第206話/Cry Out

ゆらゆらと動く恋模様と口ずさみながら私は美沙の家のベッドでくつろぐ。

私が口ずさみながら歌っているのはStellaのお気に入りの曲だ。


今日は美沙にドラマのことと大学受験のことを報告したくて泊まりに来ている。

美沙が飲み物を取りに行ってる間、大好きな曲を口ずさむ私は完全にリラックスモードで、美沙の家は私が私でいられる場所だ。


「みのり。お茶、持ってきたよー」


「ありがとう〜」


「あっ!まだ、髪を乾かしてない!」


「あっ、忘れてた」


「ほら、飲み物を飲みながらでいいから、ここに座って。私が乾かすから」


「やった。ありがとう」


私はベッドから床に降り、あぐらをかき座る。美沙はベッドに座り、後ろからドライヤーで髪を乾かしてくれて、美沙の手が気持ち良くて仕事の疲れが取れていく。


「気持ちいいな」


「爪とか当たってない?」


「大丈夫だよ」


寧ろ、温風の温度や美沙の手の感触が気持ち良すぎて眠気が襲ってくる。でも、まだ何も伝えてないから寝るわけにはいかない。


「美沙」


「何?」


「この前ね、ドラマのオーディションに受かったんだ」


「えっ、凄い!おめでとう」


「へへ、ありがとう」


美沙がドライヤーを止め、私に何度もおめでとうと言ってくれた。今回は絶対に美沙には早めに言うと決めていたからちゃんと伝えられてよかった。


「ドラマはいつからなの?」


「10月からのドラマ」


「そっか。じゃ、もうすぐで撮影に入るんだね。体調気をつけてね」


「うん。あとさ…大学受験辞めた」


「そうなんだ。でも、やっと安心できた」


「美沙と同じ大学に行きたかったな…」


「私はみのりが過労で倒れる方が嫌」


「そうだよね…ずっとさ、気を張っていたから、かなり楽になった気がする」


仕事以外で夜更かしすることがなくなり、勉強に追われることがなくなり、かなり精神的に楽になった。でも、少しだけ悲しい。

自分なりに努力はしていたから…全てが無になったわけではないけど終わってしまった。


「みのり、ドラマはどんな内容なの?」


「ラブストーリーかな。ラブ・シュガーって漫画本が原作のドラマ」


「ラブ・シュガー?少女漫画?」


「女性誌の漫画。GLなんだ」


「えー、GL!ふふ、みのりにピッタリだ」


「なんでよー」


「そのうち分かるよ。そっか…GLか。みのりにハマり役すぎてちょっと怖いな」


「そんなに?マネージャーのよっちゃんからもメンバーからも似合うって言われたけど、自分ではよく分からないから変な感じ」


「そんなものだと思うよ。寧ろ、みのりが自覚してる方が嫌だもん。みのりは自覚がないから魅力が爆発するし、自然体でいいんだよ。みのりは自然体が一番魅力的だから」


美沙に自覚してないって言われたけど、何を自覚するのかが私には分からない。よっちゃんやみんなはカッコいいとか褒めてはくれるけど私が一番知りたいことを伝えてくれない。


私の魅力って何…?歌だと思っていたけど、ラブ・シュガーのドラマが決まってから歌ではない魅力のことばかり言われる。


「キスシーンあるの?」


「うん。結構あるって言われてる」


「そっか。うーん、見たいような見たくないような気分」


「えー、何で?映画の方は楽しみにしてるっていったじゃん」


「それは相手が高橋賢人だからだよ」


「何それ」


「同性だとみのりを取られた気分になるの」


美沙が寂しそうな声で言うから私はどう返していいか戸惑ってしまう。愛とは演技でキスをするだけだし。


「今日はみのりに沢山甘える!」


「うわぁ」


美沙が横から私に抱きつく。そして、私をじっと見つめ拗ねた顔をする。


「憎たらしい顔だな」


「暴言ー!」


「このこの」


「こら、顔を潰すな」


手のひらで私の顔を潰す美沙。別に私の顔を遊ぶのは別にいいけど今日は力が強い。


「美沙、痛いよ」


「ごめん」


美沙の拗ねモードが終わり、今度は甘えモードになったせいか私達の距離が0になる。

美沙の体温が温かい。そして、美沙の甘い匂いのせいか、心が緩くなったせいか…誰にも話すつもりがなかった話を口にしていた。


「ねぇ…美沙」


「何?」


「私さ…一度、女の子に告白されたことがあって、、」


「綾香?」


「えっ…なんで知ってるの?」


「分かるよ。みのりのことは全てね」


「綾香はさ…私のどこが良かったのかな?恋愛に対してドライだし、それに私は女だし」


「恋に同性とか関係ないよ。性別関係なく惹かれる気持ちは止められるものじゃない」


「そうなんだ…」


「それに、私とみのりの関係も異質だから」


「えっ…」


私は美沙の思いがけない言葉に言葉を失う。綾香に梨乃に言われた言葉を美沙が言うなんて思わなかったし、美沙がそんな風に思っていたことが少しだけショックだった。


「ショックを受けた顔してる」


「だって…」


「きっと、誰が見ても私達の距離感は近いと思うし仲が良すぎるかな」


「そうなの?普通だと思ってた…」


「私は最初、ずっとドキドキしてたよ。みのりは距離が近いから」


「そっか…ごめんね」


「謝らないで。みのりと私の距離は私達だけの距離だから嬉しいの。それに、私はみのりに触れるのも好きだし触れられるのも好き」


「美沙が言うとエロいね」


「なんでよ!」


私は過去を誰にも話したことがない。話しても何も変わらないし、苦労話なんて苦悩を分け合うだけど思っているから。

でも、初めて過去を話したことによって美沙が思っていたことを初めて知った。


そのせいかな。ずっと奥底に押し込んでいたものを抑えることができなくなった。

別に話すことによって楽になりたいとかではない。ただ…話したかった。


「美沙…私ね、トラウマがあるんだ」


「トラウマ?」


「トラウマのせいで女の子が苦手になった」


「みのりが女の子に対して苦手意識を持っていたのはなんとなく気づいていたけど…昔、何かあったの?」


「私のファーストキスは女の子なんだ。私はずっと代用品だった。欲を発散するおもちゃで、私の意思はないものだった」


「みのり…」


「だから…美沙に出会えて嬉しかった。美沙が私を守ってくれたから」


「えっ?」


「美沙が私のボディーガードをしてくれた。美沙だけが私をちゃんと見てくれた」


「みのり…泣かないで」


「ごめん…初めて吐き出したから」


ずっと忘れようとしていた。でも、人間の脳は嫌な記憶がなかなか消えてくれない。


「ずっと、綾香を傷つけたことが苦しかった。大事な友達だったから。でも、トラウマから抜け出せてないから綾香の気持ちを考えることも出来なかった…」


「みのり…人は全てを理解することは無理なんだよ。私もみのりの苦しみに気づかなかった。だから、仕方のないことなの」


「美沙はいつも優しいね」


「みのり限定だけどね」


「ありがとう…」


今も泣いている私は美沙に強く抱きしめられ、美沙の温もりに心を休める。

私はずっと苦しかった。自分を誤魔化してた…負けたくなくて、悔しくて。

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