オリヴァーとクラリッサの思い
「それではお先に失礼します」
「ああ、お疲れ様」
挨拶をして店を後にするアデリナに、オリヴァーは作業の手を止めることなく答える。まだ雑用係のアデリナは早めに帰らせて、オリヴァーとクラリッサの二人は残って作業をするのだ。
仕立て屋といっても、それだけが仕事ではない。既成服のサイズ調整や、ほつれた服の修繕も請け負っている。オリヴァーは店主ということもあって、その上に経理事務の仕事もある。
服を作っているだけでいいのに、店を持つと面倒な仕事が増える。やらなくていいのならやりたくはない。それなら事務の人間を雇えばいいと思うが、オリヴァーはあまり知らない人間を自分の領域に入れたくはなかった。
だから、アデリナは例外だ。あそこまでわかりやすいと悪さもできないだろうし、どこまでも食らいついてきそうなので受け入れることにしたのだ。
「クラリッサ、それじゃあ修繕の方は任せていいか? 俺はもうすぐ監査が入るから帳簿をまとめておかないと。わざわざ来なくてもいいのにな。ご苦労なことだ」
「ええ、それはいいけど……結局アデリナと何があったの? 二人とも教えてくれないんだもの。私も仲間に入れてくれてもいいじゃない。寂しいわ」
「嘘つけ。お前は面白がっているだけだろう」
オリヴァーが半眼で睨み付けると、クラリッサは舌を出した。
「バレたか。だけど、心配しているのは本当なのよ。私、アデリナを気に入ってるもの。だから、オリヴァーであろうとアデリナを泣かせたら許さないから」
「泣かす、ねえ……」
泣くどころか、やる気になっていたアデリナを思い出して、オリヴァーは吹き出す。
本当にアデリナは面白い。こちらが予想する斜め上をくるからオリヴァーもタジタジだ。
「何よ。本当に何があったのか教えなさいよ!」
「いや、まあ……アデリナに好きだって言われたよ」
「あら、そう」
クラリッサはあっさりと頷く。
「驚かないんだな」
「だってわかっていたもの。それはあんただってそうでしょう?」
「……ああ。だから断るつもりだったんだが」
「ちょっと! 泣かせるなって……」
「泣かせてない。泣くどころか振り向かせてみせるとやる気になってるぞ。成人するまで返事はしないで、だと」
それにはクラリッサも吹き出す。
「さすがね。子どもだから駄目なら、大人になればいいって考えたのね。可愛いわ。オリヴァー、絆されたんじゃない?」
「いや、可愛いとは思うが……なんだろうな。アデリナをそういう目で見てはいけない気がするんだよな」
外見的なハードルが高いからだろうか。実年齢でも十歳離れているのに、アデリナの外見が幼すぎて、
それに、理由は他にもある。
「……俺みたいなスレた男よりも誠実な男の方がアデリナには似合う」
「まあ、あんたは遊びの恋愛ばかりだものね。後腐れないお付き合いって奴。だけど、あんた、女が嫌いでしょう?」
「は? 嫌いだったら付き合わないだろう」
「ああ、ちょっと違うわね。あんたは女を信じてないんだわ。だから後腐れない関係を求めるの。自分が本気にならないような、不誠実な女ばかり。だから捨てられたところで痛くも痒くもないのよね」
クラリッサはいつのまにか作業の手を止めて、腕を組んでわかったように頷く。
これだからクラリッサは嫌なのだ。仕事のパートナーとしては最高なのだが、考え方が似通っているせいか、自分の考えがお見通しで、恋愛対象にはなり得ない。それはクラリッサにしても同じだろう。
「それはお前だってそうだろう。派手な外見に釣られてやってくる男と付き合っても、長続きしない。たまには内面を見て選んだらどうだ? マーカスみたいな男なんかいいんじゃないか?」
「ぐっ」
不意打ちの攻撃にクラリッサは言葉に詰まった。オリヴァーはニヤリと笑うと畳み掛ける。
「お前も気がついていたんだな。あの兄妹はわかりやすいからな。マーカスは明らかにお前に好意がある。俺もマーカスは気にいってるんだから、不誠実なことはするなよ」
「……本当にあんたってムカつく男ね。あんただけは絶対にないわ」
「それはどうもありがとう。俺もお前だけはないよ」
苦々しげなクラリッサにオリヴァーは溜飲を下げ、小さく笑った。だが、ここからは真面目な話だと、オリヴァーは表情をあらためる。
「マーカスはいい奴だよ。最初はともかく、お前の内面を見て好意を持ったんだろう。いい加減、お前も過去を振り切ったらどうだ? 外見に釣られて寄ってくる男は、お前を都合のいい相手にしか思ってないことは、お前だってわかってるんだろう? だからいつも相手から本命ができたと振られるんだ。それでもいつもお前がサバサバしているのは、お前も男たちに気持ちがないからだろう?」
「……本当に嫌な男。同じだからわかりすぎて嫌になるわ。そうよ。どうせ捨てられるのなら、初めから本気にならなければいいって割り切って付き合うから悲しくないのよ。マーカス様は……初めてなのよ。あんな風に私の中身を知って、その上で好意を示してくれるのって。だけど……」
クラリッサは唇を噛んで俯く。その先は何となくだがオリヴァーにもわかる。
「身分差が気になるか、自分に学がないのが気になるか、外見的な釣り合いってとこか?」
「そうよ。私は平民な上に貧しい生まれで勉強なんてできなかった。下働きをしてもその屋敷の旦那様に色目を使っただの言いがかりをつけられてクビになるし……」
「それはお前自身の問題ではなかっただろう」
クラリッサは昔、貴族の屋敷で下働きをしていたことがある。だが、発育のよかったクラリッサはその屋敷の主人を誘惑したと言いがかりをつけられて、夫人にクビにされた。
その後、お針子の仕事を見つけて働いていたのだが、そこでもまた客に同じような言いがかりをつけられた。クビになりそうだったところを、オリヴァーに腕を見込まれ、引き抜かれたのだ。
「……それを信じる人が、どのくらいいるのかってことよ。私の評判がマーカス様の評価を下げることに繋がったらどうするの? それに、あの方は次期男爵家当主よ。私とは釣り合いが取れないわ」
「なるほどな。そうやって真面目に考えるくらいにはマーカスに惹かれてるってことか。マーカスやアデリナを見ていると、そういうことは気にしなさそうだが」
確かに最初はオリヴァーやクラリッサを胡散臭そうに見ていたが、二人とも噂を鵜呑みにせず、間違っていれば素直に過ちを認めていた。それくらいの柔軟な考えはできるはずだ。そんなことをオリヴァーが考えていると、今度はクラリッサがオリヴァーへ突っ込む。
「私よりもあんたはどうするのよ。アデリナはあと五ヶ月ほどで成人するわ。女の子の成長ってあんたが思うよりも早いわよ。今だってあの子の外見は幼いかもしれないけど、たまにはっとするような女の部分を見せることがあるんだから……あんたもいい加減に過去を振り切ったらどう? あんたの心の傷って、あの噂の女でしょう? アデリナとあの女は違うわ。一緒にしたら可哀想よ」
「……わかってるよ。アデリナは裏表がない。だから一緒にいて楽だとは思う。だが……」
「それが恋愛感情に繋がるかはわからないってことか。難しいわね。恋ってするものではなく、気がついたら落ちるものだものね。だけど、うかうかしていてアデリナが心変わりしても知らないわよ」
「……それならそれでいいんじゃないか? その方がアデリナも幸せになれるかもしれないだろう」
オリヴァーが自嘲するように笑うと、クラリッサの目つきが鋭くなる。
「そんなこと、勝手に決めないで」
「クラリッサ?」
「あんたの言ってることは自己満足でしょう。自分が相手を幸せにする自信がないから人任せって、情けないと思わないの? それにアデリナが、私を幸せにしてくださいなんて言った? 相手が望んでいるかわからないことを先回りして決めつけるんじゃないわよ」
「本当にお前は言いたい放題だな。だが、確かにそうだ。決めつけては駄目だな」
オリヴァーが頷くと、クラリッサも満足気に笑って頷く。
「そうよ」
「なら、お前も一緒だな。マーカスが何を望んでいるかわからないのに、釣り合わないからとか、相手の評価を下げるからなんて考えるなよ」
「……そうね。決めつけないようにする。だからあんたも、アデリナを子ども扱いせずに、あの子の気持ちを決めつけないで」
「ああ」
そんな会話がアデリナ、マーカスの知らないところで繰り広げられていたのだった。
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