第61話 洋館の秘密
デュラハンはガシャガシャと不気味に動いた。まるで鎧の中に本当に人が入っているかのような動きである。頭がないことがさらに不気味さに拍車をかけている。さすがのマリアも不安を感じ始めたようだ。
「あれ、本当に倒せるのかな?」
「分からんが、やってみるしかないな」
そう言いながらすぐに『ワールドマニュアル(門外不出)』でデュラハンについて調べ上げた。
もしデュラハンが人工生命体であるならば、体のどこかに文字が書いてありそれを破壊すれば動きは止まるようである。それ以外の方法は動かなくなるまで破壊するしかないようだった。
遠目にはデュラハンのどこにその文字が刻まれているのかは分からない。もし内部に書かれていたら、それを壊すのは難しいだろう。
「どうやら、動かなくなるまで破壊するしかなさそうだ」
その言葉の聞いたリリアは、デュラハンに弱点がないことを即座に理解したのだろう。隙を作るべく魔法を放った。それに乗じてアベルが再び切り込んだ。俺もアベルを援護するべくデュラハンに立ち向かった。
「コイツを食らいな!」
ガキン! 甲高い音を立てて叩きつけたハンマーが鎧に跳ね返された。同じ魔鉱製であるために鎧に大きなダメージを与えることはできなかったが、少々凹ませることはできた。だが、中身のないデュラハンには痛くも痒くもないだろう。
アベルの剣は盾に跳ね返されている。実に厄介だ。魔鉱製の装備を持った者と対峙すると、こんなに苦労することになるとは思わなかった。リリアとマリアが炎による魔法攻撃をしかけていたが、やはり中身がないデュラハンには効果がないようだ。
もし中身があるならば、蒸し焼きになっていたことだろう。
「魔法の効果は薄いみたいだな。こりゃ、アベルの腕にかけるしかないな」
「やってみるさ!」
アベルは確かに請け負った。それならデュラハンの隙を作ることに専念しよう。アベルがとっておきの一撃を食らわせることができるようにな。
リリアとマリアの援護をもらい、再びデュラハンに迫った。奴の盾を何とかしないとアベルの剣が届かない。ここは正面から向かって、注意を引きつけよう。
この作戦は上手く行ったようであり、デュラハンの体がこちらに向いた。その間にアベルは後方へと素早く回り込んだ。あとは俺とアベルの攻撃のタイミングを合わせるだけ。
アベルがしっかりと息を整えたのを確認して、ハンマーを奴の盾をめがけて叩きつけた。
さすがに知能までは再現されていないようである。見え透いた攻撃を気にすることなく盾で防いできた。
それと同時に、これまでとは全く違う勢いでデュラハンの剣が迫ってきた。しまった! さっきまでのノロノロとした剣は油断を誘うためだったのか!
何とか回避しようとしたが、避けきれずに体を剣が切り裂いた。深くはないが、かと言って浅くもない。ドワーフの丈夫さがなければバッサリといっていただろう。
「ダナイ!」
アベルの声に呼応したのか、魔鉱の剣が淡く光った。そしてデュラハンの鎧を真っ二つに切り裂いた。何て切れ味だ。まさかあれほどの切れ味があるとは思わなかった。
「しっかりしろ、ダナイ!」
「大丈夫だ。ちょっと切られただけだよ」
ハハハと笑ったが、どうやらリリアは許してくれなかったようである。凄まじい勢いでこちらへと飛んできた。
「ちょっとじゃないわよ! 隠さないで見せなさい! ああ、何て酷い。そうだわ!」
リリアはゴソゴソとポシェットをまさぐるとポーションを取り出した。うん。そのポーションは俺が作った奴だな。こんな時のためにリリアに渡しておいて良かった。
リリアがバシャ! っとポーションをかけた。
それなりに深い切り傷だったと思っていたのだが、一瞬できれいに元通りになった。それにはアベルとマリアも驚いた表情を見せた。
「さすがは天才錬金術師の俺様が作ったポーション。効果が段違いだぜ」
「今のポーション、ダナイが作ったの?」
「ああ、そうだ。こんなこともあろうかとな。これだけ効果が高いなら、帰ってから在庫を増やして……おい、リリア?」
「……」
リリアが無言でギュッとしがみついてきた。ああ、俺は愛する人に何て思いをさせてしまったんだ。逆の立場だったら、とても耐えられないだろう。
「すまん、リリア」
リリアを抱きしめて謝ることしかできなかった。
リリアが落ち着いたところで洋館屋敷の内部に魔物がいないか確認する作業に入った。外に出てきたのは一体だけだったが、内部にまだいないとも限らない。
腕にタコのように引っ付いているリリアと共に壊れた扉をくぐった。
壊れた壁や床材が散乱していたが、どうやらデュラハンはあの一体だけだったようである。建物の中はシンと静まり返っていた。
ひとしきり中を見て回ったが特に異常はなかった。それにしても魔物が生息するような場所にこんなものを建ててよく無事だったな。何かこの建物の中に秘密があるのか?
ボロボロになった大きなホールには未だに破れかけたタペストリーが垂れ下がっており過去の栄光をしのばせていた。
ん? 何だありゃ? 壁掛けの後ろに何か書いてあるぞ。
「どうしたの? ダナイ?」
「ちょっとついてきてもらってもいいか」
真剣な表情で頷いたリリアを連れて壁掛けの傍へ近づいた。そこにはやはり文字が書いてある。この文字は見たことがある。
「何かしら? 文字のようなものが書いてあるように思えるのだけれど」
「これは俺が付与に使っている文字に似ているな。えっと何々、どうやら「退魔」の付与がされていたらしい」
「退魔の付与? そんなの初めて聞いたわ」
二人は顔を見合わせた。もちろん『ワールドマニュアル(門外不出)』で照合したので間違いはないはずだ。その退魔の付与の一部が欠けているのが分かった。
「なるほど、この退魔の付与が一部壊れたせいで周囲に魔物が寄ってくるようになったのか」
「退魔の付与って魔物除けの効果があるのね」
「そうだ。魔物を寄せ付けないと言うか、魔物に特効があるみたいだな。うん、これは聖剣作りに使えそうだな。良いことを知ったぜ」
それまで魔物が一切寄ってこなかったのが、退魔の付与が欠けてポツポツと魔物が現れるようになった。それに恐れをなしてこの館を放棄したのだろう。
二人が話しているところにアベルとマリアが何やらバタバタと急いで駆けつけてきた。
「二人とも! 地下室を見つけたよ。多分隠されていたんだと思う。今はその上にあった床が崩れて丸見えになってるけどね」
「中に入ろうと思ったんだけど、アベルが二人も呼ばなきゃって言うからさ~」
「アベルの言う通りだな。さっそく見に行ってみよう。魔物がいるかも知れないしな」
四人で地下室に向かうと、その小さな部屋には見るからに古い本が、壁の本棚にギッシリと詰まっていた。そのほとんどはすでにボロボロになっており、とても読める状態ではなかった。それでも読めそうな本の何冊かを手に取った。
「これは……文字が古くて読めないわね。一体いつの時代の文字なのかしら?」
「ほんとだ。見たことない文字だね。考古学者さん達は読めるのかな? 何て書いてあるか気になるわ」
「う~ん、ダナイ、何が書いてあるか分かる?」
「さぁな? 何が書いてあるのかサッパリ分からんよ」
もちろん嘘である。どうやらここにある書物は、予想通り「人工生命体の作り方」について書いてあるようだった。デュラハンが魔石を落とさなかったので不自然には思っていた。やはりあのデュラハンは、この館を守るために誰かが作った「ガーディアン」的な存在だったようである。
ザッと見た感じ、ここにある本は超古代文明時代に書かれたものを、後世へと残すために何度も転写した本のようである。ところどころ文字が間違っており、ミミズがのたうち回ったような意味不明な文字もかなり混じっている。正確な辞書でもなければ解読できないだろう。
この時代の正確な辞書の存在は――どうやらそのような辞書はもう存在していないようである。これなら万が一にも解読されることはないだろう。このまま放置していても良さそうだ。
「これで俺達の仕事も終わりだな。ここの本を勝手に持って帰ったら怒られるぞ。ほら、さっさと帰るぞ」
しばらく本と格闘していた三人だったが、ようやく諦めたのか本を置いて地下室を出た。そしてそのまま領都の冒険者ギルドへと依頼完了の報告に向かった。
依頼完了の報告を受けて冒険者ギルドは大いに賑わった。倒した証しとして持ち帰ったデュラハンの剣と盾を渡した。
「魔石にならなかったのは腑に落ちないが、これはまさしくデュラハンが身につけていたものだね。これを討伐の証拠として受け取るよ。実体がない魔物は装備品を落とす代わりに魔石化しないのかも知れないね」
ダナイは特に反論はせず、あのデュラハンが魔物であるということにしておいた。
ギルドへの報告も終わり領都の宿に戻ると、話題は必然的に今日の気になる話になった。
「ダナイ、思った通りあなたが作った回復ポーションの効果は異常だわ。あれだけの傷があんなに簡単に塞がるなんて思いもしなかったわ」
「本当だよ。あれだけの傷を受けて、俺はもうダメかと思ったよ」
「そうか? まだまだいけ……ごめんなさい」
リリア、何て哀しそうな目をしているんだ。本当にスマンかった。確かに冷静に考えるとまずかったかも知れん。これは帰ってから、アベルにきちんとした戦い方の指導を受けた方がいいな。武芸をインストールするのは簡単だが、何だかインチキしてるみたいで気が進まない。あれは最後の手段に取っておこう。
「ああっ!」
「ど、どうしたアベル!?」
「け、剣が……」
見ると、よくよく目を凝らして見なければ分からないほどのものではあったが、魔鉱の剣の刃がボロボロになっていた。
「こりゃ研ぎ直しだな。帰ったらすぐに研ぎ直すからそんな顔するな。大したことじゃねぇよ」
とは言ったものの、これはかなりヤバいことになっているな。見える範囲は研げば何とかなるが、本体がかなり痛んでいる。このまま使い続けるといつかはポッキリ逝くな。
「あの時、アベルの剣が光ったような気がしたんだけど気のせいかしら?」
リリアがアベルに聞いた。俺もそれは思った。近くにいたからますますそれが分かった。
「気のせいじゃないと思う。無我夢中だったけど、確かに光ったと思うよ。まるで魔力が剣に乗ったような気が……」
「それよ!」
アベルの言葉を遮ってリリアが言った。どうやら見覚えがあったようである。
「魔法剣だわ」
「魔法剣?」
「そう。武器に魔力をまとわせてその切れ味を何倍にも高める魔法のことよ」
なるほど。だからあれだけの切れ味が出たのか。そしてそれに耐えきれずに魔鉱の剣がこうなったのか。
「そんな魔法があるのか。アベルがその魔法剣とやらを使えるなら、この魔鉱の剣じゃこれ以上は耐えられないな。もっと良い奴を作らないとな」
「え? 新しい剣を作ってくれるの!?」
「ああ。今度はミスリル製の剣にするかな」
「やったー!」
アベルは子供のようにはしゃいで喜んだ。
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