第126話
7月7日。
世界にモンスターが出現してから88日目。
この日、璃桜は16歳の誕生日を迎えた。予てより約束していた薫とのダンジョンデートの日でもある。
璃桜の心は弾んでいた。今日のために厳選した服や小物を身に着けて来たのだ。お化粧も控えめだが皆に褒められたので、8割の自信と4割の不安といった具合である。
探索者の女性はかなり露出度の高い装備をするけいこうにあるが、それはデザインだけでなく装備品それ自体の能力が高いことにも起因する。
だが璃桜は、過度な露出を避ける傾向にある。薫と出会うまではけばい化粧もしていたが、今では何もしない素の状態で過ごすようになっていたりもする。
如月家を訪れた璃桜は、薫から祝いの言葉をもらい舞い上がりそうになった。しかも、服装も褒めて貰えたのだ。厳密には装備の事を褒められたのだが、恋愛補正の掛かっている璃桜には同じ事であった。
薫は璃桜のステータスを観察して、改めて自分がかなり損をしたことを感じた。
これは薫だけでなく如月一家や勇者ら、早期に新人族に成った者たちに共通する事である。なお、雫は例外であると理解している薫である。
スキル習得やそこに振るスキルポイントは、誰もが手探り状態であったことに加えて、マナコインの適切な使用やスキル習得ペナルティーなどである。
勇者・魔王・剣聖たちは、レベル20を超えてからHP上昇系を覚えたらしい。だから初期ステータスで大幅に損をしている。
薫や家族たちはマナコインの使用時期で損をしている。
それに対して璃桜は後発組みであったことで、同レベル期の薫と比べてもステータスが高い。
現在ではマナコインの売買も盛んに行われており、雫のようなステータスを有する者も増えると予感する薫であった。
◇◇◇
薫と共に璃桜がやって来た場所は、ある小島であった。辺りは岩場だらけで夏場なのに短い草が点々と生えている、とても寂しい場所であった。
「薫、モンスターどこ? 雫がやっつけてあげる」
「雫、ここはまだダンジョンじゃないから。入り口は、ほら、あそこの亀裂だ」
薫が指さす先には岩と草でわかり難いものの、幅70~80cmの地割れがあった。
地割れの中は暗くて底が見えない。かなり深い事が見てわかるため、璃桜が不安な声を上げる。
「こんなに狭いところが入口なの? 深そうなんだけど下まで落ちちゃったりしないでしょうね?」
「入る分には問題ないと思うよ。ダンジョンコアを討伐した場合は、落ちる可能性もあるかも知れないね」
「かも知れないって、危険じゃない」
「ここのダンジョンコアを討伐する気はないから問題ないよ」
薫はこのダンジョンを討伐する気がないので、無用な心配だと説明する。
「旦那様、ドライは胸がつかえて通れないと思われる。まさかここに置いて行ったりはしないだろうな?」
アインスは両手でドライの両乳房を持ち上げてアピールする。普通にしていても目立つ大きな胸が、持ち上げられたことでさらに存在感を増した。
「んっ……アインス、だめっ」
ドライの口から漏れ出る吐息まじりの声が妙に艶めかしい。しかし、薫には2人が戯れ合ってるようにしか映らない。そのため1nも興奮したりはしない。
「そこっ! そうゆう破廉恥な事は止めなさい」
顔を赤くした璃桜が、アインスに注意する。どうやら、璃桜は想像力が逞しい様である。本当は薫にセックスアピールするアインスたちが許せないだけであったりする。
恐らく自分の胸も途中でつかえると自己分析する璃桜であるが、もしかしたらつかえない場合もあるので言い出せなかったのだ。
「全然問題ないよ。この場合は足さえ通ればダンジョンに入れるから。見た目は亀裂だけど、その先はダンジョンという異空間なんだよ」
薫はそう言うと、両手を広げて亀裂の中に飛び込んだ。薫の体はフッと消えてなくなった。雫を抱いた春香がすぐに薫を追いかけるかたちで飛び込む。
「ちょっとぉー、今日は私が主役でしょう」
璃桜は不平を漏らしながらも亀裂に飛び込んだ。アインスたちも璃桜に続いた。
ダンジョン1階層では、薫を除いた皆が溜息を漏らしていた。そこは青の世界であった。
淡く発光する白色の幅3mの床が一直線に続き、壁と天井が透明であるため、水の中にいるのかと錯覚しそうだ。壁と天井の外側では、陽光が届く珊瑚礁らしき中を魚型のモンスターが泳いでいるのだ。1階層だけであれば水族館ダンジョンと呼びたくなる。
璃桜は薫の左側に移動すると腕を組んで尋ねる。
「ねえ薫、ここってダンジョンで間違ってないのよね?」
「ダンジョンだね。だからモンスターが集まって来てるでしょ」
薫の言う通り、壁や天井にモンスターが一斉に体当たりをしているが、振動はおろか音さえこちらに聞こえてこない。
「こんなダンジョンがあるなんて……不思議」
「旦那様、ダンジョンなのにモンスターと戦闘しなくて済むのか? それに壁や天井が崩れた場合はどうするのだ?」
春香とアインスは思ったことを口にする。雫はモンスターの群れに興味津々なようで、見上げるかたちで忙しなく首を動かしている。
「10階層まではこんな感じでモンスターとの接触はないかな。だからじっくりモンスターを見物できるよ。もし壁や天井が壊れた時は、瞬間移動するから安心して観てて良いよ」
平然と口にする薫であるが、薫の能力を今一理解していない璃桜は薫の腕を両手でぎゅっと抱きしめる。その点春香たちは、薫の言葉通りモンスターたちを観察する事にしたようだ。
「わぁ~、低レベルから高レベルのモンスターまで色々いるよ。こんなダンジョンがあるなんて面白いね、薫」
どうやらカミーユはこのダンジョンが気に入った様である。カミーユの言う通り、このダンジョンではレベル帯ではなく環境や種類ごとにモンスターが分布している感じである。
一行が観察しながら奥へ移動すると、モンスターたちも同じくついて来るのだ。
璃桜も天井などに異変が起こらない事で安堵したのか、薫にしがみついていた力を緩め腕を組むだけにした。
薫の方は数十日も毎日メールのやり取りを行っていたこともあり、璃桜に対して態度もかなりやわらかくなっている。先に誕生日を祝ってもらったこともあり、今日は優しく接しているつもりである。
2階層へと移動した一行を待っていたのは、青い空と雲の絨毯であった。床まで透明であったため、ちょっとした騒ぎとなるも耐性を持つ者ばかり。直ぐに落ち着きを取り戻し、大空を舞うモンスターを観察しながら移動する。
「なんて綺麗な……モンスターなのが残念」
「ほう、あの美しさがわかるとは貴様のセンスも悪くないな」
璃桜とアインスが見惚れていたモンスターは、現在こちらへ近づいてくる全身が赤い炎に包まれた大きな鳥、火の鳥である。翼を広げた状態だとバス3台を横に並べたくらいある。
そんな火の鳥は、見えない壁にぶつかることなく手前で止まると、羽ばたきで炎のつむじ風を作りだしこちらへとぶつけてきた。さらには口から青白い炎を吐き出す。それでも通路内が熱くなる等の異常は起こらず、見学している一行に影響は全くなかった。
「きゃあ」「……」「びっくりしたぁ」
突如雲海から飛び出してきた巨大なモンスターが、攻撃していた火の鳥や他のモンスターを一口で丸のみにしたのだ。それは長いひげと短いひげが特徴的な馬鹿でかい鯰であった。鯰は驚異的な消化能力でも有しているのか、膨れたお腹がスリムになっていく。
その時、辺り一体が眩い光に包まれた。
薫は闇魔法の黒傘を展開し光を軽減した。すると、件の鯰が強烈な光線を浴びてカチンコチンの氷漬けとなっていく光景を見る事になった。氷漬けとなった鯰は、間を置かず追撃の斬撃を浴びせられ複数の輪切りとなった。さらに長大な槍と見紛うような串により貫かれ、串の持ち主により炎で炙られ食されることになった。
その正体は、高層ビルほどの体躯を持ち煌めく羽毛に覆われた人型のドラゴン、巨竜人であった。
巨竜人は薫たちを一瞥しただけで、巨大な翼の羽ばたき一つで遥か彼方へと飛び去った。
「怖っ、何なのよここ。モンスター同士が殺し合うなんて。最後の何て恐ろし過ぎて2度と会いたくないって」
「私も遭遇したくないかな。名前と種族しか分からなかったもん」
璃桜はまたしても薫の腕にしがみつく格好となった。カミーユも薫の袖を掴んでしまっている。
「もうモンスターがいなくなったし次に行こうか」
一行は3階層へと向かって移動した。その後も10階層まで見学し、如月家へ戻ることになった。
如月家へと戻った一行は、[四季折折の城]で待っていた福福団のメンバーらと一緒に璃桜の誕生日を祝った。
薫は璃桜へ魔道具[身代わりのペンダント]をプレゼントした。見た目は緑色の宝石で作られた3輪の花である。宝飾品としての価値は言うに及ばず、着用者が死に至る攻撃を受けた場合にダメージを3回まで肩代わりする優れものだ。迷宮核の宝箱(並++)からの確立ドロップである。
帰り際、璃桜は「今度は婚約指輪か結婚指輪を頂戴よ」と言って去っていった。
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