第53話 王都オリヴェタン
高位貴族専用のきらびやかな門をくぐると、そこはまるで高級住宅街のようだった。広い庭を持つ豪奢な邸宅がいくつも並んでいる。こんな場所に家を建てたら一体いくらかかるんだと考えているうちに、ライザーク辺境伯のタウンハウスが近づいて来た。
目の前に宮殿のような建築物が見える。どうやらここが今日から泊まる場所のようである。ダナイはフレンドリーになり過ぎるのは良くない、と改めて痛感した。
フレンドリーになり過ぎたゆえに、ライザーク辺境伯の「どうせだからうちに泊まらないか?」というお誘いを断ることが出来なかったのだ。
ポカンと口を開ける四人を見て、ライザーク辺境伯はその様子を楽しんでいるようだった。
「知っての通り、私は王都での仕事はほとんどなくてね。一年のほとんどは領都で過ごすのだよ。それでも、こうしてたまに王都に来ることがあってね。そのときのためだけにこの家を使っているのだよ」
年に数回のためにこの宮殿を所有していることを知ると、金銭感覚の違いを改めて思い知った。自分達がもらった軍資金も、ライザーク辺境伯にとっては端た金に過ぎないのだろう。
気後れしながら中に入り、気後れしながら部屋の案内を受けた。部屋は余っているので好きに使って良い、と言われたが、四人で話し合った末、二人部屋を二部屋借りることになった。部屋割りはもちろん、いつもの通りである。
部屋に案内された二人はフカフカのソファーに並んで座った。右を見ても、左を見ても、上を見ても、下を見ても、一目で分かる高級品が置かれている。
「落ち着かないわ」
「分かる。俺もだよ」
「何でこんなことになるのよ」
「正直、済まないと思っている」
ダナイがライザーク辺境伯の誘いを断ってさえいれば、今頃は普通の宿に泊まってリラックスしているはずだった。この状況はダナイが作り出したようなものである。
本当に申し訳なく思っていると、リリアが近づいてきた。その手はワキワキと動いている。
「責任、とってよね」
リリアは王都までの旅の間で十分な補充が出来なかったダナイ成分を補給すべく、ダナイに密着した。そして、いつものようにモフモフとやり出した。今のダナイの顔はリリアの胸の谷間に収まっている。
「ダナイー、リリアー……あ、ごめ~ん」
「マリア……部屋に入るときはノックくらいしろ」
リリアの胸の谷間から不機嫌な声を出すダナイ。ごめんと言いつつも何事もなかったかのように入ってくるマリア。さすがにアベルは気まずそうな顔をしていた。
「どうしたんだ?」
「明日からどうするのかなって話になってさ」
「そうだな、やっぱり初日は王都を観光したいかな。まぁ、観光だけで何日もかかりそうな気がするがな」
「今後も王都には来ることになるだろうし、主要な施設がどこにあるのかを知っておくのは必要ね」
リリアの意見に納得したのか、マリアは大きく頷いた。
その日の晩餐の席でそのことをライザーク辺境伯に切り出すと、すぐに許可をもらった。王都に詳しい人もつけてくれるそうだ。至れり尽くせりである。
「国王陛下との面会は二日後の予定だ。それまでは自由に過ごしてもらって構わんよ」
「あの、礼儀作法とかはよろしいのでしょうか?」
アベルが恐る恐る尋ねた。気になるのか、マリアも食事の手を止めて聞いている。
「おそらく心配は要らないだろう。国王陛下が優秀な冒険者と面会を行っているという噂をよく耳にする。その冒険者の誰もが礼儀に精通しているとは思えないからな。多少の無礼は黙認してもらえるだろう」
その言葉に少しは安心したようだった。だが、最低限のマナーは必要だと解釈したようで、アベルはこの日以降、礼儀作法に気を配るようになっていた。
「ダナイとリリアはさすがだよね。俺なんかよりもずっとマナーが良いや」
そうかな? とダナイは笑ったが、前世の普通のマナーが通用しているだけであった。一方のリリアは族長の娘と言うだけあって、礼儀作法は完璧だった。アベルにその気があるならマナー講習をしてあげるわよ、とリリアは言っていた。
翌日、四人はライザーク辺境伯に断りを入れると、さっそく城下町へと向かっていった。城下町を移動しやすいようにとライザーク辺境伯の紋章の付いた馬車も貸してくれた。
「ライザーク辺境伯様のご厚意は嬉しいが、紋章付きだと目立つよなぁ」
「そうね。間違いなく目立つわね。今日のところは馬車の中から見学するだけにしておきましょう」
リリアの提案に全員が賛成した。馬車のカーテンからのぞく景色からは、やはりこちらを気にしている人達の様子が見て取れた。しばらく進むと、馬車が停車し、案内役の従者が声をかけてきた。
「あちらに見えますのが王都オリヴェタンのオリヴェタン城です」
おお! と歓声が上がる。その優雅なお城は、かつてテレビで見たシンデレラが住んでいそうなお城と瓜二つだった。まさにファンタジー。ダナイは童心に返ったかのような胸が高鳴るのを感じた。
数日後にはあそこに行くことになるのか。これはもうとんでもないことになっているな。ダナイはいまさらながら、これが夢なのではないかと思い出した。
しかし、ドラゴン戦で痛みは感じ、リリアと愛し合えばその暖かさを感じている。夢ではなく、現実であることに間違いなかった。
「久しぶりに見たけど、相変わらずオリヴェタン城は美しいわね」
「あそこに本物のお姫様が住んでいるのね。何だか夢を見てるみたい」
キャッキャッと騒ぐ女性二人はやはりお姫様に憧れるところがあるのだろう。その後はお忍びで城下町に出かけるお姫様のごとく、優雅な振る舞いを心掛けているようであった。
「イーゴリの街でも、領都でも見かけなかった種族が結構いるな。それだけ王都には色んな人種が集まっていると言うことか」
「そうね。それでもこんなにたくさんいるのは不思議よね。何かあったのかしら?」
「僭越ながら」
従者が話に加わってきた。
「先日ダナイ様がもたらした魔法薬の礼を言うために、あらゆる種族の方々がここ数日、王都に押し寄せております」
なるほど、そう言うわけか。納得していると、従者は目に入った種族の紹介を始めた。
「あの黒い肌のエルフはダークエルフですね。こちらはリリア様の方がお詳しいでしょう。あの頭に耳と尻尾が生えているのは獣人族ですね。隣国に多くいらっしゃるようです」
言われた方を見ると、虎柄の体つきの良い男がのっしのっしと歩いている。ダークエルフは頭をスッポリと頭巾のようなもので隠しており、その顔をうかがい知ることはできなかった。
「リリア、ダークエルフは顔を見せないのか?」
「違うわよ。エルフ族は人が多い場所では基本的に顔を隠すのよ。何と言っても目立つからね」
「リリアは隠さないのか?」
「馬車から降りるときはそうするわ」
その発言を聞いてマリアが首を傾げた。
「じゃあリリアは何で今まで顔を隠してこなかったの?」
「そうねぇ。人がそんなに多くなかったからかしら?」
「人が少なかったら良いのか?」
クスリと笑うリリア。
「そうよ。不埒な奴がいたら魔法でバッサリいけるからね。エルフ族は魔法に長けた一族だから、逆に痛い目に遭うことになるわ。でもこれだけ人が多いと気軽に魔法が使えないから、人が多い場所では目立たないようにしているのよ」
思った以上にエルフ族は過激な一族のようである。怒らせないようにしようと心に誓った。
従者は説明を続けた。
「あちらの鱗を持つ種族はトカゲ族です。東の王国にある沼地に住んでいるそうです。あまり見かけない一族ですね」
ほほう、トカゲとな。ダナイは興味深そうに見ていた。そのそばに、何か背の低い汚らしい毛むくじゃらの種族がいた。これってもしや……。
それに気がついたリリアが耳元で囁いた。
「ダナイ、アレが真のドワーフ族よ」
「……やっぱりそうか。そりゃ、リリアが「きれい好きなドワーフはいない」と宣言するわけだ。納得したよ」
それを見つけたマリアは「何あれ? 地底人?」と指差していた。
従者は言うか、言わざるか、散々悩んだのち、黙ってスルーした。ダナイと同じドワーフ族だとは言えなかったようである。
従者に聞いた話では、ドワーフ族は滅多に住み処から出て来ない種族のようである。
確かにあれだけ汚ければ、どこに行っても厄介者扱いされるだろう。それに気を悪くして引きこもっているのだろうことは、容易に想像できた。
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