9話 冒険者は弱肉強食


 無人島生活3日目。

 ルーナとリリアナは予定通り、ゴブリンの頭を加工した。

 まぁ、加工と言っても肉をそぎ落として骨だけの状態にしたに過ぎない。


「カッコいい!」

「頭蓋骨、超好きだ!」


 ルーナとリリアナは喜んでゴブリンの頭蓋骨を基地に飾った。

 それから食事の準備を開始。朝昼兼用だ。

 リリアンは捕まえたヒキガエルを一撃で葬り去り、下処理。

 ルーナは各種野草や木の実を大きな貝殻の中に入れる。この貝殻は、昨日の夕飯材料を探しに行った時に見つけた物。

 貝殻の中には水が入っている。カエル肉を入れて焚き火で煮詰めれば、各種野草のカエル鍋の完成だ。


「スープ泥みたーい!」

「あはは! 見た目やばいな!」


 2人は楽しそうに言って、取り皿代わりの小さな貝殻に鍋の具をよそう。使った道具は木の枝を綺麗に削った菜箸だ。

 ちなみに、ルーナたちの国では箸は使われない。2人は箸の存在を知った時、木の枝で簡単に作れるからサバイバルに向いていると判断。即、使い方を覚えたのだ。


「うわぁ! 美味しくなーい!」

「本当だな! 美味しくないな!」


 でも2人は嬉しそう。鍋の味よりも今の状況が楽しくて仕方ないのだ。冒険の練習に無人島でサバイバルしている、という状況のこと。


「でもカエルは美味しいね」

「おう。カエルはいつだって美味しいぜ」


 結構長い時間煮込んだので、トロットロになっている。


「リリちゃんみたいにトロトロだね」

「おう! あたしみたいに……え? あたしトロトロ!?」

「私にトロトロでしょ?」

「それ言うならメロメロだぞルーナ!」

「じゃあメロトロね!」

「メロトロ!」


 などと、2人の間でしか分からないけど、すごく楽しい会話を交わしながら食事を進める。


「……ルーナはさ」リリアンが照れた風に言う。「あたしに、その、メロメロじゃないのか?」


 チラッとルーナを見るリリアン。そして目が合って逸らす。


「えー? 分かんないのぉ?」


 ルーナはすごく不満げな表情で言った。


「分かる! ルーナはあたしにメロメロ! のはず!!」


「うーん」と悩むルーナ。


「メロメロ……だといいなぁ……メロメロ……だよな?」


 少し不安になるリリアン。


「へへっ、私は実はリリちゃんにメロトロ!」

「やったぜ! メロトロだ!」


 2人は「メロトロ」を連呼しながら腹を抱えて笑った。

 2人の中で、メロトロはメロメロよりもトロトロよりも上位に位置している。今さっきから。

 そして食事が終わる。2人は鍋の中身を完全に空にした。味はともかく、エネルギーは補充できた。


「さぁて、それじゃあ鹿狩りしよっか」

「おう。美味しいお肉! 美味しいお肉!」


「って待ってリリちゃん!」ルーナが思い出した風に言う。「鹿肉を運ぶためのソリ作ってない!」


「あぁ! しまった! 忘れてた!」


 鹿は大きいので、ソリに乗せて引いた方が楽だ。


「どうしよう? その場で解体する?」

「いや、水ないと困るだろ? 2人で脚持って引きずるか?」

「それだと皮が傷付いちゃう」

「じゃあ今日はソリ作って、明日狩ろう! 今日の夕飯はまた貝中心にしようぜ!」

「よぉし、そうと決まれば早速、木の枝集めだぁ!」



 無人島生活4日目。午前中。


「鹿肉!!」

「鹿肉!!」


 ルーナとリリアンは島を散策していた。

 言葉の通り、鹿を狩るためだ。ちなみに、ルーナはソリを引きずっている。ソリは木の枝で作られた簡素な物だが、それなりに頑丈だ。

 丈夫な蔓をソリの先端に結んで、縄のような感じにしている。ルーナはその蔓を掴んで引いていた。

 現在、ソリの上には弓矢と水筒が載っている。


「お、見つけたよ。ここらはシーね?」

「え? あたし、死ねって言われたのか?(泣きそうだぞ?)」


 ルーナの視線の先で、1頭の鹿が葉っぱを食べている。低い木の葉っぱだ。


「言ってない。リリちゃんたまにアホだよね」

「あ、あたしアホって言われたのか?(死ねよりマシだけど、これはこれで泣ける)」


 鹿の体長はルーナたちより小さい。130センチ前後。頭に角があるのでオス。割と若いオスだ。


「とりあえず静かにしようね? 近くに群れあるかもだけど、無視してあの1頭を狩るね?」

「おう」


 ケガをして群れに置いていかれたのか、元々この島の鹿は単独行動なのか、それとも群れを離れる時期なのか。

 鹿の生態にルーナもリリアンも詳しくない。基本的なことしか知らない。

 草食であるとか、オスは角があるとか。あとは心臓がどこにあるかとか、そういうの。

 ルーナはソリを手放して、ソッと弓矢を取る。リリアンも弓矢を取った。

 弓の腕前はリリアンの方が上だ。


「狙える?」とルーナ。

「無理かも」とリリアン。


 鹿を狙う時、身体の前側に当てる必要がある。腹には内臓が詰まっているので、矢で破ってしまうと臭いがキツい。

 心臓を狙えるなら心臓がいい。

 草木が生い茂っているので、ルーナには狙えなかった。


「移動する」

「あたしも」


 2人はそれぞれ、左右に分かれた。

 ゆっくりと静かに、ルーナは鹿を狙った。

 呼吸を止めて、しっかり身体の芯に力をいれ、矢がブレないようにする。

 そして矢を放ったのだが、先に別の矢が鹿の胸に突き刺さった。リリアンの方がルーナより先に射たのだ。

 鹿が痛みで跳ねたが、ルーナの矢も刺さった。胸ではなく背中だったけれど。

 鹿は半狂乱で走った。

 ルーナも全力で走って鹿を追う。


「生命力つっよ!」


 これが野生の動物。矢が刺さっても逃げようとする。致命傷のはずなのに、それでも生きることを諦めていない。

 感動さえ覚える。

 鹿を追うリリアンの姿が目に映る。ルーナとリリアンの足の速さは同じぐらいだ。

 途中で鹿の姿を見失ったが、痕跡を辿ることが可能だ。鹿は血を流しているし、半狂乱なので色々なところにぶつかっている。

 枝だって折れているし、追跡は容易い。


「ルーナ、見つけたぞ!」


 しばらく追跡したあと、リリアンが嬉しそうに言った。

 リリアンの視線の先で、鹿は静かに横たわっていた。

 死んだのだ。

 正確には、ルーナとリリアンが殺した。2人が狩った。つまり、2人は勝ったのだ。生存競争に。この世界の理に則って、獲物を仕留めた。


「やったぁ!!」とルーナが叫ぶ。

「鹿肉だぁ!!」とリリアンも叫んだ。


 2人は喜びのあまり、弓を置いて両手でハイタッチ。

 いつかは、自分たちの方が狩られる側に回るかもしれない。そういう未来だって有り得る。だがもちろん、覚悟の上だ。

 2人は冒険者になるのだから。


「リリちゃん大好き!」

「ルーナ大好き!」


 2人は嬉しすぎて、ギュッとキツく抱き合った。


「よぉし、ソリ取ってこなきゃ」

「じゃあ、あたしは横取りされないように見張ってるぜ!」

「え? 楽しようってこと?」


「ち、違うし!! せっかくのちゃんとした獲物だから、その、他の動物に取られたら嫌だし! ソリは1人で持ってこれるから! あ、そうだ、じゃあ、あたしは放血しとく!」


「放血は大事だね。よぉし、ほっぺにチューしてくれたら任せる」


 ルーナが言うと、リリアンはボンッと赤くなった。

 しかし、照れながらも割と簡単にルーナの頬に唇を当てた。割と長く当てている。


「えへへ。リリちゃん、しっかり見張っててね! ソリ取ってくる!」


 ルーナは踵を返して走り出した。


(きゃぁ! リリちゃんったらほっぺちょっと吸ったぁぁ!! うにゅん、ってなったぁぁ! 変な声出そうになっちゃったよぉ!)


 ルーナは頬を染めていた。



「あのメスブタがぁぁぁ!!」クリスが叫ぶ。「あたくしの可愛い妹の頬を吸いましたわねぇぇぇ!! あたくしも! あたくしも吸いたいですわ!!」


「あんた、わたしをロリコンだのなんだの、散々罵ったくせに自分はシスコンじゃないのよ」


 魔女はやれやれと肩を竦めた。

 こっちの2人は仲良くずっと水晶玉で小さな冒険者たちを観察していた。

 ちなみにクリスは有給を取って補佐官を休んでいる。


「シスコンは変態じゃありませんわよ? バカですの?」


 クリスは汚物を見るような目で魔女を見ながら言った。


(小さい頃は『まじょのおねーたん』って走り寄って来たのに、どうしてこんな口の悪い大人になってしまったのかしら? グスン、幼女か少女に戻って欲しいわ。厳密には7歳から14歳!)


「てか、あの子たち次は」魔女が言う。「鹿を解体すると思うけれど、大丈夫? クリスそういうの見れるの?」

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