第13話 ダナイ、魔法を習う

 鍛冶屋ゴードンに弟子入りしてから数日が経った。現在は四日ほどゴードンのところで鍛冶を学び、その後一日か二日休むという生活をしていた。ダナイはすぐに頭角を現し「さすがドワーフ」とゴードンはしきりに頷いていた。


 鍛冶屋ゴードンは完全受注制であり、量産品は置いていなかった。全てが刀匠ゴードン・モルチャノフが手がけた一品物であり、値は張るがその性能は折り紙付きだった。


 ダナイは一品物という響きに一人酔いしれていた。どこにでもある量産品ではなく、自分にしか作れない一品物を作ることに憧れていたからだ。


 当然、アベルはそのような高額な武器を買うお金を持ってはいなかった。そのため、剣を研いでもらうことで顔を知ってもらおうとしていたようである。その目論見は当たったようで、ゴードンもアベルのことを気にかけるようになっていた。


「え? ダナイさんもうDランク冒険者になったんですか!?」

「す、凄いです! この間冒険者になったばかりなのにもう追い越されるだなんて」

 

 アベルとマリアは驚嘆した。たまたま運が良かっただけだよ、とは言ったものの、ブラックベアに遭遇したのが運が良かったのかどうかは微妙だった。ただし、リリアと出会えたので運が良かったと思っている。


 あのあと、冒険者ギルドではグリーンウッドの森の調査が行われた。その結果、森の奥深くに何者かが住み着いたようであり、以前奥地に生息していた魔物達が森の外縁部にまで現れるようになっていることが分かった。森に住み着いた何かは現在も調査中であり、森に入るには、万が一のときに備えて、異常を知らせるための発煙筒を必ず携帯しなければならないようになっていた。


 ダナイはアベルとマリアに「間違ってもブラックベアに挑もうとするな」と口を酸っぱくして言った。自分がブラックベアに勝つことができたのは、規格外の力を持っているからであると認識しており、自分を基準にして考えると絶対に間違いを犯すと知っているからであった。



 それはリリアに魔法を教えてもらったときのことであった。リリアとはお互いの休みが合ったときに毎回逢う関係になっていた。ただのデートだろうと散々言われたが、ダナイは頑なに「魔法を教えてもらっているだけだ」と言ってそれを認めなかった。


 ダナイはなかなか魔法を使えるようにならなかった。

 リリアの教え方は間違ってはいなかったのだが、元々この世界の住人でないダナイにとっては、自然の中に存在していると言われている精霊や、人々を守っているとされる神々についてのことは、どうしても現実的なものとして捉えることが出来なかった。その結果、その存在を信じることができずに不発に終わっていた。


「すまねえリリア。俺が不甲斐ないばかりに……」

「気にしないで。ダナイには最初に言ったでしょう? 魔法を使えるようになるまでにはかなりの時間がかかるかも知れないって」

「それはそうだが……」


 全く手応えを感じられないダナイはさすがに落ち込んでいた。断じてリリアに格好いいところが見せられなかったからではない。そんなダナイをリリアはフワモコの頭を撫でながら励ましていた。


 部屋に戻ると、もう我慢できないとばかりに『ワールドマニュアル(門外不出)』で魔法の使い方について調べた。


 魔法とは魔力によって思いを形にしたもの


 ただこの一言が頭に浮かんだ。「たったそれだけ?」となったのは言うまでもなかった。リリアからは魔法の種類やお経のような呪文の詠唱を習っていた。しかしいくら調べてもそのようなものは出てこなかった。


 首を傾げるダナイ。これは一体どう言うことだ? 思いを形にすることができさえすれば、どんな魔法も創り出せると言うことなのか? 疑問は増すばかりであった。


 後日、再びリリアに魔法を習う日がやって来た。リリアとは魔法を教えるにあたって一つの約束事が設けられていた。それは「リリアがいない場所では魔法の練習をしないこと」であった。魔法が成功し、それが暴走するのを恐れたからである。


 そして、今日もダメだった。


「もうダメだあ」


 草原で仰向けに寝転んだダナイは「手のかかる大きな子供だ」と少し呆れた目でリリアが見下ろしているような気がして、いささか恥ずかしかった。


 そのとき、頭に閃くものがあった。魔法は思いを形にしたもの。自分の知っているものをイメージすれば、それが魔法になるのではなかろうか?


 自分が持っている確たる魔法のイメージ。それは漫画で見た忍術であった。そしてこの日より「ダナイ忍法帳」が始まるのであった。


 ガバリと起き上がるダナイ。


「リリア、ちょいと試してみたいことがあるんだが、いいかな?」

「ん? 何?」

「俺の故郷で魔法のようなものがあったのを思いだしたんだ。忍術って言うんだけどな。それをちょっと試そうと思ってな」

「ニンジュツ? 聞いたことないわね。でも、別に構わないわよ」

「ありがてえ!」


 ダナイはリリアから距離を取った。彼の心には小さいころに忍者ごっこをしていた記憶が鮮明に蘇っていた。いける。何故かそう確信した。


 火の魔法は火事になる恐れがあるため、滅多に使わないとリリアは言っていた。そこで火遁ではなく、土遁にすることにした。


「ダナイ忍法、土遁の術!」


 ノリノリで叫んだ。その途端、周囲の土や岩が様々な形に変化して、周囲の地形をあっという間に見慣れぬ風景へと変えていった。


 あまりの範囲の大きさにダナイは焦った。その途端、忍術の発動は止まり、あとには荒れ果てた大地のみが残った。もちろんリリアとダナイの周囲だけは手つかずである。


「ダナイ、あなた……」


 リリアの顔は青ざめていた。ダナイはやっちまったことを理解した。


「アハハ……安心しな、すぐに元に戻すからよ。土遁、元に戻れの術!」


 すでに適当になっている「ダナイ忍法」は、それでも正しく作用し周囲を元の状態に戻した。リリアは驚嘆して辺りを見渡ししている。


「あれ? 私、夢でも見ていたのかしら?」

「あ、ああ、そうだ。どうも夢を見ていた見たいだな」

「嘘言いなさい!」


 そのあとダナイは地面に正座をさせられ、リリアに小一時間ほど説教された。そしてきちんと制御できるようになるまでは使用禁止令が発動されたのであった。


 ダナイはこのとき初めて、自分の持っている力が尋常ではないことに気がついたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る