無い物ねだり
「うう……疲れた……」
二階へ連れて行かれたアデリナは、クラリッサに服を剥かれ、散々弄り回されながらも採寸を終えた。ほとほと疲れたアデリナとは正反対にクラリッサはホクホク顔だ。
「アデリナはどこもかしこも小作りで可愛いわね」
「……それは嫌味ですか」
身長、スタイル、顔、全てにおいて恵まれているクラリッサに言われると嫌味にしか聞こえない。女が言う可愛いほど宛にならないものはないとアデリナは知っている。
だが、クラリッサは困った顔で首を振る。
「違うわよ。私、顔が派手だし、体つきがこれでしょう? どうしても可愛い系の服が似合わないし、化粧しても派手になっちゃうし、男には遊んでるって思われるのよね。それがすっごく嫌なのよ」
「ええ? そうなんですか?」
思ってもみなかったクラリッサの言葉に、アデリナは驚きの声を上げる。
女性らしさを兼ね備えたクラリッサでもこうして悩むのか。そういえば、オリヴァーも同じように悩んでいた。
結局みんな無い物ねだりなのかもしれない。
アデリナは大人っぽさが欲しいし、クラリッサは可愛さが欲しい。オリヴァーは何が欲しいのかはわからないが、派手な見かけと肩書きは気に入らないようだった。
「何と言っていいかわかりませんが、お互いに苦労しますね……」
「あなたっていい子ね。てっきり、恵まれてるくせに文句を言うなって言われるかと思ったわ」
「いえ。私も同じことを言われたことがあるので、それは言われたくないなって思って」
貴族の序列は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順で、アデリナは男爵家の娘ということで下位ではある。それでも平民や、一代限りの準男爵からみると上位になるのだ。
自分はしがない男爵家の娘だと言ったら、自分よりも恵まれているくせにと準男爵令嬢に言われたことがある。
だが、それを言った女の子はアデリナよりも女性らしく、スタイルも良く、おしゃれが似合う子だった。だから、それをあなたに言われても、と内心複雑な思いで受け止めるしかなかった。
他人と比べたところで仕方がないのはわかっている。だが、自分がどの基準にいるのかわからないから、他人と比べて自分の立ち位置を確認するのかもしれないとアデリナは思う。それもまた虚しいのだが。
神妙な顔で黙り込んだアデリナの頭を、クラリッサが撫でる。
「あなたの気持ちを考えずにごめんなさいね。悩みなんて人それぞれだものね。だったら、私もあなたのコンプレックスを払拭する手伝いをするわ」
「いいんですか……?」
「ええ、もちろん。オリヴァーからも頼まれているし」
(オリヴァー様が……)
クラリッサの口からオリヴァーの名前が出たことにモヤモヤする。それがどうにも気持ち悪くて、思い切って聞くことにした。
「あのっ、クラリッサさん。オリヴァー様とは仕事関係だけの付き合いなんですか?」
「え?」
クラリッサはすぐには答えなかった。その間がまるで仕事関係以上のものがあるように感じられて、アデリナの心に影を落とした。
(そうよね。これだけ綺麗な人と一緒にいたら惹かれるのも当然だわ)
すると、そんなアデリナの懸念を吹き飛ばすような大声でクラリッサは笑い始めた。本当におかしいようで目尻に涙さえ浮かんでいる。自分はそんなにおかしなことを言っただろうかとアデリナは首を傾げた。
「クラリッサさん……?」
「ふう、ああ、笑った笑った。アデリナは面白いことを言うわね。それはないわ。仕事仲間としては最高なんだけど、オリヴァーはないわ」
オリヴァーはないと二回も言った。それはそれで可哀想な気がして、アデリナは下にいるだろうオリヴァーに同情してしまった。
「いえ、オリヴァー様はそこまで酷くはないと思うのですが」
「酷い、酷くないの問題ではなくて、私たちの関係性の問題よ。私はオリヴァーが付き合ってきた女性を見てきたし、向こうも私の男関係知ってるから、互いに好みのタイプがわかってるのよね」
アデリナは目を白黒させた。アデリナは十七歳の今まで誰かと付き合った経験はない。
そもそも貴族女性というのは政略結婚ありきで、恋愛は後回しになりがちだ。アデリナ自身もきっと親に勧められるままに結婚するのだろうと漠然と考えている。ただ、今のところアデリナに求婚しようとするのは、老後の面倒を見てもらおうというお爺さんか、変態ばかりだから断っていると両親は話していた。
自由恋愛を楽しんでいる様子のクラリッサを不思議に思って、アデリナは尋ねてみた。
「クラリッサさんは、家のために結婚しないんですか?」
「ああ、そっか。私ね、オリヴァーやアデリナと違って貴族じゃないの。だから好きにできるってわけ」
「あ! ごめんなさい」
「謝らないで。全然気にしてないから。むしろ私はアデリナの方が気の毒だわ。好きでもない人と結婚させられるなんて、私はまっぴらごめんよ。自分の人生だもの。好きなように生きたいじゃない?」
好きなように生きる。そんな考えはなかった。だから自分を抑えて周囲に合わせるように生きてきたのだ。全然楽しくないにもかかわらず。
(クラリッサさんが魅力的なのは、外見だけじゃない。内面が自立していて輝いているからなのね)
アデリナは尊敬の眼差しでクラリッサを見る。
「すごいです! 私にはできないから尊敬します。私も自分で選びたいけど、やっぱり家のために生きないと駄目かなって悩んでしまって……その割には家の役に立ってないし」
「自分の価値を決めるのは他人でなくて自分よ。あなたの価値は家にあるわけではないでしょう?」
「それは……わかりません。私から男爵令嬢という肩書きを取ったら何も残りませんから」
自分自身にこれだと思えるものがあればそうでないのだろうが、現状、アデリナにはそれがない。粗忽だし、短気だし、体型や、顔やと欠点を挙げればキリがなくなる。
考えながら泣きそうになったアデリナを、クラリッサが抱きしめてくれた。
「馬鹿ね。そんなことないのに。だからオリヴァーもアデリナを放って置けなかったのでしょうね」
「え?」
「オリヴァーもね、ああ見えて虚勢を張っているだけなのよ。きっとアデリナの気持ちがわかったのだと思うわ」
そうなのだろうか。オリヴァーにはこんな素敵な仕事があって、素敵な仕事仲間がいて、伯爵令息で、と恵まれているように見える。
だが、恵まれているように見える自分にだってこうして悩みがたくさんあるのだ。
「……オリヴァー様に聞いても、教えてもらえるでしょうか?」
「さあ、どうかしら。見栄っ張りだからね。ただ、一緒に過ごせばわかるようになると思うわ。頑張って」
「はい! って、何を頑張るんですか?」
ノリで返事をしたが、その後ではたと気づいた。首を傾げるアデリナに、クラリッサはニヤニヤといやらしく笑う。
「またまた。オリヴァーが好きなんでしょう? オリヴァーのこれまでの彼女たちとはタイプが違うけど、だからこそアデリナとはうまくいきそうな気がするのよね」
「いえっ! 私はそんなんじゃ!」
慌てて否定するが、クラリッサは訳知り顔で頷く。
「大丈夫よ。わかっているから。一緒にオリヴァーを振り向かせるために頑張りましょうね」
「あああ、違うのに……」
何故かオリヴァーを振り向かせるような方向へ向かっている。アデリナとしては振り向かせるのではなく、見返したかったはずなのだが。
オリヴァーもよくわからないが、クラリッサも一筋縄ではいかないのだとアデリナは痛感するのだった。
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