第40話 天才錬金術師ダナイ(仮)

『ワールドマニュアル(門外不出)』によって病原体はすぐに特定できた。今回の疫病の原因となっているウイルスは、魔力を全く持っていない人だけに感染し、生命力を吸い取るという特殊な性質を持っているものだった。


 魔力を持っている人に感染しないのは、魔力が抗生物質のような役割を果たし、ウイルスを死滅させているからであろう。


 それならばと考えた。一時的に魔力を持った状態にすることができれば、そのウイルスを死滅させることができるのではないか?


 すぐにその魔法薬を探した。そして「魔力付与ポーション」に行き着いた。一番作りやすい魔力付与ポーションの素材は、薬草、魔法草、魔力水。魔力水が何なのかを調べたら、どうやら魔法で生み出した水のことを言うらしい。


 この材料なら比較的簡単に手に入りそうだと安心すると、即座に魔力付与ポーションの作成に入った。幸いなことにどの素材も持ち合わせている。


「リリア、魔法で水を出してくれないか?」

「分かったわ!」


 慌ただしく動き出したダナイの指示に従って、リリアは瓶の中に魔法で出した水を注いだ。その間に薬草と魔法草を火であぶり、ある程度の水分を飛ばした。


 それらを細かく刻むと、慎重に天秤で量を量り取る。それを片手鍋に魔力水と共に放り込むと、沸騰するのを待った。その間に悲痛な顔をしたアベルが二人のところへやって来た。


「ダナイ、マリアは……」

「大丈夫だ。必ず助ける。この天才錬金術師、ダナイ様を信じろ!」


 ダナイの秘密を知らないアベルだったが、ダナイの力強い言葉に頷くと再びマリアの元へと戻って行った。


「ダナイ、ほんとに大丈夫よね?」

「ああ、もちろんだ。原因も、その解決策も、全て分かっている。あとは魔法薬の効果を実証するだけだ」


 心配するリリアをそっと抱きしめた。リリアもそっとダナイを抱きしめた。


 それから間もなく、魔力付与ポーションが完成した。それが間違いなく魔力付与ポーションであることを『ワールドマニュアル(門外不出)』に載っている特徴と照合し、確認すると、すぐにマリアの元へと向かった。


「待たせたな。魔法薬が完成したぜ」


 アベルに黄色のポーションを手渡した。見慣れぬポーションを受け取ったアベルはすぐにマリアにそれを飲ませた。即効性はなかったが徐々にマリアの表情が和らいでいるのが分かった。

 それを見たアベルはホッとした表情をして、ダナイに聞いた。


「ダナイ、今の魔法薬は?」

「あれは魔力付与ポーションだ。飲めば一時的に魔力を持つことができる。効果は低いがな」

「そんなポーションがあるだなんて知らなかったよ」

「そうか? 俺の村では良く使ってたぞ?」


 だんだんとマリアの顔色が良くなって来たのを見て安心したのか、真っ青だったアベルの顔色も大分落ち着いてきた。リリアの顔にも安堵に色が見えた。


 翌日、マリアは目を覚ました。マリアを抱きしめて喜ぶアベル。マリアはまだ夢見心地のようであったが、何があったのかは覚えているようだった。


「アベル、あたし……」

「もう大丈夫だよ。ダナイが魔法薬を作ってくれたからね。あの天才錬金術師ダナイの作った魔法薬だよ? 効かないはずがないよ」


 アベルは笑った。どうやらウイルスを死滅させることはできたようだが、失われた体力までは戻ってこないようだ。これはまずいと、すぐに出かける準備を始めた。


「ダナイ? どこに行くの?」

「もちろん、この魔法薬の作り方を錬金術ギルドに教えに行くんだよ! 早く行かないと他の重病人が手遅れになっちまうだろ!」


 ダナイは朝食を食べることもなく駆け出した。錬金術ギルドはまだ閉まっているかも知れないが、冒険者ギルドは開いている。まずは冒険者ギルドへ向かった。


「アラン、アランはいるか!?」


 ダナイのただならぬ声にアランとミランダが現れた。他のギルド職員も何事かとダナイの方を見た。


「流行病を治療する魔法薬を作った。その作り方を錬金術ギルドに教えたい。効果はうちのマリアで確認済みだ。頼む。紹介状を書いてくれ!」


 土下座で頼むダナイをすぐにアランが助け起こした。ミランダはすでに紙にペンを走らせている。


「良くやったぞ、ダナイ。任せておけ。それよりも、俺達にできることはないのか?」

「素材に薬草と魔法草がいる。大量に薬を作るとなると、それなりに量が必要だ。それで素材採取の依頼を頼みたいんだが……依頼料はどのくらいなんだ?」


 フッとアランは笑った。


「バカにするなよ、ダナイ。この街の緊急事態だぞ? 金などいらん。お前ら、聞いたか? 聞こえていたらさっさと行け!」


 アランの言葉にギルドにいた冒険者達が方々に散って行った。中にはダナイにお礼を言う人もいた。きっと身内に感染者がいるのだろう。

 ミランダから紹介状を受け取ると、錬金術ギルドへと走った。まだギルドは閉まっていたがギルド職員はいたようであり、すぐに中に入れてくれた。


「というわけなんだ。このレシピをやるから、急いで魔法薬を作ってもらえないか?」

「もちろんですよ、ダナイさん。すぐに手配して、症状の重い人達に配りますよ。おい、聞こえたが? すぐに手配しろ!」


 錬金術ギルドは一気に騒がしくなった。


 家へ戻ったダナイはすぐにグリーンウッドの森へ行く準備を始めた。


「ダナイ、まずは朝食を食べなさい。体が持たないわよ」


 はやるダナイを抑えてリリアは朝食を食べさせた。リリアはすでに食べ終えたようで、準備を済ませていた。


「アベル、お前は留守番だ。マリアのことを頼んだぜ!」


 アベルは葛藤しながらもそれに従った。それに気がつくと「夕飯を楽しみにしてるからな!」と言い残して家をあとにした。


 森ではすでに何人もの冒険者とすれ違った。二人はCランク冒険者であるので、あまり人が足を踏み入れない森の奥に入って行った。その甲斐あってか、かなりの量の素材を手に入れることができた。


 家に帰るとすぐに魔法薬の作成に取りかかった。この頃にはマリアはかなり回復しており、ベッドから起き上がれるようになっていた。アベルとマリアが用意してくれていた栄養たっぷりのシチューは疲れた体に良く染み渡った。


 翌日、ダナイがもたらした魔法薬の効果が「本物である」ことを確かめた錬金術ギルドのギルドマスターは、すぐに領都に馬を走らせそのレシピを領主に託した。


 託された領主であるライザーク辺境伯はすぐに領都の錬金術ギルドにレシピを渡すと、そのまま王都へと馬を走らせた。


 王都でもこの流行病は猛威を振っていた。治療薬はなく、死を待つだけの人々に希望の光がもたらされた。その中には、国王陛下の孫の姿もあった。国王陛下は諸手を挙げて喜んでいたそうである。


 これらの話を、後日ダナイは錬金術ギルドのギルドマスターから聞いた。ダナイの作った魔法薬は多くの人を救った。しかしそれが可能になったのは、みんながみんな、無償で動いたからである。

 それを知っているダナイはギルドマスターから手放しでほめられるのが、何だか申し訳なく思っていた。


「ダナイさん、あなたを錬金術ギルドのBランク錬金術師に認定します。今後もあなたの活躍に期待してますよ」


 これでダナイの身分証明書は、Cランク冒険者、Cランク鍛冶屋、Aランク魔道具師、Bランク錬金術師という他にあまり類を見ないものになっていた。しかも「ドラゴンスレイヤー」の称号持ち。ちょっと目立ち過ぎたかなぁと思わなくもなかったが、まあ、なってしまったものはしょうがないと気にしないことにした。

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