第28話

 時は少し遡る。

 世界にモンスターが出現し始めてから3日目。


 如月武彦・如月美玖・如月春人・天野春香の4人は、本来の住人が居なくなった戸建住宅へと遠慮なく入って行く。


 周囲にある建物と同じデザインをした2階建ての1軒家。

 外から見る限り、窓ガラスや玄関のドアが壊れた様子はなく、人が住んでいる雰囲気がある。

 しかし、用心スキルにより、モンスターの反応をはっきりと知覚出来ている4人。


 当初は、それぞれが分担してスキルを習得するはずであったが、パーティー間でスキルの共有など、不可能であった。

 薫に頼りきりだった事が判明した。

 そこで、各自地図スキルと用心スキルは習得しておこうとなった。

 4人には、初期に薫が見ていた風景が見えている。スキル改造の恩恵がなくともスキルレベルはMAXなので、かなり広範囲な索敵が可能となっているのだ。

 ただし、誰も千里眼スキルを持っていないので、遠くからではモンスターの鑑定は出来ていない。


「千里眼はポイントが高いから、鷹の目を習得して視力を上げる手もあるな。母さんはどう思う?」

「あなた、まだ必要ない気がするわ。それに、なんだか視力が良くなった気がするよのね」

「あっ、私も目が良くなった気がしてるんです」

「俺も俺も。やっぱレベルアップのお陰か?」

「ふむ。それは、父さんも感じている。わかった、保留にしよう。あと、提案がある」

「「「提案?」」」


 武彦の提案という言葉に、3人の視線が武彦に集中した。それを確認した武彦は、内容を話し始めた。


「これからは、ダンジョン内においては、それぞれ呼び捨てで行きたい。戦闘で連携するのに、必須だろう。そこで、名前かニックネームでも決めようと思う。俺の場合は、そのままタケヒコと呼んでくれていい」

「そう言う事。たしかに大事よね。なら、私もミクって呼んでちょうだい」

「親父も母ちゃんも呼び捨てにしたからって、怒ったりするなよ。俺もハルトでいいぜ」

「私もハルカでお願いします」

「よしっ、最初のリーダーは俺だけど、明日はミク、その次はハルカ、ハルトの順で交代していこう」

「ええ、何事も経験を積めるときに積まないとね。ハルカとハルトもそれで良いかしら?」

「はい」

「おっけー」

「じゃあみんな、ダンジョンアタックといこうか」

「「「了解」」」


 リーダーの言葉に揃って返事をする3人のメンバー。



 玄関のドアには鍵が掛かっておらず、リーダーの武彦が取っ手を引いたら簡単に開いた。

 扉を開けた途端にモンスターが襲ってくるような事はなく、4人とも知らずに安堵の溜息を漏らしていた。


「用心スキルで、玄関にモンスターが居ないことは事前に分かっていても、やっぱり緊張するな」


 武彦の言葉に、残りのメンバーも同じ事を感じていたのか、頷いている。


「親父……じゃねえ、タケヒコ。どいつからやるんだ? さっさと中に入って従魔を召喚したいんだけど」

「ちょっと待て、探索発動。2階へ上る階段付近に罠があるな。あれは後回しでいいか。よし、1階の、ああ、ここから左側にある3番目の部屋にいる2体を倒そう。まずはリビングに移動して、そこでそれぞれの従魔を出す事にしようか」

「「「了解」」」


 どうやら、パーティー内の返事は「了解」となっているようだ。


 リビングに移動した4人は、部屋のスペースを4等分し各々の従魔を呼び出した。

 各人が3体の魔物を従えているため、一気に室内が狭くなったように感じる。

 リーダーの武彦は、それぞれを見た後に指示を出す。


「さっきも言ったが、左側の部屋にいる2体のモンスターを倒す。先頭は順に俺、ミク、ハルト、ハルカでいく。だが、確かめたいことがあるから、余裕があれば捕獲するつもりだ」

「捕獲する? 親父、じゃない。タケヒコがテイムするのか?」

「テイムじゃなく、実験だ。敵モンスターとのレベル差とステータス差で、どれくらい安全なのかをな」

「やっぱり確認は大切よね。ゲームだと、レベル差によっては敵からダメージを受けない場合もあるし、ステータス差でも同じ事があったりしたのよ。この世界が変わった今、どうなっているのか確かめないとね。それには、ここの雑魚モンスターはうってつけなのよ」


 美玖の言葉に武彦は頷きつつ、言葉を続ける。


「それ以外にも、敵モンスターが弱い場合に確認しておきたい事がある。ミクとハルカの回復スキルが役立つのか? 回復アイテムも同じだ」


 春香と春人は、納得の言葉を返す。


「なるほど、言われてみれば確かに理解できます」

「おーけー、俺も理解できたと思う」


 春人に若干不安を覚えつつも、先に進む事を促す武彦。何かあってもカバーしてみせると、決意を新たにした。


「ハルト……。まあ、良い。行くぞ」

「「「了解」」」


 武彦の言葉に了承の返事をする3人。それを確認して廊下へと移動をはじめる武彦。美玖・春人・春香が順番に後につづく。

 従魔たちは、リビングで待機となっている。レベル1のため、死なれては困るからだ。

 幸いなことに、このダンジョンのモンスターは徘徊していないようなので、一ヵ所に纏まらせている。


 目的の扉の前に辿り着いた4人。

 ドアを開けるのは春人の役目になったようだ。ドアが開いたと同時に、すぐ入れるように武彦が春人の横にいる。武彦のすぐ後ろに美玖、春香はやや離れた場所に待機となっている。


 春人はドアノブに手を掛けると、隣にいる武彦を見た。武彦が頷いたのを確認した春人は、扉をスーッと静かに開ける。

 もわぁっとした悪臭が、部屋から廊下へと漂ってきた。4人の鼻を刺激したのか、みんなが顔を顰める。天然のトラップに引っ掛かってしまった4人であった。


 室内には、2体の醜悪な顔をしたゴブリンが、2つの隅っこでそれぞれ眠りこけているのを発見した。

 春香はゴブリン自体所見なので鑑定しないとモンスターとしか分らないが、武彦・美玖・春人は自宅で覗き見た事があるため、知っている。


 武彦は、春人に親指を立て「グッジョブ」と囁くと、美玖へと手信号で右隅のゴブリンへ向かうように指示し、自らは左隅のゴブリンへと急接近した。

 武彦は、ゴブリンを小突き倒して、背中を軽く踏んで押さえつける。美玖を見れば、同じく背中を踏み付けていた。

 どうやら2人とも、ゴブリンを手で直接触れるのは避けたようだ。ゴブリンは起きていたとしても、2人の動きについていく事など出来なかっただろう。一般人だと、2人の姿を捉える事さえ難しいレベルの動きだ。この場の誰もその事に気づいてはいないが。



 ――ゴッブゥーゴブゴブッ


 2体のゴブリンが叫んでいるようだが、4人には言葉として伝わらないため、意に介さない様だ。


「ハルト、換気だ換気。そこの窓を開けてくれ」

「りょうかーい」

「ほんと臭いわね、こいつら。薫がうちに出現したダンジョンコアをすぐに討伐したのは、間違ってなかったようね」

「ああ、あの時は勢いで叱ってしまったが、家が臭くならなかったのは、薫のお陰だったんだな」

「これがゴブリンなんですね。どっちもレベル5のゴブリンです」

「そうね。でも、レベル1でこいつらと戦うのは、避けたいところよね」

「うはっ、俺がレベル1の時だとられてるわ。ゴブリンのくせにつえーじゃん」

「春人、そこは仲間を集めたりスキルを工夫して戦うんだ。この家みたいに、廊下の狭い場所でなら1対1でもやれるだろ」

「いやいやいや、レベル1だったら、1対1の時点で負けるっつーの」

「父さんだったら、魔力弾か火弾で遠距離から撃ち逃げしつつ、HPを削れば勝てると思うが?」

「だから、俺にはそんなスキルねえから!」

「タケヒコ、父さんじゃないでしょ。あと、揶揄からかうのはその辺にしなさい」

「すまん。念のため、全員でゴブリンの鑑定結果を確認しよう」



    ゴブリン(0)


 【種族】 子鬼族

 【Lv】 5

 【職業】 一般ランク1

 【状態】 健康

 ・HP  40/40

 ・MP  11/11

 ・腕力  26

 ・頑丈  26

 ・器用  20

 ・俊敏  20

 ・賢力  3

 ・精神力 3

 ・運   9


 【スキル】

 ・棒術レベル1



「どうやらみんな同じ結果で、鑑定スキルに問題ないことが確認できた。まずは俺がわざとゴブリンに攻撃されてみるけど、みんなは手は出さないでくれ」


 武彦は1人1人へと視線を向けた。春香だけが不安そうな顔をしたものの、止めるような発言はしなかった。


「ハルト、ハルカの2人は一緒に、扉を塞ぐ形で待機してくれ」

「「了解」」


 春人と春香が了承の返事を返して、扉へと向かい部屋の出入口を塞いだ。

 武彦は、ゴブリンを踏み付けていた足を退かして、ゴブリンを自由にした。

 ようやく圧迫から解放されたゴブリンは、勢いよく立ち上がった。

 立ち上がったゴブリンは、もう1体のゴブリンを救出する事もなく、叫びながら開いた窓へと突進した。そして、何もないのに壁にでもぶつかったかのようにその場にひっくり返った。

 3秒ほどして起き上がったゴブリンは、今度は武彦へと踊りかかった。

 武彦に飛びついたゴブリンは、手にした棒っ切れで武彦の頭をバシンバシンと殴るように叩く。

 しかし、攻撃を受けている武彦は平然と、否、ちょっとだけ顔を顰めているものの痛がっている様には見えない。


 1分ほどゴブリンの攻撃を受けていた武彦だったが、「ああっ、くせえ」と叫んで、ゴブリンを引きはがして床へと叩きつけた。

 どうやら武彦にとって、ゴブリンの臭いは我慢ならないものであったようだ。


 武彦によって床へと叩きつけられたゴブリンは、ビクビクッとして動きを止めた後、その姿が霧散し魔石へと変わってしまった。

 武彦は、床に転がる1cmくらいの紫色の魔石を拾うことはなく、空間収納で回収した。


「ちょっと、なに倒してんのよ」

「悪かったよ。でもなぁ、マジで臭かったんだから仕方ないだろ。うぇー、くっさ。清浄」


 美玖に謝ってから反論する武彦、夫婦円満の秘訣っぽい。

 吐きそうになるも、根性で踏みとどまる武彦であった。そして、清浄を習得しておいて良かったと、勧めてくれた薫に感謝した。

 美玖も武彦を責め過ぎるような事はしない。ちゃんと加減を心得ているようだ。良い夫婦である。


「もう、仕方ないわね。HPダメージは受けなかったみたいね。レベル差が14あるからなのか、頑丈の差が500以上もあるからなのか、ちょっと分らないわね」

「ていうか、こいつらって消えちゃうんだな。ラノベやゲームだと、耳とか角とかの討伐証明部位ってのが必須なんだけどさ。まあ、ここには、冒険者とかのギルドはないけど」

「ハルト、それは死体が残る場合じゃないの? ゲームだと、角とか牙って感じだったかしら?」

「魔石はドロップしたぞ。それよりも、ここは、ハルカに頑張ってもらうしかないな」

「え!?」


 突然の武彦の言葉に、何を頑張れば良いのかも分らない春香は、戸惑いの声を上げる。


「ごめんなさい。コインを使用していないハルカにしか頼めないのよ。私たちはみんなコインを使ってステータスを上げてるから、頑丈が500超えてるのよ。危険な時はすぐにゴブリンを倒すから、お願い」

「わ・わかりました……了解」

「ハルカ、ほんとうに済まない」

「ハルカねえがんば」

「私も回復が使えるから安心してね」


 春香は恐る恐るゴブリンを踏み付けている美玖へと近寄る。


「まず、こいつを1度軽く叩いて。オーケー。それじゃあ、後はお願いね」


 美玖は春香に軽く声をかけ、ゴブリンから足を離して春香の後方へと移動した。人外の動きであるが、この場では誰一人気付く者はいなかった。

 念のため、ゴブリンのヘイトが春香へ移るように攻撃させた慎重な美玖である。


 自由になったゴブリンは、春香を睨みつけ棒っ切れで攻撃した。一応攻撃される心構えをしていた春香だが、ゴブリンの攻撃にどうしても恐怖心が生まれ、声がでてしまう。


「きゃあ!?」


 バシンバシンとゴブリンの攻撃が、春香に容赦なく加えられる。しかし、攻撃を受けている春香からは「え? 痛くない」と、余裕の呟きが漏れた程度であった。

 しかし、臭いの元が近距離にいる所為か、春香の顔は顰められている。

 しばらくすると、攻撃しても効果がないことを悟ったゴブリンが、春香の腰にしがみつき腰を振り始めた。

 当然、焦る春香が悲鳴を上げる


「ふぇ!? いやっ、いやぁあぁぁぁぁ」


 それに気が付いた美玖は、いち早く春香からゴブリンを引きはがすと、春香に声をかけた。


「だいじょうぶ、ハルカ? 失念していた私の責任ね。本当にごめんなさい」

「もう大丈夫です。こちらこそ、取り乱してしまって、済みません」

「いいえ、私が悪かったの。ハルカは悪くないのだから、謝る必要はないの。わかったわね」

「わ・分かりました」


 美玖により投げ捨てられたゴブリンは、武彦により転ばされ背中を踏みつけられてジタバタしている。


「いや、本当に申し訳なかった。しかしなるほど。腕力と頑丈の差が100以上でもダメージは入らないみたいだな。ハルカ、御苦労さん」

「お・終わったぁ。最初は怖かったですけど、痛くないと分かってからは、臭いが気になってしまって。あの行動は予想外でした。清浄」

「ほんとおつかれ、ハルカ。改めて協力ありがとう」

「はい。助けになったのなら私も嬉しいです」

「ハルカ姉根性あんな。おかげで俺もゴブリンからはダメージを受けないって事がわかったし、サンキュー」

「やっぱり、私もコインを自分に使用します」

「ええ、その方が良いわよ。ステータスが高くないと困るのは自分だから。従魔は後から十分強化できるわよ」

「はい!」


 春香は従魔の強化用に取っておいたマナコイン(小)8枚を使用する事に決めた。

 ステータス差がそのまま安全に直結する事を、身を持って知った春香としては、当然の選択であった。


「よし、次はこのゴブリンを実際に武器を使って倒す事にする。最初に倒したい者はいるか? 全員が経験する事になるんだから、希望者がいるなら優先する」

「はーい、俺がやるよ。順番的にもここは俺の番だろ」

「わかった。ハルトがやれ」

「うっし。俺の鞭捌きをご覧あれってな」

「準備ができたら教えろよ。足をどかすからな」

「いつでもおーけー」


 今から行われるのは、一方的な殺戮になる事はわかりきっているが、武彦と春人の明るい軽口が、場の緊張感を失くしてしまっている。

 どうやら、命を奪う事に忌避感を感じているものは、モンスターも含め1人もいないようだ。血が流れたり肉片が飛び散ったりしていない所為なのかは、4人の誰にも分らない。


 武彦は、ゴブリンを踏み付けていた足をどかすと、すばやく晴人の後ろへと移動した。

 またしても、人外の動きであるが、この場では誰一人気付く者はいなかった。4人とも似たようなステータスなのだから、気が付かないのも当然のことであった。


 自由になったゴブリンは、起き上がる前に春人の鞭で霧散してしまった。しかし、ゴブリンが存在した証拠だと言わんばかりに、小さな魔石が1個だけ転がっていた。


「こいつらモンスターって、血とか出ねえの?」

「どうだかな。オーバーキル気味だから一瞬で霧散してる可能性もある。次は、一部だけ切り落としてみるか」

「なら、私の長刀なぎなたでやってみましょうか?」

「わかった、そうしよう。今度は反対側の部屋へと移動しよう。目標は3体いるから、俺とハルカも攻撃することにしよう」

「りょ・了解」


 かなり物騒な会話をしているのに、武彦と美玖は慣れたようす。春香は、そんな2人について行くので一杯一杯で、もはや深く考えない様にしたようだ。


 その後4人は、モンスターに後れを取る事もなく討伐し、罠にかかる事もなくダンジョンコアの部屋へと到達した。

 ダンジョンコアの部屋には、レベル9のゴブリンファイターが4体いたが、あっけなく片付けると、ダンジョンコアもサクッと討伐してしまった。

 薫の情報通り、ダンジョンコアはマナコイン(小)1枚と迷宮核の宝箱(小)1個をドロップした。

 直に討伐しても、人数分は貰えない事を改めて確認した武彦たちであった。


 初のダンジョン討伐もあっという間に終わり、別のダンジョンも討伐することにした4人。途中、赤ん坊の世話で小休憩を挟みながら、その日だけで5つのダンジョンを討伐した。

 4つ目のダンジョンコア討伐で武彦・美玖・春人の如月一家がレベルアップしたので、次は春香も上がるだろうとみんなが思ったせいもある。

 結果は、予想通り春香も無事にレベル20になる事が出来た。

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