第10話

 タクシーが捕まらない。電話をしても空車がないか応答なし。

 仕方がないので、バスを利用することにした薫である。

 タクシー乗り場から大した距離を歩くことなくバス停へと着いた薫。病院内は大変な状況であるが、意外と利用者がいるものである。

 もし、薫が能力を得ていなければ、おそらくこの様な場所には留まらず、歩いてでも自宅を目指したかもしれない。


 バス停で待っている間、自分は無事でバスを利用して帰る旨を、家族へとメールした。タクシーで帰ってくるものとばかり思っている家族に対して、タクシーの利用が出来ないことと、バスで帰ることをきちんと報せる薫である。


「パトカーや救急車のサイレンが、たくさん聞こえるな」


 薫の呟きに、隣にいた者が声を掛けてきた。


「あんた、随分余裕あるじゃん。もしかして馬鹿なの?」


 生意気な口を叩く少女だと思った。

 おそらく、自分と大差ない年齢だろうとも思った。

 少女の見た目は癖っ毛というか天パだろう、茶髪のショートカットでややつり目がち、大きな付け睫毛と赤のアイラインに青いリップ。ランク付けするなら中の上辺りのケバイ少女だ。


 薫は、少女の物言いにムッとしたので、無視することにした。

 積極的に関わり合いたい相手でもないからともいえる。


「てめえ、無視すんな。つぞ」


 少女は、薫の胸ぐらを掴むと、平手打ちを見舞ってくる。

 この少女、口が悪いだけでなく、手を出すのも早いようだ。


 薫は細心の注意を払いながら、自分を掴む少女の左手を解き、少女の体をくるりと反転させ、背中をそっと押した。この場に、薫の動きを見切れた者は誰一人いなかった。自分のことで精いっぱいの者がほとんどであるが、それでも無理であっただろう。


 少女は何が起きたか分らず、勢いそのままに、反対側にいたバーコード頭のおっさんに、平手を見舞った。


 ――バッチーーン


 少女の手はバーコード頭にクリーンヒットし、とても良い音が聞こえた。薫にとっては他人事である。


 バス停にいる連中の大半は、服などが血で汚れていたりする。本人が直接けがを負っているのではなく、他人の血であろうと薫は考える。でなければ、この様な場所に留まりはしないだろう。

 連中は、気が立っている者、落ち込んでいる者、怯えている者、泣いている者と様々で、大人が大半を占め薫も含め若年者はかなり少ない。

 おそらく、薫に絡んできた少女も、正常な精神状態ではないのだろう。だが薫に、少女の精神状態を慮る必要など皆無なので、あの様な対処をしたのだ。


 薫は、バスを待つ間に、ステータス強化系スキルの改造をする事にした。


 HP上昇・MP上昇スキルで選択したのはストック効果であるが、1.3倍に微増していた。つまりプラス6。ストック合計22だ。


 腕力上昇・頑丈上昇・器用上昇・俊敏上昇・賢力上昇・精神力上昇・運上昇は、プラス2を選択した薫である。ちなみに、ギャンブルの方は3倍またはマイナス15となっていたので、選択肢から即除外した。


 さらに、地図・用心スキルも改造した。今回は、効果範囲を2倍にするを選びレベル3まで上昇させた。その結果、1.2kmの範囲をカバーできる事になった。


 その後、ステータス強化系スキルレベルを5まで上げた結果こうなった。



   キサラギ・カオル(15)


 【種族】 新人族

 【Lv】 15

 【職業】 現創師ランク2

 【状態】 健康

 ・HP  580/580 new

 ・MP  580/580 new

 ・腕力  242 new

 ・頑丈  242 new

 ・器用  242 new

 ・俊敏  242 new

 ・賢力  242 new

 ・精神力 242 new

 ・運   242 new


 【スキル】

 ・空間拡張レベル2

 ・空間収縮レベル2

 ・HP上昇レベル5 new

 ・MP上昇レベル5 new

 ・腕力上昇レベル5 new

 ・頑丈上昇レベル5 new

 ・器用上昇レベル5 new

 ・俊敏上昇レベル5 new

 ・賢力上昇レベル5 new

 ・精神力上昇レベル5 new

 ・運上昇レベル5 new

 ・鑑定レベルMAX

 ・千里眼レベルMAX

 ・情報偽装レベル1

 ・地図レベル3 new

 ・用心レベル3 new

 ・清浄レベルMAX

 ・物理耐性レベル1

 ・魔法耐性レベル1

 ・ストレス耐性レベル1

 ・魔物調教レベル3


 【固有スキル】

 ・スキル改造レベル2


 【EXスキル】

 ・究極空間収納(∞)


 【称号】

 ・生還者         ・大物殺し


 【所有スキルポイント】 22P new



 薫はステータスが強化されて満足していたところに、すぐ近くで泣き喚く声がする。本当は、薫がスキルを弄っている時から無視していたのだが、途中から集中力が増していたので、本当に聞こえなくなっていたのだ。


「ギャアァァァー。ごべんだざい。ぼぉゆるじでぇぇぇ」


 先程の少女は、バーコード頭からボコボコに殴られていた。

 バーコード頭は、少女の髪を掴んで、グーパンで容赦なく殴る。

 助ける者は誰もいない様だ。口出しする者さえいない。


 バーコード頭は、見た目と違いかなりバイオレンスだった。人は見かけによらないとはよく言ったものだと、変なところで感心している薫である。


 しかしながら、流石の薫も未だに続く行為に良心の呵責を覚えたのか、バーコード頭が振り上げた拳をハンカチで優しく掴んで止めた。薫が直接触らなかったのは、彼の拳が血に塗れているからだ。


「おじさん、落ち着きなよ。そんなに暴れたければ、あっち(病院内)に行けば? 後ほら、おじさんが暴行している証拠の動画もあるよ」


 薫の言葉に、バーコード頭の目に理性の光が灯ると、男はすぐに叫びながら逃げ去って行った。

 過度のストレスがバーコード頭の人間性を一時的におかしくしていたのだろうか。正確なところは誰にもわからないが、バーコード頭が少女に暴力を振るうことになったその原因の一部は、薫の所為でもあるのだ。


 少女は顔を両腕で隠し、地面に蹲っている。少女の服やすぐ近くの地面には血が飛び散っている。因果応報であろうと思う薫。だから薫には、これ以上少女に救いの手を向ける気はない。

 ここで助ければ、良い関係になれる可能性が高いのに、薫には1nもないのであった。理由は、今の薫は3体の従魔にとても関心があるからだ。



 スマホで情報を見るに、日本中で事件が起きているようだ。SNSには、多種多様なモンスターの画像が多数アップされている。情報化社会恐るべし、否、この場合はかなり頼もしい。

 この県も例外ではないのだろう。だから、サイレンの音が聞こえても、この病院に警察や消防が来ていないのだ。

 SNSには、発電所や電気通信施設などのインフラに関する安全を危惧する書き込みも見られる。


 突如モンスターが現れたのだから、安全な場所なんて誰にもわからないだろう。だが、現代社会のライフラインの1つである電気が止まれば、浄水場も機能しなくなるし確かに困る。一般人は。システムから購入できる薫は、今のところ全く困らないが。


 この周辺だと、個人宅でもモンスターが発生しているらしい。

 小学校が1ヶ所・中学校が2ヶ所・高校が1ヶ所・図書館が1ヶ所・警察署が1ヶ所・市役所・県庁そしてこの病院のようだ。商業施設は、もっと多くて酷い有様らしい。


(僕が家に帰るまで、バスは運行しててくれよ)


 またトラブルに巻き込まれるのは嫌なので、心の中で呟く薫であった。薫は学習するのだ。


「いだいいだいいだい……うううぅぅぅいだ~~いぃぃぃぃ」


 なぜか少女が泣きはじめた。

 声に出すって事は、同情を引いて助けてもらおうという魂胆があるのだろうか。

 みんな理解しているのか、それとも他人に手を貸す余裕もないのか、少女に反応する者は1人もいない。


 薫はバスの到着予定時刻を再度確認し、少女を抱き上げると、病院のスタッフがいる避難場所まで運び、軽く状況を説明して押しつけた。


 少女の体は柔らかくとても軽かった。

 現在の薫にとって、100人でも軽く運べそうな気がした。100人を抱えられたらの話だが。



 帰る途中、本でも購入するかと思った薫であったが、家族と合流することを優先した。

 バスから眺める景色は、緊急車両が通る以外は、事故を起こした車両を時折見かける程度であった。車中にモンスターでも発生したのだろうかと、ばかな考えが浮かぶほど余裕のある薫であった。

 多少渋滞気味であったので、バスの進行速度はかなり遅かった。

 地図には、数えるのも億劫になるほどの赤い点が集中している地点が十数か所確認できたが、薫が行動を起こすことはなかった。


(外にいればモンスターに襲われない事は、あの病院の建物外に避難した者なら理解できるだろうから、誰かが情報を流すだろう。他の場所でも、気付いた者はいるだろうし)


 自分からは、積極的に情報発信する気が皆無な薫であった。

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