第14話 ダナイ、プレゼントする

 そんなこんながありながらも鍛冶仕事に慣れてきたダナイは、一つの刃物を作ることに決めた。しばしば夕食をごちそうになっているゴードンの奥さんのイザベラに、お礼を兼ねて包丁をプレゼントしようと思ったのだった。


 この世界には包丁が存在せず、その代わりにナイフを使って料理をしていた。前世ではナイフよりも包丁の方が料理をするのには都合が良かったので、試しに作ってみようと思ったのであった。作るのはもちろん三徳包丁だ。


「師匠、作業場をお借りしたいのですがよろしいでしょうか?」

「それは構わないけど、急にどうしたんだい?」

「ええ、実は……」


 隠すつもりはなかったので、ありのままを話した。師匠であるゴードンはその話をいたく感動して聞いていた。弟子が自分の妻を思ってプレゼントを作ろうなどとは、これまで一度もなかったそうなのだ。


「なるほど、よく分かったよ。それで、その三徳包丁とはどのようなものなのかな?」


 ダナイは三徳包丁について自分の記憶にある限りのことを説明した。それを聞いたゴードンはなるほどと感心していた。


「包丁か。ダナイの故郷には変わった刃物があるようだな。よし、それでは一つ作ってみるとしよう。私は料理ができないからその利用価値はよく分からないが、イザベラならきっと分かってくれるはずさ」


 そう言うと、火床に火を入れた。作るのは全てダナイに任せるが、途中の手伝いはするつもりであった。ダナイも一人前になりつつあるとは言え、まだまだ一人で全ての作業をするには経験が足りなかったのだ。ダナイはその申し出をありがたく受け取った。


 ふいごで風を送り込み、鉄を鍛造できる温度にまで温度を上げた。高温の熱源が近くにあるため、汗がだらだらと滴り落ちた。


 温度が十分に上がったところで用意してある鉄板をやっとこで掴み、火床へと差し入れた。さらにふいごで風を送り、温度を上げた。鉄板の色が変わったところで取り出し、金槌で叩く。ドワーフのパワーはここでも十分にその威力を発揮した。


 こりゃあいい、と心の中で思いつつも、無言で鎚を振った。叩かれるたびに鉄板からは火花が飛び散った。これまで何度も師匠の手伝いで鎚を振ってきた。しかし今は、自分が初めて手がける作品のために鎚を振っている。テンションが上がらずにはいられなかった。


 包丁の形ができあがると昼食の時間を取った。昼食が終わると、その間に冷えた包丁を再度加熱し、焼き入れを行った。高温に加熱された包丁が水に入るとジュウゥ! と大きな音が響いた。


 ある程度冷ましてから引き上げると、最後の行程の研ぎに入った。研ぎはこれまで何度も経験済みだった。鍛冶屋ゴードンは武器のメンテナンスも請け負っているため、武器の研ぎ注文は引っ切りなしに入っていたからだ。


 ゴードン自慢の砥石を借りて、包丁を研いでいく。こうしてダナイにとって初めての作品が完成したのであった。


「え? 私にプレゼントがある? あらまあ、プレゼントをもらうだなんて、何年ぶりだろうかねぇ。これは? 包丁? それじゃ、試しに今晩の夕食を作るときに使ってみようかしら。ダナイさんも食べていきなさいな」


 イザベラはいたく包丁を気に入った。手にスッポリと馴染み、切れ味も使い勝手もいいとのことであった。包丁をとても気に入ったイザベラは友達に自慢をしたらしく「自分にも包丁を作ってくれ」と注文が入るようになった。これを受けたゴードンは料理用の包丁を店のラインナップに追加した。


 そしてこの包丁はジワジワとその勢力を拡大していくのであった。

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