力士の正体

ぽてゆき

力士の生態と僕と彼女の恋の行方

「内緒だよ……力士ってね、体が大きな人間じゃなくて、ああいう生命体なの」


 学校の帰り道、隣を歩く彼女がポツリと呟いた。


「えっ? どういうこと?? 力士って、相撲の力士?」

「そう。力士は生まれた瞬間から力士なんだよ」


 何がなんだか意味不明すぎるが、少なくとも僕は知っている。

 彼女はくだらない嘘をつくような人間じゃない、ってことを。

 そして僕は彼女のことが……大好きだ。

 ここだけの話、僕には友達が少ししか居ない……嘘。

 正確に言うと、僕にとっての友達はたった一人。

 しかも、その唯一の友達も一年生が終わると共に引っ越してしまい、涙と絶望にまみれた春休みを過ごした。

 二年生になり、みんな揃ってクラス替えの結果がああだこうだと盛り上がっていたが、僕にとってそんなものはドラマチックなイベントでも何でも無い。

 だって、学年中どこを見渡しても仲の良い友達なんてものは居ないんだから……と思いきや、結果的にそのクラス替えによって僕は最高の相手に巡り会うことになる。

 それが今、隣に居る彼女だ。

 とても可愛い顔立ちで、その気になればめちゃくちゃモテそうなのに、性格が大人しめだからかクラスの中ではそれほど目立つ存在じゃ無い……って、目立たなさで言ったら圧倒的王者の僕が言うのもなんだけど。

 そんな目立たない族の二人が、たまたま隣同士の席になる。

 暗黒の一年間(いや、来年も含めて二年間)になることを覚悟していた僕にとって、それは奇跡のような出来事だった。

 特に何か話をしたりするわけじゃないとしても、同じようなタイプの人間が近くに居る、それだけでなんだか心が落ち着くものだ。

 そして忘れもしない。

 ゴールデンウィーク明けの火曜日。

 彼女と僕の意外な共通点が発覚して──。


「……ねえ、ちゃんと聞いてる?」


 彼女はピタッと足を止めると、僕のことをジーッとのぞき込むように見つめてきた。

 顔が赤くなるのを感じつつ、慌てて頭の中の思い出から現実に意識を引き戻す。

 

「お、おうもちろん! えっと、力士は生まれた瞬間から力士、なんだよね? それじゃ、あの大きさでお母さんから生まれたってこと?」

「違う違う。力士は〈力士の種〉から生まれるの」

「えっ!? た、タネ??」


 さすがに嘘でしょそれは!

 ……って思ったけど、僕は知っているんだ。

 彼女は、嘘をつくぐらいなら喜んで死を選ぶほど嘘をつく人間じゃないってことを。

 それに、彼女はとてもユーモアのセンスがあるってことも知っている。

 僕はお笑いが大好きだ。

 学校ではそんなことを一切表には出さないけど、家ではお笑いの動画やテレビ番組を見てはゲラゲラと笑いまくっている。

 中でも大好きな芸人さんが居て、めちゃくちゃ面白いんだけど残念ながらそれほど売れてない。

 あの火曜日、なんと彼女がその芸人さんの下敷きを使ってることに気づいて心臓が止まりそうになった。

 本当に止まって死ぬぐらいなら……と、勇気を振り絞って彼女に聞いてみた。


「ねえ、もしかして……その芸人さんのこと好き?」


 すると彼女はニコッと笑いながら「うん!」と頷いた。

 おそらく、僕ら以外にクラスの中でその芸人さんの事を知ってる人すら居ないはず。

 そんなマニアックな共通項を見いだして、それ以上仲良くならないわけが無い。

 僕と彼女は、とてもゆっくりだけど、着実にお互いの距離を縮めていった。

 お笑いとは対照的に、音楽と映画はメジャーな作品が好きなこと。

 漫画やゲームは広く浅くつまむタイプだってこと。

 僕らは驚くほど趣味が似通っていたけど、食べ物の好みは僕が甘党で彼女は辛いもの好きだってことが判明してしまう。

 かと言ってお互いに辛いものも甘いものも苦手で食べられないってわけじゃないから、一緒に暮らしてもケンカになることはない……って、何を先走ってるんだ僕は。

 とにかく、彼女は決してしょうもない嘘をつくタイプではないが、その代わりたまに高度なボケをかましてくることがある。

 だからもう、この話で彼女を疑うことは絶対にしないし、ノれるものならとことんノって行こうと心に誓った。


「種から生まれるってことは、力士っていう生命体は植物ってこと?」

「うーん、それは正直微妙なところ。構造的には極めて人間に近いから哺乳類だって言う人もいれば、いいや種から育つんだから植物だろ、って有識者の間でも意見は真っ二つに分かれてて、未だに結論が出ないっていうのが正直なところ」

「お、おう、そうなんだ……。ちなみに、その種はどうやって発生するわけ?」


 あまりに突き抜けた話の内容ゆえに早くも誓いを破りそうになるのを何とか堪えつつ、僕はなるべく頭の中を空っぽにすることに神経を集中させながら質問をぶつけた。


「良い質問! 力士はね、時期が来るとどんどん膨らんでプカプカ浮いて、尖った所に当たるとパンッと弾けて力士の種をまき散らすの……。悲しい生き物よね……」

「だな……って、いやいや! プカプカ浮く?? 風船みたいに?」

「そう。風船ってチョロンとした部分あるでしょ? アレって実は──」

「嘘だろ……まさか……マゲ……ってこと?」


 僕の言葉に対して、彼女は黙ってコクリと頷いた。

 その瞬間、僕の中に渦巻きかけていた疑念や彼女に対する不信感の類いは綺麗さっぱり消えて無くなった。

 代わりに湧き出てきたのは、力士に対する興味、ただそれだけ。


「それじゃ、風船ってのは全部、時期が来た力士たちってこと?」

「ううん。全部が全部ってわけじゃないよ。ただ、白い風船はまず間違い無く力士なんじゃないかな。だって力士は何よりも──」

「白星が好き……?」

「うん! 凄い、よく分かったね」

「へへっ、どういたしまして」

「びっくりしちゃった。私、あなたのことがごっつぁんです──」

「えっ、ごっつぁん??」

「ううん、何でも無いの! 何でも……」


 いつも冷静な彼女が、珍しく顔を赤くして慌てている。

 その理由を知りたい気持ちよりも、今はとにかく力士の事で頭がいっぱいだった。


「時期が来た力士は風船になるってのは分かったけど、それじゃなんで親方は風船にならずに年を取ってるの? 膨らむどころか、現役時代より小さくなってる場合のが多いような気がするけど……」

「親方はね、膨らんで風船になるよりも弟子を育てることを選んだ存在。そして、弟子を大きくするために自分の“太み”を弟子に吸わせた結果、どんどん小さくなって行くんだよ」

「ま、マジか……親方ってすげぇ……。あっ、話は変わるけど、大相撲の力士ってオスばかりだけどメスとかって居ないの?」

「もちろん居るよ。四股名に〈里〉が付く力士がメスだよ」

「おお、そうなんだ! すげえ、力士って不思議!」

「ねっ! 私たち、実は力士のことについて知ってるようで、まだまだ知らない事だらけなんだよね」

「だな……」


 確かに彼女の言うとおり。

 普段ほとんど気にしてなかった力士のことが、もっともっと知りたくて仕方が無い。


「じゃあさ、『はっけよい』ってどういう意味?」

「それは力士語で『膨らんでも良いか?』ってことだよ」

「それじゃ『のこったのこった』は?」

「それは力士語で『まだだよ、まだだよ』ってことだよ。強い子孫を残すためには、もっと強くならなきゃって。風船になるのはまだ早い。まだだよ、まだだよ、ってことなんだよ」

「おお、そうなんだ! あっ、それじゃ『ごっつぁんです』っていうのは? 力士が良く言ってるあのセリフ」

「それは……『愛してる』ってことだよ」

「へー、そんな意味だったんだ! って、さっきのアレ……!?」

「うん。私はあなたをごっつぁんです……だよ」

「えっ!? は、はっけよい??」

「のこったのこった」


 僕たちの初場所は、そう遠く無いのかも知れない……!。



〈了〉

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