閑話その1
国会議事堂。謂わずと知れた日本における国権の最高機関たる国会の議事が行われる重要な場所である。如月薫が三十路になる頃には、築100年に迫る歴史ある建築物だ。
その国会議事堂は、今やダンジョンと化していて、内部には人を襲う凶悪なモンスターが多数跋扈しており、とても危険な場所となっている。そんな中へ、警察官200名以上と自衛官50名ほどが人命救助を目的に突入し、唯の1人も帰ってこなかった。救助要請を依頼した方も依頼された方も、国会議事堂内がダンジョンだとは思いもつかなかった。ある情報がSNSに上げられるまでは。
モンスターが出現する場所はダンジョンであり、そこにあるダンジョンコアを破壊できればダンジョンは消えてなくなる。モンスターに対抗できるのは、能力に目覚めた新人族だという。新人族には、あのウイルスに罹患し治った者だけがなれるらしく、国内においてその数は0.01%未満と圧倒的に少人数である。別の言い方をすれば、新人族は希少種と呼ぶ方が相応しい。ほんの数か月前までは、同じ人類であったはずなのに。
しかしながら、あのウイルスは現在も流行しているため、今後も新人族が増える傾向にあるとの予測が出ている。そのことが、人類にとっての福音になるかは別として。
入手した情報を元に、今後どう活かせるかを考えようとしていた今井のスマホが鳴った。どうやら、10候補の内3チームだけ交渉が成功したらしく、こちらへと向かっているとの朗報が届いたのだ。
警察や自衛隊に頼り、大規模な2次災害となってしまった国会議事堂内の人命救助。しかし、SNSでそれなりに有名な新人族であれば、ダンジョン討伐は無理でも国会議事堂内にいるであろう生存者の救出が出来るかも知れない。たとえ僅かでも縋れる希望があるのならば、一縷の望みに託したくなるのが人情というものだ。総理補佐官の今井もその1人であった。
総理官邸の建物外において、テントではあるが臨時の対策本部を設置して事に当たる今井ら。ここ数日で分かってきた事は、都道府県の長たる知事の安否が不明なことと、自衛隊トップの安否も不明な事に加えて、首都の治安を維持する警視庁トップの警視総監までもが安否不明なことだ。
さらに人口が多い場所ほど、治安悪化が急速に進行している。モンスターに襲われない場所が屋外となった現在、人々の精神は過度なストレスにさらされている。
職場や学校などのコミュニティから、老若男女問わず巨大なコミュニティへと否応なく変化し、個となる時間も取り辛くなってしまったのだから、人の理性が暴力性へと傾いていくのも仕方ないことであった。
最初に到着したのは、埼玉からやってきた男女混成の4人組、魔王パーティーであった。構成人員は、中年の男女が1組と若い男女が1組である。
今井は、国会議事堂奪還作戦に参加するために来てくれた彼らへ自己紹介と労いの言葉を掛けた。魔王パーティーは家族4人で構成されており、農家の両親と就活準備中だった大学3年生の長男、そして中心人物である末子の18歳とは思えない小柄で色白な女性である
他の協力者の到着を待つ間、後藤一家との会話を通して情報収集をすることにした今井。なんと、この家族が新人族になったきっかけこそ、長女の巴だという。
この世にモンスターが出現した4月10日の深夜、娘の奇声に叩き起こされた家族3人は、異常な興奮状態にあった巴に突拍子もない事を言われるも、巴をあまり刺激しないように気を使った家族は、言われた通りに従っていたら能力者へとなったそうだ。
巴は普段から家に篭って昼夜逆転の生活をしており、夜間にモンスターなどに関する情報を集めていたそうで、結果として能力者へと至ることになった。多くのゲームを体験し今一満足できずにいた巴にとって、自身が魔王となったことは昇天しそうなほどの喜びであった。否、彼女は実際に興奮しすぎて脳のリミッターが振り切れる寸前、1度気を失った。その間、僅か10秒ほどであったため、彼女は自分が気絶したことに気が付いていないのだが。
間が悪いというか運が良いと言えるか分からないが、家族全員が能力者になった直後に、モンスターが家の中に出現したのだ。
現れたモンスターは巨大な犬。人間のようにしっかりと2本の足で立ち、2本の腕の片方には小振りな鉈を持つ犬顔のナニカ。鼻と口が突き出しており、鋭い歯に混じって長い犬歯が目に付く。巴視点だと、モンスターを見上げる格好となるため、モンスターは巨大である。
家族があっけにとられていると、危機的状況に逸早く対処したのは最年少の巴であった。
巴はぶっつけ本番で、閃光の魔法を使って家族共々モンスターの目を眩ませると、2階の部屋の窓から家族たちを放り出し、最後に自分も飛び降りた。これは、巴が情報収集をしていたからこそ、出来たことである。犬型のモンスターは、動きが素早く鼻も効くので、逃げるのは困難であると。運良く逃げた者は、偶々匂いの強い物を持ち合わせていたらしい。粉末の胡椒などは有効らしい。
普通であれば、2階から放り出されるなど、怪我の一つも負いそうであるが、レベル1とはいえ新人族は頑丈なようで、家族全員無事であった。あのまま交戦していたら、勝てたとしても無事では済まなかったと思う巴であった。
事実、家族たちは巴に文句どころか感謝の言葉と抱擁をしてきたのだから。こうして、実家を失うことになった後藤一家であるが、農家であるため広い納屋もあり、住めなくなったわけではなかった。
巴は、モンスターが建物内から出てこないことを家族に説明して、落ち着かせることに成功した。どうにか落ち着きを取り戻した家族によって、2日ほどで納屋は人が寝泊まりできるように整理された。
それから3日ほど、それぞれの能力を知る為の訓練をしてから、自宅を取り戻すべくモンスターと戦い現在に至るそうだ。
そのように大変な状況であるにも係わらず、こちらの要請に応えてくれた後藤一家に対して、今井は改めて感謝の言葉を述べたのであった。
その後、1時間でメンバーが揃い、突入箇所やサポート役など綿密なミーティングを行い、士気も高かったためにすぐに作戦が開始されたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます