時は金なり。

荘園 友希

スポットライト

 私は銀行の忘年会でスポットライトを当てられ、一言を求められていた。私自身がとった自覚はなくて、全員で得られたものだと思っていたからである。


 銀行員というのは基本的な業務として個人の預金管理や投資信託、それに加えて激務で有名な営業職があった。私はその営業職の端くれで、毎月営業成績が貼り出されるが下の方で燻っていた。私の銀行は地銀なので営業の仕事とは小さな個人事業主への融資が多く、ドラマであるようなメガバンクの煌びやかな世界とは180度違い、地味な営業活動だった。大きくても地場産業の製薬会社の融資の件が精々だった。私は今日も営業車で取引先を回っては断られ、また別の取引先に行っては競合銀行に取られていたりと営業成績が振るわなかった。いい取引先というのは先輩社員が先に手を出すか、先輩社員に引き継ぐことになっているので私が成績に反映されることはまずない。とはいえ、融資の相談は着実に増えていた。テレビを見ると世界的疫病の拡大のニュースが盛んに議論されている。全産業がダメージを受けているのである。しかし、銀行というのはこういう時にこそ最も無力で、回収することのできない不良債権になることを恐れて、貸し渋りをするのである。銀行の融資というのは個人の預金を利用して投資することだから預金分を確実に残しておく必要があるし、それに対してほんの僅かではあるが配当が利子という形で個人に流れるので常にギリギリの経営状況ともいえる。お金は持っていても大きく動かすことはなかなかできない状況だ。いくら地銀トップ3と言われた銀行だったとしてもリスクは背負いたくないのでリスク回避のために融資は断るケースが最近は増えているように感じる。世界恐慌が今まさに起きているのである。中国のある都市を中心に蔓延したその疫病は今や全世界に広がり全産業に影響を与えている。私たちはその産業を守るべく融資を行うのだが、疫病が流行りだして2年たった今でも有効な治療法は確立されていなくて、私たちの生活を脅かしていた。操業100年を迎える老舗旅館の倒産程度の話などよくある話に変わってしまった。

 家に帰ると今日も私はテレビでニュースを見ながらくらい世界情勢の話を聞いている。香港の航空会社は大規模リストラを決め、日本の航空会社もリース機を半分に絞るとニュースで流れていた。IT産業が活発になっているとは言うものの私たちにとっては製薬会社が儲かってくれないと私たちの利益にはつながらないのでどんなニュースもどこ吹く風だった。ビールを飲みほして、焼酎にでも移ろうかとしているときだった。大手航空会社のNJSが融資先を探しているというニュースが流れていた。銀行筋ではそのニュースは有名でありメガバンクが支援するのだろうと高をくくっていた。私はチャンネルを変え9時になると毎週楽しみにしているドラマを見始めた。巨大投資銀行の行員が経営陣と争って融資を取り付けるという行員の華やかな部分だけをそぎ取ったようなドラマだったが、銀行の営業にとって時々あることが出てくるのでそれ見るのが楽しかった。有名な俳優が主役でイケメンだったし、台詞回しもとてもうまくて、今期のドラマでは圧倒的な視聴率を維持していた。

 翌日会社に行くとNJSの融資の話でにぎわっていた。昨日のニュースだとメガバンクで決まりというような報道だったがどうやら地銀にも融資を広げているということだった。融資というのは単純に言えば会社の借金だった。貸し付ける代わりに数パーセントの利息を取って稼ぐのである。私たちは早速チームをつくりNJS融資チーム全体で取り組むことになったが大きな誤算がそこにはあった。私がメンバーに加えられたことである。もちろん私は期待してなかったしきっと会社も期待はしていないだろう。大方、営業成績の悪い人間を入れておくことでぶら下がり社員の士気の向上を目的にしたものだとその時は思っていた。

 営業全体の方針としては1パーセントの超低金利での貸し付けを行う方針だった。とはいえ額が額で8000億円にものぼる融資になる予定だった。とすると80億は利息を稼ぎだすことになるので近年まれにみる大規模融資だった。早速営業のトップ集団がNJSの経営陣との対談に入った。メガバンクがいくらを提示したのかは隠されていてわからない。条件というのは隠されているのが一般的でましてや私のような平社員が知る由もなかった。

 営業活動は難航を極めた。結局対談にいった営業マンは門前払いに遭い交渉する権利さえなかった。チーム全体の空気が悪くなっていき、次第に会社全体も久しぶりの大規模融資に期待していたのに興ざめだった。

 チームに入ってからというもの、ほかの営業に回ることができなくなってしまった私は今月はビリ確定だった。やけになっていつも行きつけのバーに行ってやけ酒に耽ろうと思って帰り際バーに立ち寄ることにした。マスターとは学生時代からの付き合いでマスターは私の愚痴聞きだった。いつもはビールから始めるのだけれどその日は今月の成績のことを考えるだけで嫌気がさしたので強いお酒にを注文した。マスターは美しい花を添えたカクテルを出してきた。

「なにー?わたしを誘ってるのー?」

「いや、あなたまたうまくいかなかったんでしょ?それはおごりよ」

接客業っていうのは不思議でどんなに強そうな男性の店員でもオネェのような口調になってしまう。ほかのバーに行った時もマスターだけはオネェだった。

「強いのって頼んだのにカクテルなの」

「まぁ飲んでみなさい。そんなに弱くないわよ」

私は華やかなそのカクテルを一気飲みした。

「あら、また今日はやけね」

「そうよ、商談はうまくいかないし、チームで動いてるんだけどそれがまたうまくいかなくて」

「あらぁ、それは大変ね」

マスターと私は一対一で大抵飲んでいるのだけれど今日は先客がいた。私は小声で

「マスター、あの人だれ?」

と気になったことを聞いた。

「駄目よ、それは企業秘密」

そういって教えてくれなかった。

「だったら私から絡んじゃうんだからいーもん」

私は二杯目はもっと量の多い強いお酒を頼んで先客の隣に座った。

「暗い顔でどうしたんですか?」

その客は浮かない顔をしていた。いや、思いつめていたといってもいい。

「この疫病のせいで会社が回らなくてね、ははっ」

「どこもそんなんです」

私は当たり障りのない返答をした。

「どうしてこんな時間にバーに来てるんですか?普通なら飲み会してからバーでしょ?」

「それは君も同じでは?

「“君”ってなんか重役っぽいー。なんかの役職もちですか?」

まぁ、と口を濁した。

「まぁ景気は悪くなってますけど、必ず回復します。そのための銀行ですから。」

「君は銀行員なのかい?」

「そうですよー、これでも地銀トップなんですー」

トップ3の間違いだが誤魔化してトップと言って自分自身にも嘘をついて納得させようと言いう気持ちがあったのかもしれない。

「じゃぁ、偉いなら“先生”って呼ばせてもらいますね」

「それはそれは」

先生は失笑していた。

「マスターいい人なんでなんでも言っちゃってください」

二杯目が届くとそれもまた一気飲みした。

「あなた、酔いが回るからゆっくり飲みなさい。」

「だってー、結局私なんて当て馬なんですよ。優秀な営業さんのお飾り。私はいつまでたっても平社員なんです。窓際族なんです」

「窓際族なんて最近は言わないわよ。あなた大丈夫?」

「大丈夫ですー」


 私は成績が悪いのに加えてチームに所属したことで雑務が増えて言って悪循環を生んでいた。日に日にフラストレーションがたまってはバーに行きマスターに愚痴っていた。

「結局どこもメガバンクなんですよ、私たちがどんなに親身になっても結局は“癒着”なんですよ。大手の融資なんてとれるはずがない」

とそこに先生がやってきた。

「こんばんわぁ」

「どうも、今日は君が先だったね」

「もう酔ってますよー、ほら先生もここに座って話しましょう」

 先生と話す機会はここ最近急接近したように増えて行って色々な話をしてくれた。

「君は成績がわるいというけど、自分が何で悪いのか考えたことはあるのかい?」

「なーに?説教ですかー?」

「そういうわけじゃないけれども」

「世間はイケメンが占めてるんです。私は自分なんて出したことありませんし、どこに行ってもにこやかに挨拶することばかり、実際には融資すれば会社をおっきく出来るのにビジョンがないんですよどこの社長も」

「…」

先生が珍しく黙りこんだ。

「なーに?先生のとこも困ってるの?お助けしますよー。愚痴聞きだけなら。私平社員なんで」

翌日先生はいつものくたびれたスーツじゃなくて仕立てのいいスーツを着ていつもの椅子に座っていた。

「先生、今日はお先なのですね」

「君も酔ってなければ真面目な口を利けるんだね」

「そうやって茶化さないでください。私は真面目ですっ」

金曜日ということもあって先生との話は夜中まで続いた。どうやらどっかの大企業の重役で、疫病の渦中で経営がうまくいかないらしい。何の業種なのか先生は濁していた。

「うちは責任をもって会社を大きくします。ただの“金貸し”の銀行とは違うのでアドバイスだってしますよー」

「…」

ここのところ先生はだんまりを決め込むことが多かった。

「ところで君はどこの銀行なんだい?」

「私は地銀トップですって、察してください。あ、マスター、先生に一杯私のおごりでギネスビール出してあげて」

「はいはい、困った子ねぇ、最近通ってるけど仕事は大丈夫なの?

「ダイジョーブです!徹底的に平社員やってます!」

「そういうところがいけないのよ…」

「先生のとこだったらいくらでも融資しますよ。もちろん、私のアドバイス付きで」

「ははっ、それは頼もしいね」

「私じゃ不満って感じじゃないですかー」

「そういうわけではないよ」

「私はこういう人なんです。好きな仕事もまともにやらせてくれなくて、本当は企業を助けてあげたいのに、高利貸しばっかで逆に企業を苦しめてるんですよ」

 ある日ぱったりと先生が店に来なくなった。

「あれぇ?先生は?」

「もう来ないんじゃないかしら、決めたそうよ。いろいろと。」

「色々ってなーに?わかんないんだど」

「あなたの一言に励まされたってこの前言ってたわ」


 バーとは裏腹に銀行業務はシステマティックに進んでいく、融資の取り付けもなかなかうまくいかないらしい。ほかの企業への融資も決まらない最中。NJSへの融資が決まった。まさかと思ったがメガバンクに勝ったのだ。それとともにリーダーから私に

「君の名指しだ、頑張ってくれ、融資後の相談も期待しおられるようだからくれぐれも失礼のないように」

あってもないことに私ははっとしてしまった。8000億ともいわれる融資。私は経営陣に顔さえ合わせたこともないのになんで。

 私ははっと気が付いて仕事中にも関わらずバーにいった。

「ねぇ!マスター!」

「あら、どうしたのこんな早い時間に、仕事でしょう?」

「先生!先生は!」

「だから来ないって」

「NJSの役員でしょ!」

「あら、やっと気づいたの?」

「やっとじゃないよ!今日出勤したら私ご指名で融資が決まっててびっくりして急いできたんだよ!」

「運のいい子ね。あなたは、昔っから。今の銀行だって運で入ったようなもんでしょ?あの方はね、資金調達先をかなり悩まれてたのよ。」

それを聞かされてゾッとした。そんなお偉いさんと話していたとはつゆ知らず、どこかの中小企業の社長かなんかと思っていたのだ。それがNJSの役員だなんて。確かに本社は東京だったけど、何千何万といる都市のほんの端くれで商談は進んでいたのだった。


 その後も順調に話は進み、新聞にも掲載された。そして、初めてバーではなくNJS本社で先生を目にした。

「ほほ、やっぱり君だ。いつも通りでいい」

「そんなわけにはいきません。私をご指名していただいたそうですが、なぜ」

黙っていた先生はやっと重い口を開けた。

「融資なんていうものは私たちの会社だったらいくらでもある。悪く言うこともなければよく言うこともない。でもね。君は言っただろう?お金じゃないんだって。大きくしたいんだって。それに賭けてみることにしたよ。大きな賭けだがね。」

「私なんてただの平社員です、優秀な営業に申し伝えて後日ご挨拶に伺わせます。」

「いや、君でいい。君がいいんだ。」

冷や汗をかいた。私はなんてことをしてしまったのだろうと。

 その後も先生とのやり取りは続きリストラの回避策や飛行機のリース費の商談に至るまでまるで秘書のように日本中を走り回った。


 そして5年後の今、NJSはトップ企業として今も飛行機を全世界へ飛ばしている。

 五年前融資が決まった時、忘年会で言った言葉を今でも覚えている。今でも平社員だけどきっと忘れない。


 銀行が金貸しをするんじゃなくて

 銀行が企業を育てるんです

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時は金なり。 荘園 友希 @tomo_kunagisa

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