10話 美少女と内臓


「重かったね」

「おう。すっげぇ疲れたぜ」


 2人は鹿の亡骸を基地の近くの池まで運んだ。

 そしてその場に座り込んで、水筒の中の水を飲む。軽く休憩だ。


「あたしのルーナへの愛とどっちが重いかな?(あぎゃぁぁあ! 疲れて変なこと聞いちゃったぜ!! なんだこの痛い女みたいな質問は!! あたしのバカ!)」

「それは当然リリちゃんの愛だよ?(リリちゃんが私大好きなのは知ってるし、鹿の重みなんかに負けないでしょ?)」


 ルーナは微笑んだが、リリアンは軽くショックを受けていた。


(お、重いんだ!? あたしの愛、重いんだ!? 重い子ちゃんなんだ!? うぅ、ルーナのことが好きすぎて、あたし重い愛を押しつけてたんだな……。ごめんよ! ごめんにょ……ああん! 心の中ですら噛むあたしを許してくれルーナ!)


(リリちゃん泣きそうな顔してる。私がリリちゃんの愛をしっかり感じてるって分かって嬉しかったのかな? 嬉し泣きだよね? 話の流れ的に)


 すれ違う心に気付かない2人。

 まぁ、よくあること。この程度のすれ違いでは何の影響も出ない。2人の関係はずっと良好だ。


「さぁて、解体しよっか(鹿肉、鹿肉、ルンルンるん♪)」とルーナが立ち上がる。


「あたしたちの関係!?(嫌だぁ! 嫌だよルーナ! もう重くしないからあたしを捨てないでくれぇぇぇ!)」


 リリアンがルーナの脚に抱き付いた。


「ほえ?」

「ルーナ好きぃ、ルーナ好きだよぉ」


 リリアンは瞳に涙をいっぱい溜めて、頬を染めながら言った。

 ルーナはドキッとして、硬直してしまう。


(どどど、どうしたのリリちゃん!? 何で急にこんな可愛く告白するの? 私が愛の重みを知っているから!? 我慢できなかったの!? 本音漏れちゃったの!?)


 ルーナは小さく深呼吸して落ち着きを取り戻し、リリアンを立たせる。

 そしてギュッとリリアンを抱き締めた。


「私もリリちゃんだーい好き。2人で一緒に鹿の解体しよ?」

「する!(あれ? 解体って鹿のことか。あたしらの関係のことじゃなかった!! 良かった!!)」


 2人は鹿をソリの上で仰向けにする。それから短剣を手に持った。


「よぉし、殺人鬼ルーナだぞー! がおー!」


 ルーナは鹿の腹を縦に裂こうとして止めた。


「どうしたんだ? 放血は現地でしたし、腹裂こうぜ?」

「先に皮を洗おう。泥とか落とさなきゃ」

「お、そうだったな」


 2人は鹿を池に沈めて洗い、担いで引き上げる。


「重い! けど! 引きずるとまた泥付いちゃう!」


 鹿を再びソリに乗せ、仰向けに。


「てか、穴掘りも忘れてるな、あたしら」

「だね。やっぱりもっと慣れが必要だね」


 2人は内臓を埋めるための穴を掘った。

 内臓も全部捨てるわけではない。心臓と腎臓は食べる。他の部位も綺麗に処理すれば食べられるが、今回は無理はしない。


「今度こそ、バラバラ殺人犯のルーナだぞー! がおー!」


 ルーナは短剣で鹿の腹を縦に裂いていく。とっても丁寧に。


「気を付けろよルーナ。内臓を傷つけると汚臭がヤバくてあたしら泣くぞ?」


「そうだね」ルーナはゆっくりと鹿の腹を裂いている。「前に練習で動物解体した時、ミスっちゃって本当、泣きそうだったよね」


 でも最後までちゃんと解体したし、肉も食べた。


「よし」とルーナが鹿から離れる。


 そうすると、今度はリリアンが鹿に近寄り、鹿の胸骨を開いた。

 鹿の肛門周辺をルーナが短剣で切り取る。内容物が出ないよう、丁寧に直腸を結ぶ。

 腎臓と心臓をリリアンが切り取って、異常がないかチェック。少しでも変だと思ったら食べてはいけない。


「大丈夫そうだな」


 リリアンは心臓と腎臓を近くの石の上に置いた。

 ルーナが残りの内臓を抱きかかえるように取り出す。優しく、丁寧に。


「もっと慣れないと」ルーナが言う。「やっぱりちょっとだけ気持ち悪いね」


 ルーナはさっき掘った穴の中に内臓を捨てて、穴を埋める。

 リリアンは鹿の皮を剥ぐ作業へ。追ってルーナも同じ作業へ。


「ルーナにも気持ち悪いって感覚あるんだな(顔色変えないし、全然平気だと思ってたなぁ。あ、でも初めての時はすっごいビビってて可愛かったなぁ)」

「そりゃ、少しはあるよぉだ。(ふふっ、でもリリちゃんほどじゃないかな。リリちゃん初めての時ビビって泣いてたもんね? 可愛かったなぁ)」


 お互いがお互いの初めてを思い出して、頬を緩ませた。

 そこからは集中して皮を剥いだ。全部の皮が剥ぎ終わった頃には、15時を回っていた。まだまだ手際が悪い。

 皮を剥ぐ作業だけのことじゃなくて、全体的に。

 午前中に狩りを始めて、まだ肉をバラす作業が残っている。

 でも疲れたので、2人はいったん休憩することに。


「明日は最終日だねー」

「おう。肉の余りとかは帰ってから燻製にしたり、干したりするかー」

「できるだけはやっとこう。てゆーか、名残惜しいねー」

「ぶっちゃけ、あたしら一生暮らせるよなー」

「一生は嫌だなぁ。本格的な冒険に出たいし」

「人類未到の地!!」


 この世界には、まだ空白が残っている。それらを埋めて地図を作るのが冒険者だ。


「そう! 色々発見して、ルーナの大地とかリリアンの大滝とかって名前を付けるの!」

「それ超カッコいいぜ!」

「よぉし! ルーナちゃん元気出てきた! 肉バラバラにしちゃおう!」

「よぉし! リリアンも元気出たぞ! やるぞぉぉ!」


 2人は肉を分割し、テキパキと処理をする。食べない肉は池に沈めて冷やしておく。



「美少女と内臓!!」魔女が興奮して言う。「はぁ、はぁ、はぁ……」


「キモいですわ! このクソ変態魔女!」クリスが怒った風に言う。「うぅ、ルーナもリリアンもよく平気ですわね……」


「あの子らはコッソリ狩猟してたもの」魔女が平然と言う。「うちの裏の森で」


「なるほど。長い時間をかけて、用意してたわけですわね?」

「そ。さすがに初めての解体はあんな風にはできないわ。まだまだ、下手ではあるけれど」


「そう……」クリスが溜息を吐く。「まぁ、コッソリ狩猟していたことは咎めませんわ。無事に明日帰宅してくれればいいですわ」


「どうかしらねぇ?」

「はぁ? どういう意味ですの?」

「せっかくだから、ラスボスを用意してあげようかと思ってるの。あの2人のためにね」



 日はどっぷりと沈み、周囲は真っ暗闇だ。

 しかしルーナたちの焚き火だけが明るく、キラキラしている。

 まるで暗闇の中に浮かぶ月のように。

 焚き火の前には鹿肉の串焼きが刺さっている。現在焼いている最中だ。

 鹿肉にはいくつかの香草を刻んでふりかけてある。

 鹿の心臓、鹿の腎臓も串に刺さっている。

 取り皿代わりの貝殻の上には、食べられる野草のサラダを盛り付けていた。

 ルーナとリリアンはぼんやりと焚き火を眺めていた。


「心が落ち着くねー(焚き火って不思議だなぁ)」

「あたしも落ち着く(やっぱり、あたしらは2人きりだと落ち着くよね)」


 ルーナとリリアンはいつも通り寄り添っている。


「いい匂い(鹿肉最高! 早く食べたいなぁ!)」

「お、おう(あたしの匂い嗅がれちゃったぜ! でもお風呂入ってないから臭いと思うけど、いい匂いってルーナ言ってる……。どれ、ルーナをクンクンしてみよう)」


 リリアンはルーナに顔を寄せて、鼻で息を吸った。堂々とクンクンするのは恥ずかしいので、偽装したのだ。


「はう! いい匂いだぜ!(いいっていうのは、爽やかとかじゃなくて、汗やら何やらでベタベタドロドロだけど興奮する匂いって意味だ! あたしもこんな匂いしてんのかー!)」


「でしょー? もう食べちゃいたいなぁ(でも、もう少しちゃんと焼けるまで我慢だね)」


「た、食べてもいいぞ? その、ルーナが望むなら、あたしはいつでも……(ついにルーナの子を孕む日が!? ああ! でも正直言うなら、お風呂入ったあとがいい!)」


「え? ダメだよ、ちゃんとしないと(生肉食べてまたお腹壊しても困るし)」


「そ、そうだよな! ちゃんとしないとな!(気がはやったぁぁ!! でもやっぱりルーナもお風呂は入った方がいいって思ってるんだな! 良かった)」


「そうだよリリちゃん、焦っちゃダメ」


 ルーナはリリアンの耳に息を吹きかけるように言った。

 リリアンは「はぅぅ」と言いながら頬を染める。

 それからしばらく、2人は肉が焼けるのを無言で待った。


「よぉし! 鹿肉焼けたね! 食べちゃおう!!」

「いえーい! 鹿肉だぁぁ!」


 2人は鹿肉にかぶり付き、ハフハフしながら食べた。


「ヤバーい! 超美味しい! 処理が良かったから臭みも少な目だし、完璧だよリリちゃん!」

「やっぱお肉最高だぁぁぁぁ!!」


 自分たちで狩った獲物は特に。

 まさに今が至福の時。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る