらくは大丈夫だろう。いくらでもタダで作れるから遠慮無く使うんだぞ」
「う、うん。……ねえダナイ、これを売ったら凄いお金になるんじゃないの?」
「そうかも知れんが、また騒ぎになるだろうな。お金には困ってないし、俺達が必要な分だけでいいんじゃないか?」
マリアは複雑な顔をしていたが、俺の意見を尊重してくれたようでそれ以上は何も言わなかった。下手すりゃ一生ポーション作りをする羽目になりそうだ。それだけは避けたい。作りたい物は山ほどあるんだ。例えば馬車。
「それじゃ俺は仕事に行ってくるぜ」
「気をつけて。俺達はいつものように何か良い依頼がないか見てくるよ」
玄関で別れると、急ぎ足で鍛冶屋ゴードンへと向かった。そろそろ馬車の試作品一号が出来上がっている頃合いである。
「師匠、おはようございます」
「おはようダナイ。早いな。これが目当てだろう?」
師匠がニヤニヤしながら庭へと誘ってくれた。そこには板バネを組み込んだ試作品の馬車が鎮座していた。車体だけで幌などはついていなかったが、馬さえあればすぐにでも試走できそうである。
「おおお! いいんじゃないですか? 試しに走ってみたんですか?」
「いや、これからだよ。ダナイ抜きでは申し訳ないと思ってな」
「そんなこと気にしなくても良かったのに」
そう言いながらも、その心配りにありがたみを感じていた。
ダナイが帰ってきたことで馬車作りは再開された。馬車職人を呼ぶとさっそく試走に入った。
新型馬車の荷台に乗ると、まずは街中を駆けていった。王都や領都に比べると明らかに道は良くないのだが、揺れはかなり抑えており乗り心地は安定していた。
「ふむ、なかなか良いな。これは思った以上だぞ」
「ああ。こんな馬車はいまだかつて見たことも聞いたこともないな」
ハッハッハとゴードンと馬車職人が笑い合った。なかなか良い感触のようである。
今度は舗装されていない街の外を走った。道に凸凹としており、穴に落ちると大きく馬車が揺れた。板バネは「無いよりはマシ」といった感じだろうか。
「やはり舗装されていない道は厳しいですね」
「そうかも知れんな。だが、以前に比べると格段にいいぞ」
「うむ。街中専用の馬車に使うと言う手もあるし、十分画期的な性能だと思うぞ」
街中を走る分には良いんだが、俺としては長距離の移動で使いたいんだよな。これはスプリングも組み込んで四輪全部がバラバラに駆動するように設計し直した方が良いかも知れないな。
一通りの道を走らせたことで本日の試走は終わった。二人の感触は良く、そのまま一台を作り上げることになった。
「俺としてはもう少し揺れを抑えたいと思っています」
「ふむ。具体的にどうするのかね?」
「スプリング式のバネを使って四つの車輪を別々に動くようにします。こうすることで、片側の車輪が穴にはまっても車体全体に生じる揺れを抑えることができるはずです」
なるほど、と二人は頷いた。
「あとは馬車の椅子をバネ式の椅子にします」
「確かにあのバネ式のソファーは最高だった。さらにあれを組み込めばもっと揺れを抑えることができるかも知れんな。よし、やってみようじゃないか」
こうしてさらなる馬車の改良がなされる運びとなった。
その日、いつものようにマリアが風呂から上がると、リビングでリリアに魔法を使ってもらって髪を乾かしていた。リリアの使う絶妙な温度の風が俺の髭をわずかに揺らす。
「いつもごめんね、リリア」
「いいのよ、気にしないで」
リリアは本当に気にしていないようで微笑んでいるのだが、マリアは納得していないようだった。申し訳なさそうな顔をしてうつむいている。
「わたしも魔法が使えたら良かったのに。そうだ! この間の魔法薬を飲めば、自分で頭を乾かすことができるかも!」
あの一件以来、何かにつけてマリアは魔法薬を飲んで魔法を使いたがるのだ。今回も栄養ドリンクを飲むがのごとくグイッと飲んで、ファイト一発やりたいようだった。
「あの魔法薬じゃ、髪が乾ききる前に魔力が尽きてしまうわよ」
リリアは笑いながら言ったが納得しなかったようである。口を尖らせて言った。
「それじゃあダナイ、もっと効果の高い魔法薬を作ってよ」
「あー、それは無理だな」
無理ではないが、無理だと言うことにしておいた。きっとそんな魔法薬を作ったら、マリアが魔法薬中毒になることだろう。本当に困ったものだ。
それを聞いたマリアがガッカリしているのが手に取るように分かった。
「ヤレヤレだぜ。髪が乾かせれば良いんだよな? それなら俺が髪を乾かす魔道具を作ってやろう」
おそらく作るのは簡単だろう。何せ、前世に「ドライヤー」というマリアの欲しいものをそのまま実現したものがあったのだから。
思い立ったが吉日、さっそく魔道具作りに取りかかった。本体の素材は熱耐性があり丈夫で長く使えるトレント材にした。鉄板で作ったら熱くて使い物にならなくなるだろう。
木だからと言って侮ることなかれ。きっちりと磨き上げれば高級感溢れる美しい木目が出現するのだ。それをこの間作ったソファーのときに知った。
ドライヤーから出る風は全部で三種類にする。送風と強弱二種類の温風。実にシンプルだ。魔石は魔法銃と同じようにグリップ部分に仕込むようにしよう。小さな魔石を放り込めばいつでも使える。
風が出る魔方陣も加温する魔方陣もすでに存在している。それら二つを上手いこと組み合わせて、その日のうちに試作品一号が完成した。磨き上げたトレント材の木目が美しい、マダムに大人気になりそうな一品だ。
「ほら、できたぞ」
「えええ!? もうできたの?」
「モチのロンだよ。俺を誰だと思ってやがる。天才魔道具師のダナイ様だぞ? これが髪を乾かす魔道具、その名も「ドライヤー」だ」
「ドライヤー? 変な名前ね」
「何だかわたしの持っている魔法銃に形が似てるよね」
リリアとマリアが首を傾げているが、なるほど、この世界には「ドライ」という言葉はなかったか。別の名前の方が良かったかも知れない。
「こうやって使うんだよ」
まずは使い方のお手本を見せた。スイッチを入れることでブオンブオンと先端から風が吹き出した。風が一方向に集まって勢いが増すように、先端部分は平たく尖った形にしてある。
「温かい風が出るのね。これなら髪を乾かすのに良さそうね」
「まだ試作段階なんでな。今度風呂から上がったときに使って見てくれ。悪いところを言ってもらえれば改善するよ」
「分かったわ。お風呂に入るのが楽しみね!」
翌日の夜、マリアはさっそくドライヤーを試してくれた。マリアだけではない。俺もリリアもアベルも試した。
その結果、全員の髪がツヤツヤの髪質になった。これにはマリアも喜んだがそれ以上にリリアが喜んだ。
「見て見て、この毛並み! 最高だわ! 素敵だわ!」
リリアが俺の髪や髭をワシャワシャと撫で回している。それはまさに愛犬にする愛情表現と瓜二つだった。どうやらリリアの中で俺はペットの犬と同様の扱いであるようだ。まあ、リリアの豊かな胸が腕や肩、背中に当たるのでそれはそれで悪くはないのだが。
これは絶対に売れる、とリリアとマリアのお墨付きをもらった俺は、このドライヤーの魔道具をさっそく魔道具屋ミルシェへと売り込んだ。
ドライヤーは瞬く間に話題となり、貴族のマダムや、大衆浴場、理髪店などで飛ぶように売れた。こうして魔道具屋ミルシェとその専属魔道具師ダナイの名前は世に知れ渡っていくようになった。
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