機械少女は眠らない

かんなぎ

機械少女は眠らない

昔々、その昔。

地球は一度滅びました。

ある日突然隕石が落下してきて、その衝撃で地球の生態環境に変化が生たのです。

それまでの動植物の激減、謎の病原菌の蔓延、そして異常な生命体の跋扈。

繁栄に胡座をかいていた脆弱な人類は滅亡寸前まで追いやられ、仕方なく一握りの少年少女に彼らの叡智の全てを叩き込み、未来を託したのです。



科学の申し子、旧時代の寵児、人類の希望―――それが私達「アシスト・チルドレン」




* * *




この世界は時代を逆行している、と時折感傷に浸ってしまうのは私が長く生き過ぎたせいだ。

時間が巻戻る事は決してあり得ない――あり得たのかもしれないが、もうその手段を手に入れる術は失われた――のだから、時代は進んでいるのは確か。

その証拠に今私が歩くこの道は、かつて栄華を誇っていただろうコンクリート質の道である。

舗装されていたそれは風化し、草が茂り、木々の根によって粉砕されてしまっている。

時間の経過は風化という形で確かに感覚的に伝わるのに、同行人の纏う衣服に化学繊維など少しも使われておらず、彼自身の身体能力も遥か昔の人類のそれに等しいといった不可思議さがどうしても目に付いてしまうのだ。


そう。

人類は“進化”の道を諦め、自身の歴史を指で逆になぞるようにゆっくり衰退している。


記録としてしか知らないが、文化レベルを鑑みるに今の時代は丁度中世の辺りなのだろう。

ただ、かつての世界と異なる点は確かに存在する。

例えば、人間の身体能力の増強。

例えば、生態環境の激変による気象変化。

例えば、度重なる地形の変動。

極め付けは―――人を喰らう、魔物の出現。



轟音を立てて折れる木々の合間から、暗紫色のうねった触手が息を付く間もなく同行人である少年のマントに絡み付く。

慌てた彼が剣を引き抜こうとするも、すぐさま触手は柄を絡めとって動きを封じた。

ぼうっとしていた隙を突いて現れたそれに対して、私に搭載された記録媒体はすぐさまその正体が何であるのかを叩きだす。

酸を持つ種類のものだ、と推測を立てたところで、自分でこれを振り払うのは無理だと判断した彼の声が耳に届いた。


「……痛っ…っエル、頼む!」

「伏せてください」


左眼にエネルギーを集中させ、言葉と同時に熱光線でマントごと触手を焼き切ると、少年は拘束されかけた身体を転がして場を脱した。

動力不足により単発でしか撃てない貴重な熱光線だが、このまま触手を放置すれば酸で身体を溶かされかねないので致し方ない。

彼は物理攻撃一本に人生をかけるような男だから、こういった輩の奇襲には滅法困る気質だ。

だからこそ、慣らしの為にこのタイプの敵とは遭遇する必要があってこの危険な林道を進んでいたのだが。


「ありがと……って、え?」

「下がって、勇者さん。ここは私に任せてください」

「え、ちょ、」

「せいっ!!」


――慣らしなんかもう知ったこっちゃない。

私の勇者さんに傷を付けるだなんて、この魔物(モンスター)絶対許さない。

私と違って可愛くも柔らかい身体に傷を付けるだなんて、そうは問屋が卸さないのだ。


勇者さんを置き去りに異形の懐に飛び込んで顎を膝で素早く蹴り上げ、続け様に左脚で浮いた腹を炭素製ナイフを仕込んだブーツの足先で蹴り飛ばす。

細く焦点を絞った衝撃波を口から放ち、魔物の核に叩き込むと、断末魔の叫びが林中に響き渡った。

が、身体が反動でバランスを崩して倒れこむのを狙ったように新たな魔物が私の首めがけて走ってきて――。



魔物の首が、血飛沫をあげながら空を舞った。



噴き出す血潮が私の身体に降り注ぐのを見届けると、自然と口角が上がる。

彼が剣を振り切るのと、私の身体が鈍い音を立てて地面に落ちるのは同時だった。

一太刀できちんと仕留める辺り随分成長したなあと感慨深げに立ち上がろうともがいていると、詰めた息を吐いた勇者さんは魔物の死骸を一足で飛び越え、そんな私の前に駆け寄り怒気を孕んだ声を挙げた。

曰く、作戦と違う、無計画すぎる、無茶をするなって何度言えば分かるんだ。

確かに恐ろしげな声だ。反省もしたくなる。

だけどそれ以上に。


「この馬鹿!あれくらい俺でもどうに」

「勇者さんが十八日と十三時間三十二分ぶりに名前呼んでくれた……記念に動画で記録しよう」

「おい」

「撮影機能起動、光源は自然光に指定。メモリは緊急用記録領域に設定。さあ勇者さん、思いっきり笑ってください」

「おいこの馬鹿。撮ってんじゃねえよ」

「って、きゃあ!目潰しは止めてください、折角のデータが破損しちゃいます!」


ぐりぐりと目頭を摘まむ勇者さんをふざけた口調でからかいながら反動を付けて起き上がり、ぺろっと舌を出してみせると、勇者さんは苦り切った顔で私の頭をはたいた。

最近の勇者さんは反抗期なのか、先日うっかり子供に対する対応の仕方を彼に取ってしまって以来、私の名前を呼ぶ事がめっきり減っていた。

だから、本当に嬉しかったのだ。

勇者さんは子供扱いされるのを本当に嫌がるのだが、私の記憶から弾き出される常識では彼の年齢ではまだまだ成長過程にある男の子としか見れず、時たまこうした衝突を繰り返していた。

でもいつだって根負けするのは勇者さんの方だった。

こんな反抗の仕方だと随分と可愛いものだと思いつつ、笑うと。


「にやにやしてんじゃねーよ。気持ち悪い」

「気持ち悪い……」

「あ、中身がな」


顔の上半分は普段は包帯で隠しているから分かりにくいだろうに、それでも長年の付き合い故か何故か彼には私の感情が読めた。

ほんの少しだけ傷付きかけた私に気づいたのか、慌てて付け加えられたそれになんだか可笑しな気分になる。

見た目がどうであれ、私は仮にも女性型なのだから外見については批評してはならないと厳しく躾けた甲斐があってか私を不機嫌にさせる事は滅多に無い。

よく出来た少年に育ったとは思うのだけれどもニヤついてたりするとぷりぷりと怒る様子は、まだまだ幼さを感じさせられて非常に興味深かった。

大人の人間であるならばこういう時は流してしまうのだろうに、大人として扱ってもらいたい彼は流せずに一々噛みついてしまう。

私ならば生み出さないだろうこの矛盾こそが、人間なのだと感じられたから。


それはともかく、と身体全体に浴びてしまった血を振るい落として空を見上げると、大分日が傾いてしまっていた。

野宿を考えて移動を控えれば、さっきのような特殊な魔物にはそれ程遭遇しなくなるとは言え、このまま夜になってしまえば体力の低下も招き、より危険度は増す事だろう。

目的のものは未だに見つかっていなかったが、大体の目星は付けられていたからそろそろ戦って経験を積む事よりも地道に探す事に専念した方が良い。


「魔物の出現頻度が増えて来ていますから、出来るだけ早く見つけないといけませんね。勇者さん。これ、探してください」


目的のものの形状を空中に投影してみれば、それをほんの少しの間眺めた勇者さんはきょろきょろと周囲を見回し始めた。

私の視力は以前から大分落ちてしまっていて形状照合すら難しく、視界に映る物を正確に認識する事すら難しい。

故に、勇者さんの事だって視力よりも聴力や生体反応で認識しているに過ぎなかった。

そんな私が無機物である目的物を見つける事は難しくて、最近では勇者さんに頼らざるを得なかった。


「これか?」


しばらくそうして周囲に目を配ると、おもむろに木の根に覆われた洞窟の中に石盤を見つけて私をそこへと導いた。

これです、と確かに求める物であった事を伝えると、勇者さんは気負わずに木の根を掴んで音を立てながらそれを千切って道をつくり、一際太い根をも一息で引き抜いて埋もれていた鈍い銀色に光る巨大な石版を地表に引っ張り出した。

……相変わらずの剛腕に言葉も出ない。

少しくらいの枝では傷付けられない硬い皮膚。

遠くの物でも暗い場所でも見通せる視力。

確かに現代人は身体能力は高いが、中でも彼は特別だ。


「ありがとうございます。それでは作業に移りますので、ちょっと待ってていただけますか」


色々と浮かんだ思考を今は見ないようにと優先順位の設定を変更して、目前に迫る課題へと意識を向ける。

勇者さんの規格外な生態よりも今はこの演算機械の掌握の方が優先である事は、既定の思考回路から逸脱したものではなかった為に抵抗なく行動に移せた。


「起動」


その一言で、鈍い色をした石版の表面に古代文字が無数に浮かび上がる。

高速でその表記の内容を変えるそれは、正常な起動を果たした事を記すと、静かに合成音声を発した。


『アシスト・シリーズの声紋との一致を確認。ご用件は何でしょうか』

「アクセス権限の行使を宣言します。現時刻をもって貴女をトレンタわたしの指揮下に置きます」


石版から発された一筋の赤い光が私の額に向けて走るのを見て、後ろで控えてくれていた勇者さんが身体を動かそうとしたのを感じ取って緩く頭を振った。

単にこの演算機械が私がそうであるかどうかの確認をしているにすぎないのだ。

これは攻撃ではないから動かなくても大丈夫だと無言のまま伝えると、それを一応飲み込んだのか勇者さんの気配は落ち着いた。


『――アクセスコード、オールグリーン。初めましてマスター・トレンタ』

「データの転送を開始、システムチェックを二十秒後に開始」

『了解しました』


一通りのチェックが終わって作業を開始すると、幾つかの不具合はあったものの無事に蓄積されていたデータの受け渡しは完了した。

時間にして一時間程度だが、以前の万全の私であればこの程度のデータ移行は数秒で終える事の出来る程度のものだった。

これだけ時間がかかってしまっている事が意味する私の限界を感じながらも、ついでにそのデータからこの演算機械の前の管理者がどうなったのかを確認すると、何十年も前に生体反応を消失させているという事だけしかわからなかった。

地面に埋め込まれたように見える石盤のずっとずっと、遥か向こうの存在に目をつむって祈りの言葉を紡ぐ。

どうか貴方が安らかに眠れるように。


ようやく私は勇者さんの方へと振り向いた。

退屈していたようで地面に座り込んだまま剣の手入れを行っていた彼に数歩近づくと、ふと視線をあげた。


「ありがとうございました。これで大方の作業は終わりました」

「もう良いのか?」

「はい。後は遠隔操作で設定し直すので」


手持ち無沙汰に剣を触っていた勇者さんが背伸びをして立ち上がるのを見届けてから、洞窟の外へ出るともう日は沈んでいた。

予想以上に時間がかかってしまっていたけれどそれ以上に清々しい心地すらして、私は大きく息を吐いた。

なんせこの計画を自分で建ててから百年は経過していて、私の限界ギリギリでついにこれを達成する事に成功したのだから安堵感も大きい。


「あー。やっとこれで八割方のシステム掌握しました……長かった」

「あとの二割はどこにあるんだ」

「信号が発されていないので、恐らくはもう壊れてるんだと思います。そうなれば中の管理者も生きてはいません」


探したところで無駄骨だろうと伝えると、勇者さんは微妙に表情を変化させて何か言いたそうに口を引き結んだ。

そういう表情をされるとその判別に少しだけ時間がかかるので、あまり得意ではなかった。

何と言ったら良いのか分からなくて黙ってしまって、場に沈黙がおりる。


人間の表情は豊かで、尚且つ感情は更に多彩だ。

生きた人間とこれほど長く暮らした経験というのがあまりなく、自分の中に蓄積された経験や情報からそれを推測する事は大層難しい。

あんまり考え込んだところで私では答えは出せないだろうと切り替えて、勇者さんの身体のチェックをする。


「もう暗いですし、今日は近場の町に行って宿を取ってください」

「エルは」

「私はここに居ますから。また明日お会いしましょう」


そういうと、むっとしたように不機嫌を全面に出した。

こういう表情になる理由は何となく分かったが、ここで退く訳にはいかない。


千切れた腕から剥き出しのコードが見え、顔の半分は塗装が剥がれ、片目は潰れてる為に度々漏電する。

人型の機械人形であるとは言え、こんな見た目の私は町に降りる事は出来ない。

そもそも永久機関を使っている為休息を必要としない身体だ。

勇者さんと一緒に宿に泊まるなど無駄金にしかならない。


「勇者さん、お疲れのようですものね。今日こそ私の事なんて気にせず、街に降りて宿でゆっくり眠ってください」

「……ここで良いっていつも言ってるだろ」


むすっとしたように顔を逸らす彼に、ついつい笑いが零れた。

彼はいつだって私を傷つけないよう、一人ぼっちにしないように気を使っている。

常では大人ぶってはいるものの、十代半ばという世の中の不条理に耐えられない年頃。

目が潰れ、腕がもげ、塗装もところどころ剥げている、金属に覆われた明らかに人間ではない身体が人々に受け入れられない事に腹を立てていた。

これ程までに人類の為に戦っているというのに、と怒る彼は正義感に溢れている。

でも、そもそも私はそういう風に造られたそういう機械だ。

人間ではない私にそんな気遣いは不要なのだから。


「いえいえ。勇者さんは疲れを感じるでしょう?いつも以上に生命兆候バイタルサインに乱れが生じています。これ以上の無理は身体に負担です。安全の為には一度ゆっくり休まなきゃ駄目です、と警告させていただきますよ」


実際には出来ないと分かりながらも、めっと言いながら、存在しない手で勇者さんの額を弾く動作を身体に命令した。

視界の隅にちらちらと浮かぶその機械的な信号に、自分が人間とは違うのだと言う認識を強く覚えさせられる。

そんな事は分かり切っているはずだったのに、何処か遠くで胸が軋んだような気が、した。



* * *



魔物が大量発生した時代。

「私」が製造されてから100年の間は、世界は今よりも強大な魔物が跋扈していた。

戦闘に特化した姉妹機達が魔物の数を減らすべく奮戦したが、それも初期の段階で壊滅状態にまで追いやられてしまっていた。

でも、その成果あって以降はあの頃程の魔物は殆ど見られなくなった。

けれど、今でこそ落ち着いてはいるが生態系を見る限りその強さには波があるようで、次の魔物の活発期は近々また訪れる事となるだろうと分かっていた。

戦闘特化型ではない私一人では、その波に対処する事は不可能。

かと言って根源を断つには、私は損傷が激し過ぎて戦闘力が全く足りていなかったのだ。

そもそも何故私のような情報収集タイプがしぶとく生き残ってしまったのか……いや、まあ、それも設定された個性と言えば個性なのだけれど。


とにかく、そんな抜き差しならない状況に陥っていた頃――私は勇者さんが五の歳を数える頃に彼と出会った。

その時には既に私の腕は千切れ、機械面が露出していた。

機械工学が衰退して久しいこの時代では、私の外見は“ちょっと壊れかけた機械”ではなく異形としてしか認識されず、人間の保護すら満足には行えなかった。

人型を取っているからこそ逆に怖いのだと昔行きずりの男性に教わったけれど、その頃はまだしっかりとそれを理解する事は出来ていなかった。

それでも、その言葉通りに人間を怯えさせないように主に人里に近い森の中で行動していた。


森を移動してる際に魔物に襲われる幼い彼を保護したのは偶然だった。

わんわんと泣き続ける彼に事情を聞くと、先程倒した魔物に家族を殺され、天涯孤独の身だと話すものだから近場の街まで連れて歩いた。

両腕の無い身体では彼をおぶさる事も出来ず、幼い子供には酷な行程だったように今では申し訳なく思っているが、それでも彼を私が保護する事が出来たのは僥倖だった。

彼を人里に送り届ける過程で、彼が魔物が付け狙う存在で、人類にとって特別な存在なのだと悟る事が出来たのだから。


遺伝子的な特異点。

魔物と同じく、突然変異の人間。

人里に置けば魔物の格好の餌となり、里自体が壊滅してしまうだろうという事は明白だった為、結局町には降りずに二人で旅をする事にしたのだ。

勇者として、育てながら。


「私の名前はエリシア・トレンタです。トレンタと呼んでください」

「えりしあじゃないの?」

「エリシアという名は私達アシスト・チルドレンの女性型の総称です。個体としての識別番号はトレンタ30番となります」

「あし…?よくわかんないから、えるってよぶね」


そう言って半泣きになりながら私の後について小走りで移動する幼い男の子は、正しいバランスの栄養を与える事で次第に体力がついて、健康にすくすくと育った。

言語を教え、歴史を教え、人間らしい生き方を機械そのものである私が教えるというおかしさを警告する思考には蓋をして。


「良いですか、勇者さん。人間と同じく魔物にも急所があります。喉、腹、心臓。ここを正確に狙い打てば、大抵の魔物は倒せます。……覚えましたか?」

「のどー、はらー、しんぞー」

「よく覚えました。偉いですね」

「えへへ」


にへら、と笑う勇者さんは、まだまだ小さな子供で、こんな事を教えるのは中々心が折れる。

が、とてつもなく可愛らしいので記録媒体をフル活用して専用アルバムを作成した。

思考制御システムが何度か警告していたようだったが、それを無視し続けついにはシステムにも許諾を得られる生態調査という名目のフォルダが出来上がったのは私の誇りだ。


「エル、ねないの?」

「はい。私は休息を必要としませんから」

「なんでー?」

「主電源は体内に埋め込まれた永久機関によります。その為、自家発電が可能であり」

「よくわかんない」

「………」


仕方なしに古い子守唄や童話を聞かせたが、データベースにある音源を流すのは好きではないらしく、私の声で歌ってと言われた時には面食らった。

旧時代では有名だった歌手の歌声よりも機械音声を好むとは、と彼の音楽性を悲観したりもした。


「エル、これ食べられる?」

「私の所有するデータには見られない木の実ですね。変種でしょうか。毒素を確認するので、私の口に入れてみてください」

「はい、どうぞ」

「……照合完了。勇者さん、今すぐ手を洗ってください。これは樹液に触れるとかぶれが生じます」

「うわあああああ!早く言ってよ!」


結局、二日は彼の手はかぶれていた。

人体に悪影響を与える毒素について教えなければならないと思い立ち、栄養素の話から語り出したところで勇者さんは町に買い出しをしに逃げた。


そうやって、生きる為に必要な最低限の知識だと私が考えていたことを教えてはいたけれど、どうしても人間的な心理の機微だけは教えてあげる事が出来なかった。

愛も、憎しみも、慈しみも、全部データ上に記録された疑似感情でしかなくて、私が与えるそれらはニセモノばかり。

だからこそ、時折本物の人間と触れ合う機会があると勇者さんはいつだってどうしても戸惑ってしまった。


「だから言ったでしょう。私は町には降りられません」

「………エルが壊れてるのは、あいつらを守ったからなのに」

「正しくは彼らの祖先ですね。仕方がないのです。私の見た目は異形そのものですから」

「でも!見た目がどうだって、エルに石を投げて良い理由になんかならない!」

「泣かないでください、勇者さん」

「泣いてなんかないっ!」


いつもは一人で降りる町に、祭りがあるから一緒な行こうと誘ってきた日。

思えば、あの日から勇者さんは熱心に戦う術を学び始めた。

最初は中々とどめがさせなくて何度も何度も怪我をしていたが、昔のように泣く事はなくなり、歴戦の英雄のように眼光も力強くなっていった。


いつか彼が独り立ち出来るようにと、自分の持ち得る人間が生きる為の知識を叩き込んだつもりだ。

自分がもうすぐ壊れそうな事をそれとなく伝えながら、死ぬ気で学んでもらった。

彼の身長が私のそれを超え、遂には私の手助けなく魔物を一人で倒せるようになった頃に、私の左目はちょっとした戦闘であっけなく潰れた。

機械の身体だから痛みなど存在しないのに、謝りながらぼろぼろと涙を零す彼にはついつい笑ってしまった。


初めは師弟のような関係性で、今では自分でも何と定義すれば良い関係性なのか全く分からない。

だからこそこれを定義しようと考える度に私の思考はエラーを叩きだしながら、何度も何度もそれを再定義させようと試みる。

そこまで行き詰ったところで、私は勇者さんに私達の関係性を問うた事があった。


最早教えられる事は全て教え切り、私が守らずとも一人で生きていける貴方が、何故私と行動を共にするのかと。

それに対して最初は憤慨して話すら聞こうとしなかった勇者さんに、自分はそれを定義出来なければ貴方と共に行動する事が出来ない機械なのだと告げると、ふてくされたように、不満げに、【家族】だからと言った。


私はその言葉を受け入れ、システムはその言葉を拒否した。

全ての人類に対して分け隔てない反応を示す筈の制御システムがエラーを発しているにも関わらず、【私】が彼を家族として認識したのは、彼が勇者という特別な存在だったからなのかもしれない。

システムに阻まれ、彼を家族として認める言葉を口にする事は結局出来なかったけれど。


彼と一緒に過ごす毎日は、まだ私がこうなってしまう前の遥か昔に姉妹達と戯れていた頃の懐かしい記憶を見てる時のように、心の何処かを暖かくした。

だからこそ、いつか必ず訪れるその時を恐れて、ついに勇者さんに身体の不調を伝える事は出来なかったのだ。



* * *



勇者さんが街に降りようと後ろ髪引かれながらもしぶしぶ歩き始めた時、ついにその瞬間は訪れてしまった。


ガシャリ、と脚が胴体部から抜ける。

ゆっくりと傾いていく視界に無残に錆びついた私の足が映った。


データ上ではもう少し持つはずだったんだけれど、と無感情にそれだけを思った。

上半身が地面に落ちる前に瞬時に私を抱きかかえた勇者さんは、顔色を変えて悲痛な声をあげる。


「……エル、」

「もう、限界が来たみたイです」


もう少し持つかと思っていたんですけどね、と言うと、私を抱きしめたまま勇者さんはずるずると地面に座り込んで首を振った。

本人には以前から伝え続けていた事だ。

あと数年は持たせたくて身体の限界を超えても頑張ってきたつもりだったのだが、ついに機関の耐用限界を超えてしまったのだろう。

この身体を使用し始めて百二十年は経過している。

その間に何度も何度も魔物と戦っていたのだから、劣化具合も計算以上に進んでいたのかもしれない。

声が次第にノイズ交じりの緊急用の合成音声へと切り替わり始める。


「ごメんなさい。勇者さん。ココでお別れデす」

「……死ぬのか」

「死ぬ訳ではなイです。ただ、もう貴方ト相互コミュニケーション……交流を持つ事が出来ナいだケです」


ああ、また泣きそうな顔をして。

魔物が跋扈し、人間の心も荒んだこの時代で随分と優しい良い子に育ったものだ。

いつかこんな日が来るだろうと彼との関係には線を引いていた。

名前なんて、彼を育てると決めた日から一度も口にしていない。

「勇者さん」という記号で彼をそうあるべきだと断定した。

そんな酷い機械の私の為に、勇者である貴方が泣きそうな顔をする必要なんて微塵もないのに。


「大丈夫でスよ。この身体はもう使い物になりマセんけど、私の意識は暫クハ消えません。本体は、最後の最後まデ情報収集を続けます」


そう言って微笑もうとするけれど、表皮が剥けてさらけ出された合金の肌にぽたりぽたりと温かい水が滴ってくる。

それが涙だという事を知りながらも私にはそれを拭う為の手すら存在しないし、彼に触れる事が出来る未来なんて存在しない事を誰よりも理解していた。


「いつか、いつかこうなるんじゃないかって……俺、どうしたら……エル」

「気に病まなイデくだサい。元々、この端末体――|自律型補助人形(サポートドール)は寿命ダッタんですカラ」


そう伝えると、それでも一層と力強く勇者さんに抱きしめられた。



* * *




私の正体は、人工知能AI制御人格プログラムだ。

今迄勇者さんに付きまとっていた外装ボディは、私という人格の容れ物の一つに過ぎない。

鉄の身体、絶対的な知識量、それ即ち旧時代の科学の結晶。


人の腹を介さず、試験管の中で培養された私達――アシスト・チルドレンは、未来の人類を守るべくカスタマイズされた思考回路を持った子供だった。

感情制御を受け、機械に適するように調整された身体。

人間としての生では人類を護る手立てを建てるには時間が足りなかった上、文明の衰退も始まっていた。

人類が減れば減るほど、科学文明を維持する人手が足りなくなる。

だからこそ、倫理的な禁忌とされたクローン体の大量生産、洗脳と画一的学習によるカスタマイズされた心身を持つ私達が造られた。

誰もが計画書通りの規格で造られたのだから、生身の身体を持つとは言え、私達は自律人形となんら変わりのない存在だった。


科学を守り、人類を導き、世界の脅威を分析する為に、人工知能の核として期待された存在。

故に、「私」というプログラムの核となった「エリシア・エレクトラ・アシスト・トレンタ」というニンゲンは、未来の世界における人類保護計画に基づいて地中に設けられた人工知能の中で今も眠っている。


あれから何百年と時が経ち、一人、また一人と母体マザー・ドームの故障によりアシスト・チルドレンの操る自律型補助人形は世界から姿を消した。

ストックは充分にあった為人形が壊れるのは問題無かったが、母体が故障してはこの時代では修理など出来るはずもなく。

自律型補助人形が姿を表さなくなって暫くすると、それを操っていた母体の活動反応も検知する事は出来なくなった。

計画が完了するまではアシスト・チルドレンは誰一人として|母体(マザー・ドーム)から出る事は許されない。

母体が故障してしまった場合、その奥深くで眠るアシスト・チルドレン私の兄弟姉妹達がどうなったかなんて、言うまでもない。


世界が様変わりする程の長さを人形を介して生きてきた。

変わる事を許されず、紙面上の計画通りに未来を導く役目も全う出来ず、ゆっくりと。

何度も何度も人形の代替わりをしたが、私達の存在を知る人間達はもう何処にも居ない。

私達に希望を託し、絶望を嘆き、傲慢に震えた彼らはもう居ないのに、今でも彼等が描いた夢の残滓を背負い続けている。

けれど、勇者という人間の希望が現れた。

もう旧時代の遺物希望は必要無い時代が来たのだ。


「勇者さんハ、私の持つ知識二は存在しナイ存在なンです」


元々は勇気ある者の意で使われていた創作上の役職だったけれど、そうなって欲しいという願望で私が彼をそう育てた。

誰かが描いた夢を感情の無い私達が機械的に推し進めていくだけの希望は、何も世界を良い方向へと導く事は無かった。

私達という希望は、計画初期においてはその存在の忌しさから人々の心を乱し、対魔物の戦いにおいては人心を離し、ついには世界から疎まれる異形としてすら認識された。

結局、これは本物の人間が立ち向かっていかなければならない問題だったのだろう。

感情豊かで、勇気のある、生きた人間の手によってでなければ誰も未来を描けない。

そんな簡単な事に気づくのに、私は八百年以上の時をかけてしまった。


「私ハ人を平等ニ守リ、未来ヲ導くのが役目デシた。私にはソレが出来なカッタけど、勇者さんヲ今日まで守る事が出来テ本当に良かったト思ってます」

「誰にでも手を差し伸べるって言うなら……今まで俺と一緒に居てくれた理由は、何なんだよ」


涙交じりの声で勇者さんが呟く言葉が、私の中で意味を結ばなくなり始めてきていた。

言語が信号となる際にノイズが発生していて、音声に伴う感情を照合出来ない。


彼は一体私に何を求めているんだろうか。

分からない。

でもどうかそれに応えてあげたい。

これからを一人で生きて行かなくてはならない彼に最後のはなむけとして、せめて求めるものを満たしてあげたい。

けれども私は機械を制御し、制御される、只のプログラムだ。


「私ハ機械です。プログラミングされた通りの擬似感情シカ抱いていマセん。母体ニイる限り、私は勇者さん達のヨウニ自由な思考をスル事はありマセん」


そう前置きした上で、今までの行為は全てプログラム通りに弾き出された最善の策を取ってきたに過ぎない。

人間という種の新たな希望と成り得る人物を保護し、適切な教育を施し、自立させていく。

それによって将来の人類を救うという打算に満ちた関係性を望んで、ただそれだけの為に私は彼の傍にいたのだと告げると、勇者さんの心臓は傷ついたと主張せんばかりに大きく音を刻んだ。


私が貴方にあげられるモノが何もない事が酷く悲しくて、私の思考回路を焼き切ってしまいそうな程の衝動が込み上げる。

全人類を等しくサポートするのが私の役目だと言うのに、私のプログラムにはこんな変化は書き込まれてないと言うのに―――この感情は、許されるだろうか。

いや、許しを乞う相手などもうとうに存在しないのだから……良いのかもしれない。

ここまで来たら思考制御システムにも文句は言わせない。

彼は、勇者さんは、私にとっての特別だ。


「デモ、ソウです、ネ」


思考制御を振り切って言葉を無理やり続けると、傷ついたように息を止めていた勇者さんがゆっくりと呼吸を再開する。


この気持ちは何なのだろう。

私はプログラムだ。

例えそもそもの本体は生身のニンゲンであったとしても、逸脱した思考は為されない。

作り上げ、積み上げられた数え切れないパターンから最適を選ぶだけの、思考能力しかない。

それでも勇者さんの行く険しい道の先が、幸せに満ちている事を願わずにはいられない。


どうか、彼があたたかい仲間に恵まれますよう。

どうか、彼が寂しさで涙する事がありませんよう。

どうか、彼が絶望の淵に立たせられる事がありませんよう。

どうか、彼が幸せになれますよう。


―――ああ、そうか。

私の、この気持ちは。


「貴方が世界の何処に行ったって……『エル』はずっと見守っててあげます。私達は、っ、家族なんですから」


なけなしの力を振り絞って音声を切り替え、幾つもの記録にある「お姉ちゃんの声」を真似てみると、勇者さんはぼろぼろと涙を零して、きっとエルに会いに行く、エルを幸せにする、と聴き取り難い声音で慟哭する。

私の母体マザー・ドームの在り処なんて教えた事はなかったし、何の情報もなく探し出せる類の場所にある訳ではないから、きっとその言葉は叶わないだろう。

それでも、そう言って泣いてくれる勇者さんの優しさがじんわりと機械越しに私の心を暖める。

ああ、生意気で、意地っ張りで、厄介な体質で、一人立ちにはまだ早いような―――可愛い可愛い、大事な私の【家族】。

最後の人形が動かなくなってしまうのは構わなかったが、言葉にならない声で叶わぬ誓いを口にしながら泣いて私を抱きしめる勇者さんの頭を撫でてあげられないのだけは、残念だった。


「貴方の幸せを、ずっと願ってます」



* * *




それからの私は地中の奥深くで眠り続けるばかりだった。

それでもやれる事はなんでもやった。


話しかける手段は無くなっても彼の生体反応は追えていたし、空気中に飛ばした小型偵察機から逐一世界情勢を入手していた。

彼は仲間を手にいれ、破竹の勢いで魔物の討伐に成功しているようだった。

剣士に弓使いに聖職者に魔術師に盗賊に、と次第に増えていくその人員に、勇者さんはは変なところで人見知りする子だったから心配していた心はいつしか安堵を覚えていた。


けれどもいつしか彼の生体反応を追えなくなり、小型偵察機からの通信も受信出来なくなり、ついに私は勇者さんを追う事を諦めて本来の業務に戻った。

勇者さんと旅をした数年間で掻き集めたデータをまとめ、遠隔地の母体を使って演算する作業だ。

昔は勇者さんが戦い、成長していく為に最適な情報を提供する為の作業だった。

今となっては誰も活用しない本当の意味で無駄な生産性の皆無な業務だったが、最早手出しをする手段を何もかも喪った私には、これ以外に優先出来る事は何一つとしてなかった。

ずっと見守っていてあげるからと約束してあげたのに、それすら私は守る事が出来なくなってしまっていた事に心のどこかで罪悪感を覚えながら、思考回路は通常通りに働いていた。


最後の補助人形を動かせなくなってから幾年も経った頃、母体の稼働率の低下が著しくなり、ついに演算機能が上手く働かなくなった。

アシスト・シリーズの役目は、人類保護の為の情報収集・最適解の提示。

それ等が果たされなくなり、元となった「エリシア」の生体維持機能すら緩やかになり始めた。


アシスト・シリーズ人類最後の希望として生まれ、|母体(マザー・ドーム)に収容され、自律型補助人形を操りながら人類を導き――そして最期に新しい、人類の希望に出会えた。

機械的に情報を処理し、最適解を弾き出すだけの無機質な人生が、最後の最後で鮮やかに色付いた。

こんな人生も悪く無かったなあ、なんて思いながら。

この日、私は最後の警告音を耳にした。



(警告。当|母体(マザー・ドーム)は97%の活動に不備が生じました。これより、緊急停止措置を取ります)


(生体維持機能の低下。残り240分で全活動を停止。アシストナンバー・トレンタの活動記録をシリーズ体に転送開始――失敗。衛星への転送開始――失敗。記録媒体へ転送開始――失敗)


(バックアップ機能の消滅により、全アシスト計画の完了を認定。ユリウス暦3814年12月24日午後16時00分。現時刻を持ち、核制御より自動制御へ移ります)


(警告。240分後にアシストナンバー・トレンタを廃棄。核体は接続が外れ次第、至急地上へ避難してください。―――核体「エリシア・トレンタ」との接続を遮断。お疲れ様でした)



アシストナンバー・トレンタと呼ばれる|母体(マザー・ドーム)が計画終了を告げ、「私」の意識は久方ぶりに「エリシア」の身体に納められた。


お疲れ様でした。

そのたった一言を聞く為だけに長い長い年月を生き続けてきた。

いつかこの任務が終わったら、なんて兄妹達と話し合って夢にみていた言葉。

けれど、まあ、何てあっけない一言なんだろう。

私達が目指した未来は、何て脆いものだったんだろうか。


八百年以上離れていたニンゲンの身体は、最適の状態になるように保存されていたとはいえ指一本動かすのも億劫だ。

ゆっくりと重たい瞼を開いてみても視界はぼんやりとしている。

カプセルの扉が音を立てて開いたが、筋力が低下しているのか、もう一歩も動けそうになかった。

薄暗い制御室に停滞した空気が肺の中に入り、激しく咳き込み、目が冴える。

四時間後にはこの地下施設は自動的に廃棄されるようだから、生きていたいのなら急いで脱出しなければならない。


「て、ん、とう」


咳き込みながらの発声だったためか、電灯が点かない。

もう一度発声しなおしても駄目だった。

廃棄が確定してるにも関わらず緊急警報が鳴らない事を考えれば、非常電源すら起動していない―――既に地上に直結しているはずのエレベータは起動していないのだろう。

地上まで、歩いて階段を登る必要がある。

急がなくては、と動きだそうと身体を動かしたが、足が動かずに顔面から倒れこんだ。


……歩き方って、どうだっけ。

考えても出てこない答えに、内心首を傾げ、笑った。

母体との接続を切ったのだから、データベースにアクセス出来ないのは当たり前だ。

通りで頭の回転も鈍重なのか。

データベースを制御していたのだから多少は残滓が残ってはいるものの、この「エリシア・トレンタ」の頭そのものにある知識は決して多くはない。

あるのは、機械制御に関するものと計画に関するものばかり。


八百年前に眠りについたきり、放置されていた頭は鈍重で考えがすぐに霧散する。

この衰えた身体で、地上まで避難する方法など考えつかない。

身体機能を出来る限り維持していたとは言え、やはり徐々に弱っていたのだろう。

どうにか身体を起き上がらせようとしたが、中々難しくて機械の足に背を持たれて座るので精一杯だった。


世界は新しい時代を迎えている事は分かっている。

世界は、私達――旧時代の残骸アシストシリーズが手を出さなくたって、朝を迎え、生を営み、夜に沈む。

例え人間が衰退していたとしても、サイクルが続いている今こそが本来あるべき姿だったんだ。

ならば、世界にとってはかつての栄華の護人たる私こそが異物でしかない。

このまま眠りたがる身体に従い土に埋れていく方が正しいのかもしれない。

私のような旧時代の遺物が生きていて良い世界なんかじゃない。


「……でも、」


ちょっとだけ。

ちょっとだけ休憩したら、地上に出て勇者さんを見に行きたいなあ。

ほんの少しだけ休んだら、生き残る為に足掻いてみよう。

死ぬのなら、可愛い私の家族を自分の目で一目見てからが良い。



――それが叶わない願いだとは分かっているけれど、幸せな夢に包まれて眠るのくらい。

新しい時代はきっと許してくれるだろう。



そこまで考えて霧散した思考に合わせ、ずるずると滑り落ちて床に寝転ぶと、積もった埃が蒼い髪を灰色に薄めた。

夜明けの色、とロマンチストな私達の生みの親設計者は言って、当時はそんな戯言は鼻で笑っていたが――今ならその言葉を信じてもいい。

霧に覆われ、けれどいつか昇る太陽に明るく照らされる大空の色だ。

私はきっと、長い長い夜を終わらせる太陽を育てる事が出来たのだから。


暗く、冷たい、機械の墓場で、高鳴る胸で明日を夢見て眠るのは―――八百年ぶりだ。

あの時とは違って使命感も責任も何も感じず、ただただ何も知らない幼子のように明日を待ちながら、目を閉じる。

未来を創る人の幸せを祈りながら、彼と共に歩む未来を夢見ながら。


ああ、なんて幸せなんだろう。

そっと息を吐くと、静かな空間に満ちる警告音と、とくりとくりと時間を刻み始めた私の心臓の音がゆっくりと睡魔へと私を誘う。




「ねぇちょ……、その……どんな顔……よぉ」

「確か、腕が千切れ……で右目と顔の下……に包帯巻い……髪は……なんだっけ?」

「え?腕が千切……ぱなしってそれ生き……すか?」

「違うってばぁー。人形じゃな……本物のその子よぉ」

「知らない」

「ええええ」




けれど、遠くから賑やかな声が聞こえてきて、眠りにつこうとした意識がふわふわと浮上してきた。

姉妹機達が生きてた頃の、夢を見ているのだろうか。

それなら本当に幸せな夢だと口元で薄く微笑みながら、届かないはずの虚空に手を伸ばす。



「エル!」



微睡みの中の優しい夢を塗り替えるように、懐かしい面影を残す声が耳朶に届く。

掴まれた腕が熱を帯びる。



そして、私は目を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

機械少女は眠らない かんなぎ @kannagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ