オリヴァーの来訪の理由

「それで、今日はどうなさったのですか?」


 涙の止まったアデリナが口火を切った。マーカスはオリヴァーに意味ありげに目配せし、オリヴァーはそれに頷く。


「今日はご両親とアデリナに謝罪に来たんだ。放蕩貴族と言われている俺と噂になったことで、アデリナにも不名誉な名前がつくかもしれない。本当にすまなかった」

「ですから、それは気にしなくていいと……」

「そうはいかない。だから責任を取らせて欲しい」

「何を……?」


 オリヴァーは一度目を伏せると、意を決したようにアデリナを真っ直ぐに見る。


「俺でよければ婚約しよう」

「は?」


 アデリナの口から間抜けな声が漏れる。聞き間違いだろうかと、アデリナは聞き返した。


「婚約って言いました?」

「ああ、そうだ」


 どうやら間違いではなかったらしい。何がどうしてそうなったのかと、アデリナは困惑した。助けを求めてマーカスを見ると、オリヴァーの代わりに説明してくれた。


「もともと弱小貴族のベールマン男爵家と言われるくらいだから政略的な繋がりを欲しがる者もほとんどいない。そこへきてこの度の醜聞だ。ただでさえ少なかったお前への求婚が一気に減ってな。オリヴァー様が責任を取りたいって言い出したんだよ。もう、父上も母上も了承済みだ」

「そんなのって……駄目、駄目です!」


 アデリナは必死に首を振った。髪の毛が乱れようが御構い無しだ。オリヴァーはそんなアデリナの肩を掴み、言い聞かせようとする。


「いや、これが最善だと思う。俺は政略とは関係ない次男だし、婚約者なら夜遅くに会っていたところで問題ない。それに、これは俺のせいなんだ」

「オリヴァー様のせいって……?」

「……ローザ、いやデーニッツ夫人がアデリナへの嫌がらせでやっているようなんだ。俺が思い通りに動かないから」


 説明されても余計に意味がわからない。だが、アデリナには婚約が間違っているということだけはわかる。


「オリヴァー様の理由はよくわかりませんが、私は絶対に頷けません。だって、そんなのおかしいもの! 私が勝手にオリヴァー様のお店へ押しかけて教えていただいていただけなのに……!」


 怒りを露わにするアデリナに、マーカスは冷たく言い放つ。


「それならオリヴァー様の立場はどうなる? 未婚の、しかも成人前の女性を弄んだという噂でオリヴァー様の印象どころか、商売に大ダメージだ。責任を取らないとなれば、もっと厳しい立場に追いやられる。お前はそこまで考えたか?」

「あ……」


 アデリナは口を噤むしかなかった。


(……私はやっぱり子どもだわ。自分の気持ちばかり優先して、オリヴァー様を追いつめて……)


 また視界がボヤけてきたが、アデリナはぐっと堪えた。本当に泣きたいのはそんな立場に追いやられたオリヴァーの方だ。


「……本当に、申し訳ありません。私の浅はかな行動が招いたことなのに……」

「いや、だから本当に俺のせいなんだよ。巻き込んだ俺が責任を負わないのはおかしいから……」


 ──責任。


 その言葉がアデリナの心に重くのしかかる。責任で婚約してどうするのだろう。アデリナとオリヴァーの関係はどうなるのか。こうして責任に縛られた以上、アデリナの気持ちはオリヴァーには届かない。いや、届いてはいけないのだ。責任で応えてくれても嬉しくないのだから。


 アデリナは力なくオリヴァーに笑いかけた。


「……わかりました。お受けいたします……」

「本当にすまなかった」

「もう、やめてください。謝る必要なんてないんですから……」


 謝られれば謝られるほどに責任を強調されているようで辛い。それに、オリヴァーはと言っただけで結婚しようとは一言も言っていない。きっと時期がくれば婚約は解消されるのだろう。


(もう、いい……)


 これ以上抗っても無駄だ。アデリナは諦めの境地で受け入れるしかなかった。


「それで、ドレスは順調か?」


 唐突にオリヴァーが話を変えた。アデリナの様子がおかしいことに気づいたのかもしれない。その優しさが嬉しい反面、痛かった。それでもアデリナは気づかない振りで笑顔を作る。


「はい。ここまで仕上がりました」


 そばに置いていたドレスを引き寄せてオリヴァーに見せると、オリヴァーの顔が綻ぶ。


「……いいじゃないか。この部分、しっかりできてるな。ちゃんと覚えていてくれたんだな」

「もちろんです。オリヴァー様からせっかく教わったんです。忘れるはずがありません」


 褒められたアデリナも、作り笑いじゃなく、本心から笑顔を見せた。オリヴァーは少し考える素振りを見せてアデリナに提案する。


「婚約者になればベールマン邸に通うのも不自然じゃなくなるから、これからはここで教えようか?」


 それにはアデリナは首を左右に振る。


「いえ、私一人で頑張ります。オリヴァー様も忙しいでしょうし」

「だが、わからないところはどうするんだ?」

「それなら、クラリッサさんがこちらに来られる時にお願いしようと思います。私なら心配しなくても大丈夫です」


 オリヴァーも忙しいのだ。形だけの婚約者にかかずらってはいられないだろう。どこまでも責任を全うしようとするオリヴァーの姿勢は、アデリナには辛い。会いたかったはずなのに、今は少し距離を置きたいと思っている。


 オリヴァーは納得していないのか顔を顰めていたが、頷いてくれた。


「……わかった。気が変わったら言ってくれ。それと、夜会なんだが、マーカスの代わりに俺がエスコートするよ。これは申し訳ないが断れないと思って欲しい」

「……はい」


 仮でも婚約者になるのだから。そんな言葉が聞こえてきそうで、アデリナは目を伏せて頷いた。


「それで、当日話したいことがあるんだ。聞いて欲しい」

「え? 今では駄目なのですか?」

「ああ。今の俺には言う資格がないから」


 アデリナは首を傾げる。すると、これまで黙っていたマーカスが噴き出した。


「お兄様、どうしたんですか?」

「いや、何というか、お前とオリヴァー様はそっくりだと思ってな」


 オリヴァーがそこで咳払いをして誤魔化した。


「……マーカスも当日まで黙っていてくれ。俺の口から直接言うから」

「はいはい。本当に意外性に富んだ方ですね。変に意固地だし」

「余計なお世話だ」


 二人だけで会話が成立していてアデリナにはついていけない。それに、思ってもみなかった事態へと進んでいくことに、戸惑いを覚えずにはいられないのだった。


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