淑女扱い?
採寸を終えて一階へ戻ると、オリヴァーが真剣な表情で服を選んでいた。恐らくアデリナに合いそうな服を探しているのだろう。見ているのは女性物だ。
「オリヴァー、お待たせ。終わったわよ。それで、どうするの?」
クラリッサがオリヴァーに声を掛けると、ようやく気づいてくれた。
「そうだな……ここにある服だとサイズが合わないだろうから、似合いそうな服を仕立て直すか、それとも生地から作った方がいいか?」
てっきりクラリッサに話しかけていると思ったアデリナが黙っていると、焦れたようにオリヴァーが再度言う。
「アデリナ、ちゃんと聞いているのか? 君はどちらがいいんだ?」
「ああ、私だったんですね。それなら仕立て直す方で……って、オリヴァー様がするのですか?」
「ああ、そうだが? 何か問題でもあるのか?」
「いえ、問題はありませんが」
できるのだろうか、という問いは飲み込んだ。アデリナにも一応分別はある。だが、オリヴァーはアデリナが言葉を飲み込んだのをわかっているのか、面白そうに問う。
「問題はないけど、何だ?」
「何でもありません」
中身を磨く、中身を磨くと、アデリナは自分に言い聞かせる。淑女は思ったことをはっきりと口にはしない。だが、オリヴァーには通用しなかった。
「顔に出てる」
「嘘っ!」
「やっぱり嘘なんじゃないか」
呆れたようなオリヴァーの言葉で、アデリナは嵌められたことに気づいた。思わず悔しそうな顔をすると、オリヴァーが笑う。
「君は本当に正直だな。全部顔に出る」
「……どうせ淑女らしくありませんよ」
アデリナは不貞腐れたように言う。
オリヴァーに取り繕ったって仕方ない。どうせこないだのお茶会の様子も見られても聞かれてもいたのだろう。
「正直、俺にはそれがいいのかはわからない。まあ、そんなだと貴族社会では生きにくいのではないかとは思うが」
「……生きにくくても仕方ありません。それが私の暮らす世界ですから。それはオリヴァー様だってそうじゃないんですか?」
「俺は不肖の次男だし、こうして好きな仕事をしているから関係ないな。仕事上貴族の肩書きが役には立つが、それだけだ」
何でもないように答えるオリヴァーが羨ましい。アデリナも目標を持ってそれに邁進していればこんな鬱屈した気分にはならないだろう。
だが、女性には選択肢が少ない。クラリッサのように好きなことを仕事にしている女性は珍しいのではないだろうか。
「自由、なんですね。いいなあ……」
「自由って言うが、自由というのは意外に大変なんだぞ? 全ては自分の責任の上に成り立つんだ。アデリナはそこまでの覚悟があるか?」
オリヴァーに問われ、アデリナは黙り込む。答えることができなかったのだ。
アデリナはまだ親の庇護下にいるから、オリヴァーやクラリッサの大変さが理解できない。
貴族女性は政略結婚の道具にされがちだが、みんながみんな、そうなるわけではない。職業婦人として生計を立てている人もいれば、修道院に入る人もいる。ただ、家の事情や様々な理由で選ばないのだろう。
(私は貴族社会に馴染めなくて嫌だって思うだけで、何の努力もしていない。ただ与えられた物を享受するだけで、考えようともしなかった……)
「……私、やっぱり子どもですね。何もわかってなかったし、考えようとすらしませんでした。オリヴァー様はすごいです」
「何だ、急に。てっきり噛み付いてくるかと思ったら、しおらしくなって。調子が狂うんだが」
「私だって悪いところは反省するし、いいところは褒めますよ。失礼な」
なんだか茶化されたようで面白くない。アデリナが眉をひそめるとオリヴァーは苦笑しながらアデリナの頭を撫でる。
「本当に素直な子だな、君は。そういうところに好感が持てるよ」
「……子ども扱いか、小動物扱いですよね。私を一人の淑女だと思っていたら、こんな風に簡単に触ったりしませんから」
「うん? 淑女扱いされたいのか?」
オリヴァーはアデリナの顔を覗き込むと、アデリナの顎をくいっと手で押し上げた。そのままオリヴァーの顔が近づいてくるかと思いきや、ぱっと離れた。
「なっ、何を!」
アデリナの顔がじわじわと熱くなる。男性の顔をこんなに間近で見ることがなかったアデリナには、刺激が強い。
助けを求めるようにクラリッサを見ると、クラリッサがカツカツと歩いてきて、オリヴァーの頭を叩く。
「やり過ぎよ! あんた、自分が歩く猥褻物ってわかってんの? アデリナは耐性がないだろうから、キツイのよ!」
「いや、アデリナが淑女扱いされたいようだったから……」
叩かれた頭をさすりながら、オリヴァーが苦笑する。それをクラリッサは半眼で見る。
「あれのどこが淑女扱いよ。アデリナはあんたが日頃相手してる有閑マダムたちとは違うの。純真な子をあんたみたいな猥褻物に染めないでちょうだい」
「有閑マダム……」
アデリナの頭の中で様々な妄想が駆け巡る。閨教育と、男爵邸で働く使用人たちの下世話な噂話の弊害だろうか。たちまち妄想は膨れ上がり、アデリナの中でオリヴァーは完全に色情狂になってしまった。
「不潔です!」
アデリナは涙目になりながら、クラリッサにしがみつく。
「よしよし、怖かったわね。もう大丈夫よ。あの変態はやっつけたからね」
「おい、人聞き悪いことを言うな。誰が変態だ。それに有閑マダムって、みんな大切なお客様だろうが」
「そうね、大切なお客様よ。だ・け・ど。みんなあんたよりも歳上で、遊び慣れた大人の女性ばかり。知ってるの? あんたが体で仕事を取ってるって噂が流れてるのを」
クラリッサの言葉を聞いたオリヴァーから、先程まで浮かんでいた表情が一切消え去った。アデリナは怒ると思っていたのだが、それ以上の反応だった。
「……ああ。言いたい奴には言わせておけばいい。それが事実かどうかなんて、奴らには関係ないからな」
その様子が、自分がお茶会で笑われていた時に似ていて、アデリナの胸が痛む。
これではアデリナが嫌いな、見た目に惑わされて決めつける人たちと同じだ。
「……オリヴァー様、申し訳ありません。見かけで判断されるのがどんなに辛いか、私も知っていたのに惑わされてしまいました」
「アデリナ?」
オリヴァーに向かって静かに頭を下げるアデリナに、オリヴァーが訝る。
「怒ることすらしないのは、諦めてしまったから。見かけだけで認められない辛さを私も知っています。申し訳ありません……」
しんと空気が静まり返る。その静寂を破ったのは、オリヴァーのため息だった。
「アデリナ、頭を上げてくれ。そんなに気にしなくていいから」
「ですが……」
「あながち間違いでもないんだ。仕事を体で取ったことはないが、大人の付き合いという奴はまあ、それなりにあるからな」
「それなりっていうか、かなりよね」
言葉を濁したオリヴァーにクラリッサが突っ込んだ。それを忌々しそうにオリヴァーは切り捨てる。
「うるさい。お前も人のことを言えないだろうが」
「ええ……?」
せっかく見直しかけたのに、またアデリナの中でオリヴァーの評価が下がった。しかもクラリッサもそうだとは。アデリナはじりじりと二人から距離を取る。
クラリッサは慌ててアデリナを呼ぶ。
「アデリナ、大丈夫よ。おかしなことはしないから。ほーら、怖くないから、おいでおいで」
「淑女扱いしてないのはお前もだろう」
オリヴァーがクラリッサに突っ込む。だが、オリヴァーもクラリッサのことを言えなかった。
「ほら、クラリッサよりは俺の方が怖くないぞ。おいでおいで」
「……私は小動物ではありません」
アデリナが複雑な表情で言うと、二人は苦笑する。オリヴァーが笑ってくれたことに、内心アデリナはホッとしていた。
きっとオリヴァーの中にも、アデリナと同じような悩みがあるのだろう。自立した大人というだけではないオリヴァーの一面を知りたいと、アデリナは思うのだった。
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