第57話 兄

 予想外のギルドマスターとの顔合わせと、その期待に満ちた言葉に感動を隠し切れない様子のアベル。部屋から出てからも震えていた。


「良かったじゃねぇか、アベル。どうやらギルマスからお墨付きをもらったみたいだぞ」

「そうね。随分と期待しているみたいだったわよ」


 ダナイとリリアはそろって先ほどの面会の様子を思い出していた。


「やっぱりそうよね。よ~し、もっと頑張ってBランク冒険者を目指さないとね」


 マリアも張り切っていた。Bランク冒険者ともなれば、頭一つ出た冒険者として周囲から見られることになる。そうなると、貴族などのお偉い様からも指名で依頼が来たりするのだ。もちろんそうなると、破格の報酬が入る可能性も十分にあった。


 マリアの言葉に賛成しながらホールの方へと向かって行くと、こちらに声をかけてくる人物がいた。


「アベル、アベルじゃないか!」

「え? 兄さん!?」


 駆け寄って来た人物とアベルは肩を叩きあった。アベルの兄もまた冒険者として村から旅立っていたのだろう。アベルよりも立派な装備をしており、この場所にいるということは一流の冒険者なのだろう。


「こんなところで会うとはな。もうBランク冒険者になったのか?」

「いや、まだCランク冒険者だよ。ちょっと所用で王都に来たから挨拶に、と思ってね」

「実に良い心がけだ。俺もCランク冒険者のときにここを訪れて、高ランク冒険者との違いを肌で感じたものだよ」


 二人は笑いながら話し込んでいるようだった。そのうち、こちらの存在に気がついたようである。


「おっと、これは失礼。アベルの兄のイザークだ。弟がお世話になってるみたいだね。そっちはまさかマリアちゃんか? 随分ときれいになったもんだ。こりゃアベルは尻に敷かれるな」

「ちょっと、兄さん!」


 アハハ、と笑うイザークの腰に、立派な剣が差さっていることにダナイは気がついた。その剣は見事な装飾が成されており、その辺りで売っている剣とは格が違うことがすぐに分かった。


「イザークはもうBランク冒険者になったの?」


 首を傾げるマリアにイザークはニッコリと微笑んだ。そして自分の冒険者証明書を見せてくれた。それを見たマリアは驚きの声を上げた。


「まさか、もうAランクになっているの!?」


 ダナイ達も驚いてその冒険者証明書を覗き込んだ。そこにはちゃんと「A」の文字が彫ってあった。あっけに取られるアベル。どうやらBランク冒険者だと思っていたらしい。


「運良く、なのか運悪くなのか、強い魔物と戦う機会が多くてね。何とかAランク冒険者になれたよ」


 場違いな強さの魔物と戦うことは普通の人ならば運が悪いと思うだろう。しかし、イザークは確かな実力を持っていたのだろう。それらの強敵をはねのけ、Aランク冒険者へとのし上がったのだ。


「その腰の剣でかい?」


 イザークが驚きの表情を見せた。


「さすがドワーフ。分かるかい? この剣は名工と名高いアキッレーオが作った聖剣なんだよ」

「せ、聖剣だって!?」


 ダナイは驚きを隠せなかった。確か女神の話ではこの世界には聖剣はなかったはずである。ダナイは慌てて脳内の『ワールドマニュアル(門外不出)』から聖剣の項目を探した。そこにはキッパリと「聖剣は存在しない」と表記されていた。

 

 これは一体どう言うことなのか。理由は簡単である。そのアキッレーオなにがしが勝手に聖剣と言っただけなのだろう。

 しきりに剣を気にしているダナイに気がついたのだろう。気を利かせてイザークがその剣を見せてくれた。


 手に取った剣はどうやらミスリル製のようだった。青みがかった刀身がキラリと美しく輝いていた。切れ味も良さそうである。持ち手の装飾の一部には宝石が使われているようだった。


 だが、それだけだった。宝石が魔法の力を強めるわけでもなく、付与が施されているわけでもない。それはただ単に切れ味が非常に良いミスリルの剣だった。


 ダナイは礼を言ってその剣を返した。その表情が険しいことに気がついたリリアは、何か言いたそうな表情をしたまま、ダナイの髪をモフモフと優しく撫でた。


「アベルもそこそこの剣の才能があるみたいだが、調子に乗って無理だけはするなよ。死んでしまっては何にもならないからな」


 そう言うとイザークは仲間の待つ方向へと去って行った。アベルはその後ろ姿をジッと睨んでいた。


「大丈夫? 怖い顔してるわよ」


 マリアが声をかけた。確かに普段では見ない表情をしていた。いつもは好青年のアベルがこのときだけは険しい顔をしていた。どうやら兄に言われた言葉か気に入らなかったようである。温厚そうに見えても負けず嫌いであったか、とダナイはアベルの新たな一面に気がついた。


 その後、四人はライザーク辺境伯のタウンハウスへと帰った。ライザーク辺境伯にお陰様で何事もなく用事が済んだことと、Aランク錬金術師になったことを伝えると、大いに喜んでくれた。


 晩餐までは時間があるのでゆっくりしていてくれたまえ、とライザーク辺境伯に言われた一行は、空いているサロンへと移動した。

 そのサロンはタウンハウスの一番いいサロンではなく少し格式の低い場所だったが、庶民の四人にとってはそれなりに落ち着ける場所だった。


 テーブルを囲み、一息ついたダナイにリリアが聞いてきた。


「ダナイ、さっきの聖剣の話は本当なの?」

「こう言ってはなんだが、あれはただのミスリル製の剣だよ。装飾が見事なだけさ。リリアのタクトみたいな特殊な細工は施されてないな」


 その言葉にマリアがどこか納得したような表情をしている。


「リリアのタクトはその細工がされているのね。通りで凄い性能だと思ったわ。わたしでもそれなりの魔法が使えたもんね」


 その言葉にギョッとした。さてはリリアのやつ、魔力付与ポーションを飲んだマリアに魔法のタクトを貸したな?

 ジロリとリリアを見ると、アワアワと慌てだした。


「ち、違うのよダナイ。マリアがどうしても「一回だけ、ちょっとだけだから」って言うから、絶対に一度だけの約束で使わせたのよ。大丈夫、問題は何もなかったわ」


 確かにそうだろう。魔法が暴走して被害があったと言う話は耳に聞こえて来ていなかった。いまさらリリアを叱っても仕方がない。今回はため息で済ませることにした。


「はぁ。まったくリリアはマリアに甘いな。マリア、分かっていると思うが、リリアのタクトのことは内緒だからな? もし誰かに言いふらしたら、魔法銃を返してもらうからな」


 ダナイの言葉に真っ青になったマリア。ヘビメタのような勢いでガンガン首を縦に振っていた。よっぽど取り上げられるのが嫌らしい。


「ミスリル製の剣でも十分凄いと思うけど、ダナイだったらあれ以上の剣が作れるの?」

「そうだな……」


 言って良いものか悪いものか。アベルは兄に対抗意識を燃やしているし、自分の弟のような存在が下に見られるのも何だか悔しい。


「今の俺なら魔鉱製でもあの聖剣もどきよりもずっと良い剣が作れるよ」

「ちょっとダナイ、そんなことアベルに言ってもいいの?」

「良いとも。アベルにはそのうち、俺の作った最高の剣をプレゼントしてやるよ。楽しみ待ってろ」


 アベルは目を大きく広げた。その目はまさに希望に満ちたように実に良い目をしていた。


「ありがとうダナイ。俺もその最高の剣に見合うほどの冒険者になるよ。約束する」

「期待してるぜ。アベルには最高の冒険者になってもらわないと困るからな」


 ニヤリと笑った。これは本音である。自分が作ることになる聖剣は誰かに預けなければならない。何故なら、自分には剣術の才能がないことに気がついているからだ。自分にできるのはただ力任せに殴るのみ。

 それゆえに誰かに聖剣を託すとしたら、それはアベルになるだろうと半ば確信していた。


 ダナイの言葉におおよそのことを理解したリリアは、それを否定することなく、むしろ好ましく思っていた。何のことかサッパリ分からないであろうマリアは、ただ単にそのことを喜んでいた。

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