第58話 ビッグボーア

 王都での謁見も終わり、ダナイ達とライザーク辺境伯の一行は領都への帰路についた。

 行きと同じように帰りも順調に日数を重ね、ドガエフの町まで戻ってきた。確かこの町では美味しいジビエ料理が待っているはずだった。

 

 しかし、ドガエフの町に到着すると、どうも町の空気がおかしいことに気がついた。


「何かあったのかな。どことなくソワソワとした感じがあるぞ。それに前来たときよりも行き交う人の数が少ないような気がするな。今はまだ昼をちょっと過ぎたところだぞ」

「何か変ね。ダナイが言う通り何かあったんじゃないかしら? 今日はこの町に泊まることになるでしょうから、町長にでも聞いてみましょうか」


 町の様子がおかしいことにはライザーク辺境伯も気がついていたようである。町長が出迎えてくれるとすぐに問いただした。


「何かあったのかね?」

「はい。実は町の近くにビッグボーアが現れまして……すでに何人もの人が餌食になっております。どうやら人の味を気に入ったようでして、昼間にも関わらず町に現れるようになったのですよ」


 どうやらビッグボーアというのは、この町の名産であるイノシシの大型種のようである。これまでも何度かビッグボーアは現れていたものの、今回のビッグボーアはそれよりも二回りほど大きく、ビッグボーアの主でないかと町長は言っていた。


「ビッグボーアか。同胞が人間に食べられるのが気に食わなくなったのかも知れないな」

「そこまでビッグボーアが考えているかは分からないけど、人間の味を知ったのはまずいわね。毎日のように現れるみたいだし、きっと人間の肉が美味しかったのね」


 リリアの言葉にゾッとした。基本的に魔物は自分以外のものを見つけると襲いかかってくるが、わざわざ探してまで襲ってくることはなかった。だが、そのビッグボーアは人間を探しだして食べに来ているようだった。

 話を聞いたアベルが放っておけないとばかりに尋ねた。

 

「ダナイ、どうする?」

「どうするもこうするも、放っておくわけにはいかないだろう」


 それを聞いたアベルは口角を上げながら言った。

 

「やっぱりそうだよね。俺もその意見に賛成だよ」


 リリアとマリアを見ると、二人とも大きく頷いた。当然放ってはおけないと判断したのだろう。四人はすぐにビッグボーアの討伐に向かうことにした。


「ライザーク辺境伯様、我々はこれからそのビッグボーアを討伐しに行ってきます」


 その言葉にちょっと驚いた表情を見せた。


「これから討伐を依頼しようと思っていたのだが、そうか、受けてくれるか」


 依頼する前に動き出したことは、ライザーク辺境伯にとって意外だったようである。ダナイ達は特に気にしていなかったのだが、冒険者の中には依頼がなければ動かないという冒険者もたくさんいるのだろうと解釈した。

 冒険者だって明日の生活がかかっている。誰だってタダ働きなどやりたくないはずだ。


「それでは町の守りは我々が受け持とう。くれぐれも無理はするなよ。無理そうならすぐに戻って来るように。なに、これだけの人数がいるのだ。作戦を立てればきっと上手くいくさ」


 そう言うと、ライザーク辺境伯は部下に指示を出すために動き出した。町長の話によると、東側の森からやって来るとのことだった。そこで四人は町の東側の森へと向かった。


「酷い有様ね。これはかなり大きい個体だわ」


 リリアが森の惨状を見て顔を青くした。見ると、あちらこちらで木々が無作為に倒れている。おそらく木をなぎ倒しながら移動しているのだろう。それだけ大きいと言うことだ。


「この折れた木々を辿って行けば主のいる場所にたどり着きそうだね」

「そうなるだろうな。これだけの木をなぎ倒すデカさならすぐに見つかるだろう」

「どのくらいの大きさなのか想像がつかないよ」


 マリアの顔色も随分と悪くなっている。大きな魔物と言うのはそれだけで恐怖の対象となる。戦う前から負けるのは何としてでも避けたいところだった。


 森に入ってから数時間、ようやくビッグボーアの主を見つけることができた。どうやら随分と遠くから餌を食べに来ているらしい。


「でけぇな。まるでダンプカーだぜ」

「ダンプカー?」

「い、いや、こっちの話だ」


 首を傾げたマリアに慌てて言葉をごまかした。思わず口に出してしまうくらい大きかったのだ。こんなのが襲ってきたらひとたまりもないだろう。幸いなことにこちらにはまだ気がついていないようである。


「さて、どうするかね。穴を掘るにしても、ちょうど良い開けた土地は来る途中にはなかったな」

「そうね。落とし穴にはめるのが一番安全だと思うけど、今から土地を整備して穴を掘るのは難しいわね。どうしても大きな音がするわ」

「それじゃ、正面から戦うしかないね」


 無策だが、アベルの言う通り正面から戦うしかないだろう。周囲の木は何本か倒れているが、それでも木々が邪魔をしており、策を講じるのは難しかった。

 しかし、逆に言うとその木々のお陰で身を隠すのは簡単だった。冒険者は魔物を狩るときには必ず匂い消しを常備している。匂いでこちらの居場所が分かることはないだろう。


「できる限り遠くから攻撃しよう。少しはダメージを稼げるはずだ」


 了解と頷くリリア。ビッグボーアの移動速度は速いだろう。すぐに追いつかれるはずだ。それでもそれまでにダメージを蓄積させておくことができれば、接近戦になってもこちらが有利に運べる。


 四人はこちらの攻撃が当るギリギリの距離まで離れると、お互いに囁きあった。心の準備はできたようである。


「ヤバそうになったら足下に高台を作り出すから、俺からあまり離れるなよ」


 無言で頷くと、攻撃を開始した。マリアの魔法銃から放たれた魔弾が空気を切り裂いた。それと同時にダナイとリリアも魔法を放った。

 こちらの攻撃は見事に命中し、土煙があがる。しかし、それほどのダメージがないかのように、ビッグボーアはこちらの方へと振り返ってた。遠目にその目が怒りに満ちているのが分かる。

 体が大きい分、ダメージが小さく見えるのだろう。しかし確実にビッグボーアの体の表面には穴があき、皮膚には傷が入っていた。


「どんどん攻撃するぞ」


 ダナイの声にさらに攻撃を開始した。こちらに向かって突進してくるビッグボーアは狙う面積が小さくなり、その速さと相まって最初の一撃よりも命中率は下がった。それでもかなりのダメージを与えられたようである。


 初期の速度と比べると、ビッグボーアの動きは格段に遅くなっていた。回避できないスピードではなくなっている。いよいよ近くまで突っ込んできたビッグボーアにアベルが向かう。

 ビッグボーアはそのまま体当たりで吹き飛ばそうとアベルの方へと向きを変えた。そのビッグボーアを突進をアベルが華麗に回避しする。もちろんそれだけではない。いつの間に切ったのか、すれ違うと同時にビッグボーアの体に一直線の切り傷が入った。マリアの魔法銃による点の攻撃とは違い、線による一撃はかなりのダメージを負わせることができたようである。


 ピギャア!


 とビッグボーアが吼えた。そこに追撃の氷塊が高速でぶつかった。リリアはすでに杖をタクトに持ち替えており、氷塊の大きさも、堅さも、速度も十分にあった。

 ビッグボーアが大きく体勢を崩しよろめいた。そこを見逃さず、アベルが一気に距離を詰めた。まるで風のようなそのスピードに度肝を抜かれた。アベルのやつ、いつの間にあんなに早く動けるようになったんだ?

 

 そしてそのスピードを活かして「えいやあ」とばかりにその首に切りつけた。ビッグボーアの大きさからして一太刀で胴体と切り離すことはできなかったが、深々と首の半分ほどを切り裂いているのが見えた。


 それが致命傷となったようである。ビッグボーアは光の粒になると、大きな魔石をその後に残した。初めて見る大きさの魔石だ。きっと以前倒したドラゴンも、魔石になったらこのくらいの大きさになっていたことだろう。


「やったなアベル。見事だったぜ。それよりもさっきの速度。凄えな!」

「ほんとほんと! あんなに速く走れるなんてビックリだよ!」


 マリアも初めて見たらしい。あのあまりの速さに両手をブンブンと振ってその感動を体全体で表現していた。


「それが、自分でも驚いているよ。火事場の馬鹿力ってやつなのかな?」


 アベルがあははと照れ笑いした。その様子をリリアはどこか確信があるかのような表情でジッと見ていた。


「どうしたんだ、リリア? そんな顔をして」

「もしかしてだけど」

「うん?」

「アベルは特殊な魔法が使えるのかも知れないわ」


 リリアの言葉に三人は首を傾げた。特殊な魔法? 一体どんな魔法なのか気になった。


「リリア、どんな魔法なの?」


 アベルが魔法を使えるかもと聞いて、マリアがリリアに迫った。リリアは顎に手を当てながら、唸るように言った。


「えっとね、私達エルフ族の戦士の中に、その昔、魔法で身体能力を高めることができる人がいたって話を聞いたことがあるのよ。それでさっきのアベルの動きがもしかしてそれなんじゃないかと思ってね」


 身体強化魔法、そんな便利なものがあるのか。さっそく『ワールドマニュアル(門外不出)』で調べると、そんな魔法はなかった。だがしかし。確か魔法は思いを形にしたもの。アベルに魔力があれば「もっと速く!」と言う思いを実現することは十分に可能だった。


「なるほどな。それじゃ、アベルには魔力があると言うことか。身体強化魔法、実にいいじゃないか。ひょっとすると高ランク冒険者はみんな気づかずにそれを使っているのかも知れないな」

「有り得るかも知れないけど、そんな魔法は聞いたことはないわ」


 そこまで言ったとき、ハッとした表情でリリアはダナイの顔を見た。ニヤニヤするダナイの表情からそれが可能であることを読み取ったようであり、額に手を当ててため息をついた。


「それよりも、町に戻ってみんなを安心させなきゃね」

「そうだった、そうだった。早く帰らないと日が暮れてしまう」


 ダナイの言葉に四人は急いで帰路に着いた。

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