第54話 天才錬金術師ダナイ

 王都観光は予想通り、一日では終わらなかった。王都には闘技場や劇場、図書館など、様々な設備がそろっており、武器や防具、魔道具、錬金薬の工房、それらを流通させている商会などがひしめき合っていた。


「さすが王都だな。見たことがないものばかりだったぜ」

「そうだね。どれもイーゴリの街では見られないものばかりだよ。そう考えるとイーゴリの街もまだまだ発展の余地があるんだなって思ったよ」


 予想以上の王都の発展っぷりにアベルが感慨深そうに言った。上には上があることを知ることは成長に繋がる。良い体験ができたようである。

 

 その日の王都観光は無事に終わり、四人はライザーク辺境伯のタウンハウスに帰ってきていた。昼食は城下町で済ませたが、夜はライザーク辺境伯達と共に晩餐をすることになっている。


「王都はどうだったかね?」

「思った以上に色々な設備があって驚きました。それに、たくさんの種族が集まってきているみたいですね」


 ハッハッハとライザーク辺境伯は笑った。そうだろう、そうだろう、と。


「私も初めてトカゲ族を見てな、まさかこんな場所にまで訪れるとは思ってもみなかったよ。それに、滅多に姿を見せないドワーフ族を何人も見かけたよ。おそらく、国王陛下にお礼を言いに訪れているのだろう。どれも身分が高そうな装いをしていたからな」


 ダナイは昼間見たドワーフ族を思い出した。アレで装いを整えている……だと……? 普段はどれだけなんだと頭を抱えそうになった。ダナイはドワーフとしては異端児であることは間違いなかった。


 豪華な晩餐が終わると、一度に何人も入ることができそうな大きくて豪華な風呂へと向かった。マリアがしきりに「四人で一緒に入ろうよ」と誘ってきたが、リリアがピシャリと断った。


「マリアはアベルと入りなさい。私はダナイとゆっくりお風呂に入るから」


 お義姉さんに断られて口を尖らせていたが、アベルに連れられて部屋へと戻って行った。マリアがあんなことを言うのも無理はない。


「広すぎるよな、ここの風呂」

「確かに広すぎて落ち着かないわね。でも、それとこれとは別よ」


 二人は大きな湯船にポツンと隣り合わせで入っていた。そのうち、ダナイがリリアを前で抱える形に落ち着いた。身長差の都合上、お姫様だっこの状態になっている。ダナイの目の前には二つの双丘がプカリと気持ちよさそうに浮かんでいた。

 それを凝視しないように気をつけながら。


「いよいよ国王陛下と面会だな。リリアは大丈夫か?」

「そうね、早かれ遅かれこうなるような気がしていたから、今から慣れておくしかないわね」

「何か、すまねぇ……」

「良いのよ。聖剣を作るためにはきっと多くの人から力を借りることになるわ。国王陛下の力を借りられるのなら、これほど力強いことはないわよ」

「ああ、間違いないな。何としてでも、良い関係を築かないとな」


 二人は押し黙ったまましばらく考え込んでいたが、ついには我慢ができなくなり、よその風呂にもかかわらずイチャイチャし始めた。



 数日後、あくまでも個人的な面会であるとして、国王陛下に会う日がやって来た。

 この日は朝から準備に大忙しだった。ライザーク辺境伯の使用人の力を借りて、髪や服装を整えた。美しく整えられたリリアとマリアは見事の一言。カメラがあれば撮影したのに! と深く深く思ったダナイは何とかこの世界でもカメラが作れないかとあれこれ考えていた。全ては自分の欲望のためである。


 もちろんダナイとアベルもすっかりと整えられていた。ダナイのモフモフはどうやらリリアだけに評判が良いだけではなかったようである。使用人が代わる代わるキャーキャー言いながら整えてはモフっていた。

 

 それをリリアが「あのモフモフは私のものだ」と言う目で睨みつけていたのは言うまでもない。その後のリリアのモフモフにより、せっかく整えられたダナイのモフモフはいつものモフモフへと戻っていた。


 準備が整った一行はライザーク辺境伯を先頭に王城へと向かった。

 間近で見る王城は岸壁にそそり立つ氷山のように大きく、今にもこちらに倒れかかって来るかのような迫力と圧迫感があった。遠くで見ると唯々美しかっただけの城は、そこに存在しているだけで有無を言わせぬ圧倒的な権力を象徴しているかのようであった。


「何だか息苦しいわね」


 リリアの意見はもっともだ。初めて入場した王城の空気にみんな尻込みしていた。このまま国王陛下に会うなんでとんでもなかった。ライザーク辺境伯はそんな萎縮している四人に気がついたようだった。


「ハハハ、最初はみんな同じ気分になるものさ。恥じることは何もない。今でこそ私はそこまでのプレッシャーを感じなくなったが、クラースもまだまだのようだからな」


 そう言ってチラリとクラースを見た。次期ライザーク辺境伯であるクラースも顔色は優れなかった。

 一行はクネクネと曲がる長い廊下を通り抜け、応接室へと案内された。その頃にはここがどの辺りで、どのようにしてここまで来たのかは全く分からなくなっていた。

 

 使用人が出してくれたお茶とお茶菓子を食べながら、緊張した面持ちで待つこと小一時間ほど。ようやく面会の時間になったようである。一人の男が入ってきた。


「おお、アレクシスじゃないか」

「久しいな、ダスティン」


 どうやらライザーク辺境伯とは旧知の仲のようである。お互いに名前で呼び合い、懐かしそうに話していた。


「おっと、これは失礼。私はこの国の宰相、アレクシス・ツェベライだ。よく来てくれた。国王陛下がうるさくてな」


 そのぞんざいな口ぶりに、国王陛下の右腕なのだろうと理解した。それぞれ軽く挨拶を済ませると、国王陛下が待つ部屋へと向かった。


 これまでとは趣が違う扉の前へとやってきた。さっきまでは「お客様用」とばかりに見栄を張ったような豪華な扉や、装飾のある場所だった。しかし今は、一変して厳かでどこか神聖な場所のような雰囲気だった。


 ライザーク辺境伯の顔が引き締まっている。どうやらここは城の中でも最奥、王族だけが出入りすることができるプライベートスペースのようである。

 宰相のアレクシスがその扉をノックすると、音も立てずに扉が開いた。


「よくぞ来てくれた。この国を救ってくれた英雄殿。私がアルベルト・オリヴェタンだ。隣は私の孫のレオンだ」


 部屋の中に入るとすぐに、国王陛下が両手を挙げて歓迎してくれた。ガチガチに緊張している四人をライザーク辺境伯が実に丁寧に紹介してくれた。それにしても、いきなり英雄殿とは。なかなか刺激的な挨拶である。恐縮するもの無理はないだろう。


「あの、英雄殿はちょっと……」


 恐縮するダナイに、国王陛下がさらなる追い打ちをかけた。顎に生えた立派なお髭を撫でながらフムフムと頷いた。


「そうか、そうか。この国を救った英雄と言っても差し支えないと思っていたが……そうだな。やはり手始めは「天才錬金術師ダナイ」の方が良いかも知れないな」


 ウンウンと両サイドにいる孫と宰相も頷く。ダナイはそれを聞いてアベルとマリアを見た。相変わらず二人は明後日の方向を向いていた。さすがに口笛は吹いていなかったが。

 リリアを見ると「諦めなさい」と小さく首を振った。どうやらその件については諦めるしかないようである。後でアベルとマリアにはしっかりと言い聞かせておかなければならないな、とダナイは決意した。


「わざわざ遠くより呼び出してしまって済まない。どうしても、そなた本人にお礼が言いたくてな。ありがとう。天才錬金術師ダナイの作った魔法薬によって、我が孫の命が救われたよ。それだけではない。この国の多くの人が救われた。皆に変わって礼を言わせてもらうよ」

「とんでもありません。当然のことをしたまでです。お礼を言われるまでもありません。ここまで速やかに薬が量産され、必要な人達に提供することができたのは、国王陛下やライザーク辺境伯様、それに尽力してくれた各ギルドのお陰です。私のしたことは些細なことに過ぎません」


 恐縮しきったダナイは少し早口になってしまったが、この成果が自分だけの力でないことを真摯に国王陛下に訴えたのであった。それを聞いた国王陛下、隣に座る宰相も穏やかな顔で聞いていた。


「ライザーク辺境伯からこの魔法薬の情報を無料でもらったときは大変驚いたものだ。なにせ、世界の盛衰を握ることのできる代物だったのだからな」


 アレクシスはそう言いながらライザーク辺境伯を見た。どうやら最初にアレクシスに魔法薬の相談をしたようである。

 

「私も最初に錬金術ギルドから情報が送られたときは驚きましたよ。魔法薬の秘伝が交渉する暇も無く、ポン、と渡されたのですからね。ですが、制作者本人の意向だ、と聞いて私もその高貴な意志に従うことにしたのですよ」


 そうしてダナイから始まった意志は次々に受け継がれ、結果としてこの国を救うことになったのだった。


「皆はこの国にこれまであまり見なかった種族が集まっていることに気がついておるかな? どの種族もあの魔法薬のお礼に来ておるのだよ。私の手柄ではないのだがね」


 国王陛下は苦笑していた。しかし、その采配をしたのは国王陛下であることは事実。お礼を言われるだけのことをしているだろう。


「どの国からもありがとうの言葉しか聞かなかったよ。お陰で、停戦状態だった隣国とも再び和平を結ぶことになった。この国にとって良かったことはそれだけではないぞ。国交のなかった国とも知り合うことができ、良い関係を結べそうなのだよ。これでしばらくは平和な日々が訪れることだろう」


 再び礼を言われ、ダナイは恐縮しきってしまった。

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