EX06 お掃除メイドは美しいに触れたいっ!


 ソフィアは庭の掃除をしながら、ルーナとリリアンを見ていた。


(あぁ、庭を駆け回るお嬢様たち、美しい! 天使! まさに天使! あぁ! だけど服装が可愛くないっ! そこはもっとフリフリの可愛い服を着て欲しいっ!)


 実は逆である。

 ソフィアはルーナとリリアンを鑑賞しながら、とりあえず掃除していた。

 ルーナとリリアンは庭を走り回っているが、何をしているのかソフィアには分からない。


(触れたいっ! お嬢様たちに触れたいっ! 美しく可愛い2人に触れたいっ! って、2人が何か捕まえたぁぁぁぁ! そして悪い笑みを浮かべてこっち見たぁぁぁぁ!)


 ソフィアは掃除中なので、逃げることはできない。

 2人がソフィアの方に走って来る。

 そして、ルーナがバッタをソフィアの顔に近づけた。

 ソフィアはバッタの姿を間近で見て、泡を吹いて失神するかと思ったが耐えた。


(なんておぞましい存在!! クソがっ! 昆虫とか全部死ねばいいのに! 息絶えればいいのに! 絶滅すればいいのにっ!)


 バッタへの嫌悪と恐怖が、ソフィアの表情に出ている。

 その表情を見て、ルーナとリリアンは楽しそうに笑った。


「お、お嬢様! またそんなキモいの捕まえてっ!」


 ひとまず叱っておく。

 まぁ、叱ったところで効果はほとんどないのだけど。


「ソフィアのツインテール、左右に引っ張りたくなるな!」


 リリアンが笑顔で言ったので、ソフィアはビクッとなった。


「髪の毛尻尾みたいにしてると、引っ張りたくなるよねー!」


 ルーナもノリノリで言った。

 ルーナの手にはまだバッタが存在している。


(あ、ヤバいこれ、引っ張られる! 絶対引っ張られる! でもちょっと引っ張って欲しいわたしもいるぅぅぅぅ! 美しい2人に引っ張られてみたいぃぃ! 天使に両側から引っ張られて、割れちゃう割れちゃうぅぅ! とか言ってみたいぃぃぃ!)


 ソフィアはニヤニヤしそうになったのだけど、必死で我慢した。

 だから顔がヒクヒクして、怯えているように見えた。


「そんなにビビらなくても、引っ張ったりしないぞ?(さすがに可哀想だからな!)」

「そうだよソフィア? 私たち、そんなことしないよ? はいリリちゃんパス」


 ルーナはバッタをリリアンに渡した。


「じゃあソフィア、パス」


 リリアンはバッタをふわっと投げた。

 ソフィアの方に。


(ぎゃあああああああああああ!)


 ソフィアは心の中で叫び、激しく箒を振り回しながら回避。


(天使がわたしにクソを投げつけてきたぁぁ! 美しい天使が、美しくないキモい存在を投げつけてきたぁぁ! ああ! この2人はどうしてこんなに残念なのぉぉぉ!? 可愛いのにっ! 世界で2番目に美しく可愛いのにっ! ちなみに1番はクリス様!)


 ソフィアの様子を見て、ルーナとリリアンはケタケタと笑った。


「ソフィアって本当、反応楽しいね!」

「本当だな! 面白い!」


 ルーナもリリアンも本当に楽しそうだ。

 その表情を見ていると、全てを許せるとソフィアは思った。


「バッタ再び確保!」


 ルーナがタタッと移動してさっきソフィアが回避したバッタを捕まえた。


(やっぱりキモい生物を掴むのは許せないぃぃぃ! 美しくいて欲しいのにぃぃぃ!)


 ソフィアは心を鬼にして、再度叱ることにした。


「お嬢様、いい加減にしないとクリス様に報告しますよ?」


 今日、クリスは休みなので屋敷にいる。

 ソフィアの言葉で、ルーナとリリアンの動きが止まる。

 そしてリリアンは瞳に涙を浮かべて、ルーナに抱き付いた。


「ひ、酷いよソフィア……」ルーナもジワッと涙を溜めた。「私たちのこと、嫌いなの?」


 2人の半泣きの表情があまりにも尊いので、ソフィアは心臓が止まるかと思った。

 あまりにも、あまりにも美しく、そして可愛く、神々しい。

 常人に耐えられるようなものではない。常軌を逸した可愛さだ。


「大好きでぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇえす!!」


 ソフィアはニヤニヤを抑えることもできず、思わず2人を抱き締めた。

 ちなみに箒はその辺にポイした。

 美しい2人と触れ合えるならば、箒など些細なこと。


「あまりソフィアを困らせるんじゃありませんわよ!」


 2階の窓から顔を出したクリスが言った。


「はっ! クリス様!」


 正気に戻ったソフィアは、ルーナたちから離れて急いで箒を拾った。

 その判断は正しい。なぜなら、ルーナがソフィアの頭にバッタを乗せようとしていたからだ。


「あ、お姉ちゃん! おはよう!」

「姉様、おはようございます!」


 ルーナは手を振って、リリアンはお辞儀した。


「お昼前に朝の挨拶をされても困りますわ……。ルーナは朝食の時に顔を合わせてますし……」


 クリスが苦笑い。


(はわわわわ! 美しい! 窓から顔を出すクリス様美しい! これが世界一の美少女! クリス・パーカーは世界一! たまらん! わたし、目が灼けるぅぅぅぅ!! クリス様が美しすぎて目が灼けるぅぅ! 灼熱の美少女ぉぉぉぉぉ!! 美の女神と結婚して欲しいぃぃぃぃ! ってゆーか、クリス様がむしろ美の女神!!)


 ソフィアは再び正気を失いかけていた。


「それよりルーナ、あたくしの部屋を荒らしましたの?」

「えー? 荒らしてないよぉ?」

「本を読もうと思ったら、なぜ見つかりませんのよ。ルーナが隠したんじゃありませんの?」

「私そんなことしなーい」

「過去に何度かやったじゃありませんの」


 クリスが溜息交じりに言った。


「あれじゃないか?」リリアンが言う。「魔女さんに貸した本」


「あー! 姉妹の恋愛小説なら魔女さんに貸したよ?」


「あれ貸しましたのっ!?(くっ、魔女が遊びに来てたのはメイドたちの報告で知っていましたけれど、本を貸したなんて……しかもちょっとエッチなやつですわ! その上! お姉様キャラの髪がストロベリーブロンド! ま、魔女が勘違いしたらどうしますの!? あたくしは別に、違いますけれど、魔女が、魔女がもしあたくしが魔女を好きだと勘違いしたらどうしますの!? 妹キャラの方は煌びやかなブロンドですのよ!? まるであたくしと魔女みたいですのにっ! 勘違いされてしまいますわ!)」


「あれ? ダメだった?」とルーナ。


「い、いえ。別にいいですわ……か、感想とか、聞いてみたいですわね……(貸してしまったものは仕方ないですわ! 前向きにっ! そう! 前向きに考えましょう!)」

「ねー、お姉ちゃん、王都に行く時ね、リリちゃんも一緒がいい!」


 ルーナが唐突に話を変えた。


(そういえば、クリス様は姫様の個人的なお茶会に誘われてたなぁ)ソフィアは姫を思い浮かべながら思考する。(姫も美人だから、クリス様と並べば超美しい! あーあ、わたしも一緒に行きたいなぁ。お付きのメイドに出世したいぃぃぃぃぃ!)


「別にいいですわよ? でも、モニカの言うことを聞きますのよ? 王都でイタズラしちゃダメですわ。憲兵に捕まったら面倒ですわ」


 この街なら、憲兵はみんなルーナの顔を知っている。


「「やったぁ!」」


 ルーナとリリアンは、向かい合って両手を恋人繋ぎして飛び上がった。


「お城には連れて行きませんわよ? 呼ばれてるのは、あたくしだけですから」

「別にいいよぉ(えへへ。王都で冒険者ギルドを見学するんだもんね!)」

「ありがと姉様!(ふふ、王都からこの街まで、歩いて帰るっていう新たな冒険ができるなルーナ!)」


 2人は計画していたのだ。

 冒険者ギルドの見学と、そして徒歩での帰宅を。


(ブラウン補佐がぁぁぁ!! 羨ましいぃぃぃぃぃ! わたしもお嬢様たちと行きたいぃぃぃぃ!! 狭い馬車に美しく可愛い3人と押し込められたいぃぃぃぃ!! そして馬車が揺れて、お嬢様たちが倒れそうになってわたしが受け止めるのぉぉぉ! 柔らかーい! いい匂い! たまらん!)


 ソフィアは心の中でエプロンを噛んで悔しがった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る