恋の自覚と失恋?

 マーカスはそれからちょくちょく店にやってくるようになった。出張もできるのだからオリヴァーに頼んで屋敷に来てもらうことも可能だ。だが、マーカスはそれをよしとしなかった。


 オリヴァーやクラリッサの手腕を認め、礼儀として訪問するのが筋だなんだと理屈をつけていたが、アデリナは違うと思っている。


 マーカスは店に来るたびに視線でクラリッサを追いかけている。それだけでなく、クラリッサが留守の時にはアデリナに行き先や様子を尋ねるのだ。これで気づかない方がおかしい。


 アデリナとしてはマーカスの恋を応援したい気持ちはある。だが、マーカスと結ばれて結婚すれば男爵夫人という肩書きがついてくる。それをクラリッサがどう思うのかが心配だった。


 今の段階ではマーカスの片思いだろうからとアデリナは静観している。当事者同士の問題に、無関係な自分がいたずらに嘴を突っ込んではいけない。マーカスかクラリッサ本人に相談されたら一緒に考えようと決めている。


 そして、マーカスの仕立ての方も順調に仕上がっており、マーカスがクラリッサと仕立ての話で盛り上がるたびに、二人の距離は縮まっているようだ。


 一方のアデリナは、大変だと思っていた生活が、思った以上に楽しくて仕方がなかった。


 新しいことを学べること、職場では特別扱いをされることなくありのままの自分でいられること、それがよかったのだろう。


 前ほど貴族としての義務が苦痛ではなくなったアデリナは、義務もしっかりこなすようになった。淑女教育も休まず、孤児院の慰問にも出かけた。


 ただ一つ、お茶会だけは参加できていなかったが。それというのも社交シーズンから少し外れているため、しばらくお茶会が開催されなかったからだ。


 そのことにホッとしつつも、いつかは向き合わなければならないと、アデリナは複雑な思いだった。


 ◇


 それから約一月経った頃、アデリナはお茶会に参加することになった。


 そこではこれまでのように不釣り合いなドレスではなく、オリヴァーやクラリッサに助言をもらい、自分に合ったものを着用してみることにした。


 落ち着いたピンク色のシンプルなドレスだが、ウエストの高い位置をタックで絞り、裾をふんわりとさせるようにした。そうすることで足が長く、身長が高く見える。


 その足元は真珠のように白く光沢のあるパンプスにした。更に、ベージュのストールをかけて服装は完成。


 更に、髪は金髪を綺麗に編み込み、シニヨンにして、化粧もアデリナの肌の白さを際立たせるために薄化粧にした。唇は口紅もいらないくらいに赤いので、光沢を出すだけに留めてみた。


 あとは出席するだけだ。だが、アデリナにとってはそれが一番難易度が高い。どんな目で見られるのかと、不安になりつつも出席したのだった。


 ◇


「ようこそいらっしゃいました、アデリナ様」

「こちらこそ、お招きありがとうございます」


 ホスト役のミュラー伯爵夫人に、アデリナはカーテシーをする。


 夫人は母と年齢が近く、安心感があるのでアデリナは好きだ。だから呼ばれることは嬉しいのだが、参加している令嬢は自分と歳が近いため、子どもっぽい自分のコンプレックスを刺激されるのが辛い。


 それでも仕事のためだと顔を上げて胸を張る。すると思った通り視線がアデリナに集中した。それに怯んで俯きそうになった時、アデリナの視界の端に驚いたような令嬢の顔が入った。


(うん? なんだか、思っていた反応と違う?)


 これまで馬鹿にするような笑みを浮かべる令嬢ばかりだったので、この反応はどういうことだろうかと悩む。


 伯爵夫人に促されるままに席に着くと、近くに座っていた令嬢に前のめりで話しかけられた。


「アデリナ様。そのドレス、素敵ですわね。今までのドレスと違って、アデリナ様によく似合ってますわ」


 アデリナは驚いて目を瞬かせる。何を言われたのか咄嗟にはわからなかったが、言葉を理解するうちにじわじわと喜びが浸透してきた。思わず顔を綻ばせる。


「ありがとうございます。素敵な仕立て屋を見つけて、お願いしたんです。褒められたことをお伝えすれば、きっと喜ぶと思います。ですが、そのドレスも素敵ですね。どちらで誂えたものですか?」

「ありがとうございます。これは、いつもお願いしている仕立て屋のドレスなんですの。お友だちのクリスタ様に紹介していただいたのですが、気に入っていますのよ」

「クリスタ様……」


 その名前には聞き覚えがあった。オリヴァーの妹だ。そこでアデリナはピンときた。


「もしかして、クリスタ様のお兄様のお店ではありませんか?」

「え、ええ。そうですわ。でも不思議なのですが、クリスタ様からはご自分が紹介したことは伏せておいて欲しいとお願いされてまして……内緒にしてくださいますか?」

「そうだったんですね。はい、内緒にします」


 クリスタはオリヴァーのことを思いながらも、素直には応援できないのだろう。そこにどんな思いがあるのかはわからないが、オリヴァーを嫌いなわけではないことにアデリナは気づき、思わず笑みを浮かべる。


「どうなさったのですか?」

「いえ、なんでもありません……」


 怪訝な表情の令嬢に答えていて、アデリナはふと気付いた。そういえばそのクリスタがいない。


 オリヴァーの妹ということはファレサルド伯爵令嬢だ。嫌々参加している不出来なアデリナとは違って、出来が良い彼女が参加しないのは珍しいのではないだろうか。


「そういえば、そのクリスタ様をお見かけしませんが、いらしてないのですか?」

「ええ。本日は欠席するとうかがっておりますわ。まあ、来づらいとは思いますけれど……」


 そう言って令嬢はちらりと視線を動かす。アデリナもつられて視線を追うと、そこには清楚な雰囲気の綺麗な女性がいた。アデリナと同じ金髪碧眼なのに、印象が全く違う。庇護欲を誘う細い体なのに出るところは出ていて、体の線が出るようなドレスもうまく着こなしている。


「あの方は……?」


 アデリナが問うと、令嬢は片手を添えてアデリナに顔を近づけて耳打ちをする。


「クリスタ様のお兄様とお付き合いされていた方ですわ。昔のことで噂も下火になったとはいえ、覚えている方もいらっしゃいますから、クリスタ様も気を遣われたのではないでしょうか」

「そうですか……」


 あの人がオリヴァーの、と考えてまた胸の痛みに襲われる。


 確か、噂ではオリヴァーがその女性を振ったことで、傷心の彼女は別の方と結婚したということだった。


(あんなに素敵な方でも駄目なら、私なんて女性扱いされなくても当然だわ……)


 締め付ける胸の痛みを堪えるように、アデリナは拳を握って胸に当てる。


 気づきたくなんてないのに、その胸の痛みがアデリナの気持ちを雄弁に語っていた。


(あんな風に大人で綺麗な女性だったらオリヴァー様に振り向いてもらえたのかしら……いえ、そんなこと考えたら駄目。気づいたところで明るい未来なんてないのだから……)


 これまでは、直にオリヴァーと付き合っていた女性を目の当たりにすることがなかったからわからなかっただけだ。こうして現実を直視したことでアデリナは気づいてしまった。


 (オリヴァー様が好き、なんだわ)


 考えてみれば、これまでだってオリヴァーを意識しているような気はしていた。だが、認めたくなかったのかもしれない。


 オリヴァーは前もって口にしていたのだから。


 ──恋愛対象としては見られません。


 自覚したと同時に味わう失恋。しかも視界の端に映るのは、オリヴァーがかつて愛した人。アデリナは泣きたいのを我慢して、お茶会に最後まで出席するしかなかった。

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