ドラゴンとセレナ

読天文之

第1話因業のナイフ

 ここはどこだか良く分からない山の奥、ここへ来てからどれくらいたっただろうか。お父さんとお母さんは「ここで待っていなさい、すぐに戻るから」と言ったきり、俺の前から消えた。俺は初めの内は素直にお父さんとお母さんの帰りを待っていた、しかし時間がたつごとに孤独・不安・恐怖が俺を襲い、俺は居ても立っても居られなくなりその場から動き出した。幸い持っていた小さいカバンに、チョコボールが入っていて、その甘さで不安を紛らわした。そこから俺は歩いて休んで、木陰で寝る生活を続けた。しかしカバンの中のチョコボールはやがて無くなり、俺は空腹に襲われた。空腹は日ごとに飢えへと変わり、俺の体はとうとう動かなくなった。俺はどうなるのか・・・俺は目の前の景色が歪み、眠くも無いのに瞼が自然と閉じた。それから俺の瞼は再び開いた、そして目の前に巨大な何かがいた。そいつはティラノサウルスに羽が付いたような姿をしていたが、腕が木の幹のように太かった。

「気が付いたか・・・。」

 俺がそいつの姿を見ると、俺は恐怖と驚きで逃げ出そうとしたが、体が動かなかった。そして俺はそいつを体内に宿すことで、生きながらえることができた。そして俺はやがて辿り着いたキャンプ場で、見知らぬ夫婦に保護される・・・。

 これは俺が今でも覚えている、四歳から六歳までの二年間の話である。



「カンカンカーン、勝者・タイラント城ケ崎!!」

 相手を倒した俺・城ケ崎竜也じょがざきりゅうやにゴングの音と歓声が響き渡った、しかし俺はその雰囲気に浮かれることなくリングを降りた。

「城ケ崎、良くやった。次は決勝だ、その調子で頑張れ。」

 コーチの下田しもだに肩を叩かれた、俺は下田に頭を下げると更衣室に向い、ジャージに着替えて荷物をまとめた。

「あれ?城ヶ崎先輩、もう帰るんすか?」

 今年入ってきた新人の川本かわもとに言われた、俺は「ああ」と一言だけ言って出入り口に向かった。俺はこれから名古屋市体育館から帰宅するところだ。

「竜也、我の力を使いこなせるようになったな・・・。」

「でもこんなんじゃまだ駄目だ、まだ自分の限界を感じない。」

「相変わらず限界の頂を押し上げるか、それでこそ竜也だ。」

 俺の中のドラゴンが言った。俺は総合格闘技のプロで、その破壊的な力とドラゴンのような鋭い目つきから「タイラント城ケ崎」と呼ばれている。総合格闘技は小学二年から独学で初め、高校を卒業後は下田に才能を見込まれジムに入り、選手としての道を歩き出した。そして俺は今でも自分の強さと向き合いながら、鍛錬を続けている。俺は神宮前駅に向かい、名鉄名古屋駅まで向かった。そこで東山線藤ヶ丘行きに乗り換えて、東山公園駅に着いた。時刻は午後七時を回ろうとしていた、近くにはあの東山動植物園ひがしやまどうしょくぶつえんがある。しかし俺が行くのは平和公園へいわこうえんである、俺はそこで一人を過ごすのが楽しみだ。公園内の自動販売機で缶コーヒーを購入し、ベンチに座りながら気ままに飲む。俺が編み出したリラックスのスキルだ。夜の静けさとコーヒーの苦みが俺に安らぎを与える。

「ふーっ、落ち着く・・・。」

 俺が缶コーヒーを半分飲んだ時、俺は刹那を感じた。咄嗟にベンチから立ち上がると、ベンチの後ろからナイフを持った腕が見えた。そしてそこからナイフを持った人間の姿が見えたが・・・。

「えっ・・・、女の子?」

 てっきり怪しい姿の強盗を思い浮かんでいたが、俺の目の前にいるのはポニーテールの少女。しかも見るからに女子高生よりも若い。

「うりゃああーーー!!」

「来るか・・・!!」

 刃先を向けて俺に向かって来る少女を横にかわし、咄嗟に少女の腕を掴んだ。そして強引に少女の手からナイフを奪い取り、少女を突き飛ばした。

「くそ!!」

 少女は悔しそうに地面で拳を殴った、俺は静かに少女に尋ねた。

「あんた、どうして俺にナイフを向けた?」

「うるさい!!」

 少女は怒りの表情を俺に向けた、それは少年時代の俺に似ていた。

「お前が・・・お前が母さんを壊したから・・・、私は不幸になったんだ!!」

 少女の表情に憎しみが強くにじみ出た。

「あんたの名前は?」

「・・・上原うえはらセレナ。」

 俺は名前よりも名字の方に覚えがあった。上原美月うえはらみつき・・・児童養護の専門家で、少年時代の俺の生き方に何度も干渉した、嫌な奴・・・。中一の時、「私の施設に入いりませんか、そこでみんなと生活しましょう。」と俺を誘ってきた。俺は自分の信念に反する言葉と優しい口調に憤怒し、握手すると見せかけて手を出してきた美月の手を掴み、一気に一本背負いをした。美月は背中の打ちどころが悪く、背骨を骨折してしまった。普通なら少年院か児童自立支援施設に送り込まれるはずだったが、美月は身内の反対を押し切り、俺を告訴することをしなかった。俺は謝罪の後、美月が病院のベッドで言った言葉を覚えている。

『あなたの力なら、絶対に受け入れてくれるところがある・・・。だから暴力は、これ以上揮わないで。優しい手を傷つけないで・・・。』



「あんた、美月の娘か?」

「うん、ていうかまだ覚えていたんだね、母の名前。てっきりもう忘れていたかと思っていたけど・・・。」

「俺は憎い奴の名前は忘れない性質でな。」

「憎い・・・私はあなたが憎い・・・。」

 するとセレナは何か閃いたようで、突然立ち上がると俺に抱き着いてきた。

「は!?セレナ、何のつもりだ!!」

「だったら付きまとってやる、あなたに付きまとって嫌な目に遭わせてやる!!」

 俺の胴体に抱き着くセレナは、俺が力を使っても振りほどけない。セレナの意外な馬鹿力に、俺は困惑した。

「あんた、俺と一緒に居る気か!?」

「私にはもうこうするしかないんだ!!」

「どういう事だ!!」

「私はお前の復讐のために・・・何もかも捨ててきたんだから!!」

 そう叫ぶとセレナは、俺の胴体から離れた。そして俺に向かって静かに言った。

「私はお前の所に行くために、施設から金を盗んで抜け出してきた。そして一人で新幹線と電車に乗って、ここへ来たんだ。」

「そういえば、セレナはどこから来たんだ?」

「東京から来た。」

「どうして俺の住んでいる所が分かったんだ?」

「あなたが所属しているジムのホームページを見た、そこの付近に住んでいると思ってここに来たんだ。」

 セレナの読みは偶然ながら当たっていた、俺は平和公園から徒歩十分ほどの安アパートに住んでいる。するとここで二人組の男が俺とセレナの所にやってきた、しかも警察の制服を着ていた。

「おい、何をして・・・お前、城ケ崎じゃないか。」

「あ、百瀬さん。」

 百瀬達郎ももせたつろうは俺が中学の時から世話になった刑事だ、顔つきは厳しいが頼れるところがあり、俺の育ての父の親友である。

「さっき通報があってな、男と少女がもみ合っているというものだ。城ケ崎、これはどういうことだ?」

「はあ・・・、俺はそのセレナって奴に襲われたんだ。俺は正当防衛で防いだだけだが。」

 しかし百瀬は八割がた疑っている表情をした、するとセレナが口を開いた。

「城ケ崎の言う通りだよ、あたしはそいつに殺意があったんだ・・・。」

 百瀬はセレナのセリフに首を傾げた、そして俺とセレナはパトカーに乗せられ、詳しい事情を聴かれた。一時間後、パトカーから降りると百瀬が俺に言った。

「まさか上原さんの娘だったとは・・・、親の仇になるなんて因果応報だな。」

 ちなみに俺が美月を一本背負いした事件が、俺と百瀬との出会いだった。ちなみに当時のセレナも俺は見ている(その時は名前を知らなかった)、父親の背後に隠れ俺を怯えた目で見つめていた幼女の姿だった。それが十一年後には、恨みのこもった表情で俺にナイフを向ける程の、度胸のある少女になった。

「とにかく、今日はセレナを連れて家に帰れ。」

「は?何でだよ?」

「とにかくお前について行くって聞かなくてな・・・、施設の住所も頑なに教えてくれなくて・・・、とにかく行方不明の届けが出るまで待つしかないんだ。」

 俺はため息をついた・・・、そんな俺を見たセレナは、勝ち誇った笑みを浮かべた。こうして俺は格闘家人生で初めて、少女と一夜を過ごすことになった。

























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