第39話 流行病
アベルとマリアがパーティーメンバーに加わったことでダナイは非常に助かっていた。リリアが二人と共に冒険者ギルドの依頼を受けることができるようになったのだ。
これにより「リリアに構ってあげられない」と言う罪悪感をかなり減らすことができた。もちろん鍛冶屋ゴードンが定休日のときはダナイも一緒に参加している。
そう言った事情もあり、ダナイは伸び伸びと家の作業場に籠もると魔道具の作成に入った。作るのはもちろん例の防音の魔道具である。
防音の魔道具はすでに存在していたが、部屋自体に防音の魔道具を組み込む必要があったため、よほどの重要機密が必要な場所でしか使われていなかった。よって今回は持ち運べるサイズのものを作ることにした。
形は四角の箱形。ボタンを押すと魔方陣が発動し、周囲に音が響かなくなるという代物を作り上げた。
これを二人に渡すと抑えている欲求が爆発してしまうのでは? とも思いはしたが、すでに同じ屋根の下にいるのだ。時間の問題だろうと思い直して夕食のときに渡した。
「これが防音の魔道具だ」
コロン、と目の前に転がされた魔道具を三人が目を点にして見つめている。きっと初めて見る魔道具に困惑しているのだろう。使い方を教えると試してみたいと言い出した。
「それじゃ俺が部屋の中で叫ぶからな。お前達はドアの前で音が本当に聞こえないか耳を澄ましておいてくれ」
部屋の中に入ると、魔道具を起動し大声で何度も叫んだ。ドアの向こうからは何の反応もない。そろそろいいか? と思って外に出ると、案の定、本当に叫んだのかと疑われた。代わる代わる実験したところで「本当に音が聞こえない」と納得し、その場は一件落着となった。
「ダナイ、私達のは?」
「ひょえっ!?」
変な声が出たダナイ。作った防音の魔道具は一つだけだったのだ。そう言えば、そうなのか? と恐る恐るアベルとマリアを見た。アベルは防音の魔道具をジッと見つめており、マリアは何で一つだけなのかと首を傾げていた。
どうやらそうらしいと判断すると「すぐにもう一つ作るから、ちょっとだけ待ってくれ」とリリアに頼み込んだ。何だかすでに尻に敷かれつつあるような気がしたが、あの尻ならいいか、と思い直した。
けだるそうにグッタリとマリアが朝食の席で潰れている。対してアベルは元気な様子で、かいがいしくマリアが朝食を食べるのを手伝っている。昨日はお楽しみだったのかな? と思いつつも、この手のことを話題にするとやぶ蛇になりそうな気がしたので黙っておいた。
リリアもそのことに気がついているようであり、ダナイの耳元に口を近づけて囁いた。
「どうやら今日はダメみたいね。マリアを一人置いて行くわけにもいかないし、二人だけでどこかに出かけましょうか」
「ああ、そうするか」
今日は鍛冶屋ゴードンの定休日。本来ならみんなで連携の確認も兼ねて何か冒険者ギルドで依頼を受けるか、適当にブラブラとグリーンウッドの森で魔物を狩るかのどちらかなのだが、予定を変更してリリアと二人でデートに行くことにした。
「こうやって二人だけで出歩くのは久しぶりだな」
「そう言えばそうかしら? 一緒にいる時間が長くなってきたから、全然気にしてなかったわ。でも、たまにはこんな日も良いわね。マリアには感謝しないとね」
わだかまりが解消されたのか、リリアとマリアは今では本当の姉妹のように仲が良く、一緒に何やらやっていることが多かった。
「随分と仲良くなったものだな。最初はどうなるかと思ったぜ」
「あら、そうかしら? マリアのお目当てがアベルだと分かった時点で、お互い同盟関係よ」
同盟関係……いつからそんな関係になっていたのかは分からないが、色々と情報を共有したり、先のことを計画したりしている感じは以前からあった。女性って怖い、改めてそう思うと思わず苦笑した。
それを見て何かを思い出したのか、リリアがダナイの方に向き直った。何だ? と視線を送る。
「そう言えばマリアが「自分が力不足なんじゃないか」って悩んでいたわ」
「そうか? 弓矢の腕前は大したもんだと思うがな」
「そう言ったんだけど、私には魔法、ダナイはドラゴンスレイヤー、アベルにはあなたが作った剣があるでしょ? 自分には何もないって落ち込んじゃったのよ」
「そんなに気にする必要はないともうけどな」
「私もそう思うわ。でも、もしその立場に自分が立ったら、きっと何とかしなきゃって思うんじゃないかしら? それで、マリアが魔法を教えてくれって言うのよ」
リリアはここで言葉を切った。魔法か。確かにマリアが魔法を使えるようになれば、弓矢以外の攻撃の手段も増え、自信もつくだろう。だがしかし。
「マリアは魔力があるのか?」
「それがね、全くないのよ」
「ダメじゃねぇか」
「そうなんだけど、断り切れなくて……何とかならない?」
ギョッとするダナイ。リリアは自分を何だと思っているのか。ひょっとして、神様か何かだと思っているのではなかろうか? しかし、リリアの頼みを無下に断ることはできなかった。
「分かった。何とかならないか考えておくよ」
「ありがとう。さすがはダナイ!」
ご機嫌でダナイに抱きつくと、髪の毛や髭をモフモフとなで始めた。それがやりたかっただけだろうと思いつつも、悪い感じはしていないダナイ。美人にはトコトン弱かった。
リリアと手を繋いで街を歩く。多くの人がその見慣れないカップルに振り返って二度見したが、それにはもう慣れっこで二人は全く気にしていなかった。しかし、気になることもあった。
「ねえ、ダナイ、何か閉まっている店が多くない?」
「ああ、リリアも気がついたか。やっぱり俺の思い違いじゃないみたいだな」
街には活気があるものの、ポツポツと張り紙をして閉まっている店があった。気になった二人は張り紙を見て回った。ほとんどの張り紙には「病気療養につき、休業中」と書いてあった。
嫌な汗が流れた。この嫌な感じは生前あった状況と同じだ。未知の病気によるパンデミック。店の店主は多くの人と接するため、防疫が未発達だと思われるこの世界では病気をもらう可能性が高かった。
「リリア、帰るぞ」
「え、どうして?」
「ヤバい病気が流行り始めているのかもしれん」
ダナイの真剣な表情に、リリアの美しい顔からサッと血の気が引いた。
二人が感じた前兆はそれほど時を置かずに顕著になっていった。免疫力が弱い小さな子供や老人がまず発症し、それが徐々に大人にも広がっていった。
リリアの情報によるとエルフやドワーフなどの古代から長く生きている種族はそれらの病にはトコトン強いらしい。何せ、幾度となくそれらの病気と戦い、打ち勝って来たのだから。そのため、似たような抗体を持ち合わせている確率が高いのだろう。
そして遂に死者が出始めた。流行病はここイーゴリの街だけでなく、この国全体で起こっているみたいだと冒険者ギルドの職員が教えてくれた。錬金術ギルドではそれらを治療する薬の開発が進められているそうだが、状況は芳しくないようだった。
そして遂にマリアがその流行病に感染した。幸いなことに、師匠のゴードン夫妻は、ダナイが買い物などを代わりに行っていたのでまだ感染していない。しかし、このままでは時間の問題だろうと見ていた。
これ以上、錬金術ギルドが薬を開発するのを待ってはいられない。専門分野ではないが、ダナイは薬を作ることに決めた。大きく息を吐くと、集中力を高め『ワールドマニュアル(門外不出)』で解決策を探った。
「やるしかないか」
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