005
追放された
冒険者を辞めて一年、あの日々は既に記憶の
「よう、ヨイシア。相変わらずだなぁ」
久方振りに会った来訪者は、当時と比べて少し痩せていたが、豪放な印象は変わっていない。
「えっ、ゴメスさん? どうしたんです、【
初めは体の陰に隠れているのかと思ったヨイシアだが、よく見ればゴメスには右腕が無い。無い方の腕は、彼の利き腕ではなかったか。
「ひょっとして、ゴメスさんもパーティを追放されて……?」
「いや、【翠鳳の警報】は解散したぜ。お前が居なくなって、少ししてからよぉ」
「ええっ、それは……残念です……」
古巣が衰亡したという悲報に、ヨイシアは何となく悲壮な気持ちになった。
冒険者を始めた切っ掛けは、裁縫仕事がなかった間の日銭稼ぎに過ぎない。
ゴメスにパーティへと誘われてからは
それでも、【翠鳳の警報】での冒険は楽しかったし、元の仲間達のことは心の中で応援していたのだが。
「まあ、【翠鳳の警報】がSSSランクになったのだって、お前のお陰だからよ。俺の怪我が無くとも、遅かれ早かれ解散はしてたろうぜぇ」
「ふふふ、ご冗談を。褒めてもヒツジ肉と蜂蜜しか出ませんよ」
称賛の言葉を笑うヨイシアだったが、それは心からの言葉だった。
ゴメスは後から聞いたことだが、ワルメア達はあの霊峰ハイホウでの冒険で、初めからヨイシアを追放する策謀を立てていたらしい。
初期メンバーだったゴザブロウやランスは、ヨイシア加入前のことを知っているはずなのに、よくも賛同した物だと思う。万年Cランクで燻っていた自分達がランクアップできたのも、ヨイシアのお陰だろうにと。
ここ暫くはメンバーも増え、冒険中に表立ってヨイシアが針や糸を振るう機会は少なかったが、装備の恩恵は当然として、新参メンバーへのサポートも大きい。リーダーのゴメスは細かい気配りが不得手だったため、常々有難く感じていた。
積み上げてきたつもりだった物が、瞬く間に水泡に帰したことに呆れはしたが……ヨイシアにとっては、追放された方が良かったのかも知れない。
「どうしたんですか、ゴメスさん」
小首を傾げるヨイシアは、自分が計謀により追放され、謀殺されかけたことなど疑ってもいない。
ならばそのままにした方が彼女にとっては良いだろうと、ヨイシアには黙っておくことにした。
「ヒツジ肉は食い放題にしてくれぃ」
ゴメスは物を考えることが得意ではない。棍棒を振り回すことで、多くを解決してきた。
あの時も、自分は深く考えず、決断を多数決に任せた。自分以外の全員が納得するなら、それが正しい方法なのだと思考放棄した。
いくら他のメンバーが、ヨイシア自身までもが認めた所で、彼女を置いていくべきではなかった。
帰還を決めてすぐにゴメスは前衛に立ったが、最後まで残っていた後衛メンバーが、ヨイシアに灯りや非常食すら渡さなかったと聞いて、流石に暴れた。
ヨイシアを見殺しにしたことを
だから、ヨイシアが生き残ったという朗報を聞いて、すぐにこの地方へやって来た。
最初は謝るつもりで。しかし、ヨイシアと再会した今はもう、ただ旧交を温めるつもりだ。
罪滅ぼしの謝罪は却って迷惑だと、謝罪は心の中だけですることにした。
ゴメスが片腕を失って一年足らず。残った方の腕だけでの生活にもすっかり慣れたが、手掴みで食べられる方が楽なのも確かだ。
目の前で炙られた骨付き肉は、一般人にとっては熱くて手掴みなど無理な代物かも知れないが、火竜の炎にも数秒耐える元SSSランク冒険者には何程のこともない。
「旨いなぁ。これ本当にヨイシアが育てたのかよ?」
「実を言うと、肉は他所で買ってきた物なんです。まだヒツジの繁殖を始めて、一年も経ちませんし」
「ほりゃほうか……んぐっ……あれからやっと一年だしなぁ」
骨付きのヒツジ肉を頬張るゴメスは、ヨイシアの言葉にほうほうと頷く。
「あっ、でも蜂蜜は自家製ですよ! 裁縫師は布の材料になる動植物、針を持つ動植物の育成にも補正が掛かるんです!」
誇らしげに言うヨイシアの言葉に、ゴメスはこの肉料理に蜂蜜が使われていたことを初めて知った。
ちなみに、棍棒使いも棍棒を使う動植物の育成に補正が掛かるが、棍棒を使う動植物は滅多に存在しないため、あまり役に立つことはない。
ともあれ、滔々と養蜂について語るヨイシアは、冒険者時代より生き生きとして見えた。
「あ、そうです」
不意に、ヨイシアが何かを思い付いて手を打ち合わせる。
「どうしたよ、ヨイシア」
「いえ、骨付き肉で思い出しました。むしろ、どうして今まで思い付かなかったんでしょう……」
そう言って、ヨイシアは火を通す前の骨付き肉を手に取って、立ち上がり、流れるようにゴメスの着ているシャツを脱がせた。
肉を掴んだ方と反対の手で裁縫セットを取り出し、片手で針に糸を通す。
「おい、何だぁ、どうしたぁ?」
困惑するゴメスの傷跡、腕の肉が盛り上がって包まれたそれが顕になった。
「シャンさんがパーティに入って以来ですから、本当に久方振りですね」
そう言って微笑みながら――止める間もなく――ヨイシアはゴメスの傷跡に、骨付きのヒツジ肉を縫合したのだ。
裁縫師の基本
ゴメスが知るそれは、切創を縫い合わせる程度の治療技法だったが、伊達で「外法」と名が付くわけではない。
「う、腕が、治ったぁ!?」
高度に極められたその技法は、肉と骨を縫合すれば、細かい造形や機能を自動で補填してしまう。
肉と骨。それは自分自身の物でなくとも、更に言えば、異なる種の物ですら、何の拒絶反応もなく繋ぎ合わせる。
「れろ……まだちょっと蜂蜜の味がしますが、そのうち落ちますよ。冒険者にも復帰できます」
茫然とするゴメスに、このままでは感冒を患うからと、ヨイシアは剥いでいたシャツを着せ直す。
ゴメスはそれから新しい肉が焼けるまでの時間、去来する様々な思いによって呆けていた。
それから気を取り直してすぐ、ヨイシアの農場で雇って貰えるように要望し、その願いは喜んで聞き届けられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます