バージョン.A —或る救世主による異世界備忘録。—
アラヤマ田
第0話 —異世界を救う、その前日譚—
小説"バージョン.A"シリーズ。
一般的男子高校生が、ふと迷い込んだ先の異世界での冒険を記した、ファンタジー系のシリーズ小説だ。
現在6巻まで刊行されており、大人気シリーズとあって累計発行部数もかなりの数を記録している。
シリーズの作者、シム氏の素性は不明な点が多い。書いた作品はこれのみで、顔出しもメディアへの露出も一切なしととてもミステリアスな人物だが、そんな作者はかつて一度だけ、"バージョン.A"というタイトルの理由について「ただ単に響きがかっこいいから」と説明していたことがある。
しかし裏を考えたがるのが人の心理の常で、愛読者たちは日やタイトルの意味の考察合戦が繰り広げているが、それもこの作品の有名なところである。
とにもかくにも、サトルもこの作品の根強いファンの一人だった。
放課後、サトルはいつもの本屋に寄る。店頭には華々しいポップで大々的に売り出された《バージョン.A》シリーズの最新刊が山積みになっている。その一番上の一冊を手に取り、迷わずレジまで持っていく。
会計を済ませ、店を後にする。表紙は、主人公のサトルが大剣を背に迫り出した崖の淵から草原を見下ろす、とても壮観な構図だ。
本を手に持つこの少年。"バージョンA"の主人公と同じ、サトルの名前を持つ、三藤みどうサトル。高校三年生の18歳。
年齢も名前も共通している本の中のもう一人の『自分』に、サトルは強い親近感を覚えていたのだ。
そんな、もう一人の『自分』が、異世界で波乱万丈な冒険の旅に出るというその内容。
それは例えば、「妖精王との瞥見べっけん」「幻の巨竜狩り」「恐怖の大王との一騎討ち」「世界樹の誓い」「黒い神話崩し」……これはあくまで一部だが、これだけでも、その冒険の軌跡は熱く、心がとめきく。
夢想気味でロマンが大好きな彼がこの惹かれるのは自然なことだった。かくして彼は、この小説の大ファンになった。
家に帰り、自室のベッドに制服のまま身を放り投げると、早速買った本のページをめくり、読書を始める。
「今回は展開が早いな…」
「あそこの伏線はここで回収されるのか!」
「…おいおい、サトル、浮気か?」
そうこうしてるうちにふと壁の時計に目を移すと、短い針はもう既に8時を指していた。
「…嘘だろ?もうそんな経ったのか」
一度熱中しだすと夢中になる、自分の癖。いけないいけない。
気怠そうに上体を起こすと、ゆっくりと伸びをする。
「母さんは今日も仕事か…コンビニで夜食でも買おう」
慣れたもんだなと呟くと、ベッドから降り、財布を片手にそのまま部屋を後にした。
買い物から帰り、食事が入ったレジ袋を部屋の机の上に置くと、そのままベッドに寝転び先ほどの本の続きをまた読み出した。
「………。」
読んでいる間、仰向けの姿勢は一向に崩れない。本を天にかざすように腕を少し曲げて伸ばし、ひたすらそうして読み耽っている。
静かな部屋には時計の針が動く音と、無機質にページをめくる音とだけが響いた。
突然、読む手を止める。
「………そういや、夜飯」
右端の机に目をやると、コンビニのレジ袋が重たげに横たわっている。そこで先ほど買った夜食のことを思い出す。
「あ、忘れてた…。」
おにぎりを貪り、お茶で流し込む。食事はすぐに終わった。
またそうしてベッドに寝転び、本の続きを読む。
「……。」
静寂。耳をすますと、紙が擦り切れる音と、針が小刻みに動く音。
しばらくすると、サトルが大きな声を出しながら欠伸をし、本を閉じた。
「はぁ〜……よし、読み終わった…今何時だ?」
一心不乱に読み続け、遂に1巻、丸々読み終えてしまったタケルは、眠たそうに時計に視線を送ると、針が三藤みどう刺す数字に唖然とする。
「ゲッ…12時かよ…」
これには心底驚いた。時間を忘れるほど何かに熱中することはあっても、日付が変わる時間までのめり込んだ思い出はサトルには無かった。
困ったなぁ…とサトルは言うが、明日は休日で特に予定も無かったから、別段問題はなかった。
「ま、いいか。もう寝よっと」
歯を磨き、部屋を片付ける。
読んだ本を棚にしまい、電気を消す。
サトルはベッドに潜り込み、ゆっくりその目を閉じた。
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