第161話/ラディカルな思想

松本梨乃.side


楽屋の椅子に座り、みのりが美香と由香里に挟まれ、2人と会話をしている。私はみんなの近くの椅子に座り、会話に参加せず、みのりの背中を見つめた。

3人の輪に入ることは出来るけど、色々と考えたいことがあり自分の時間が欲しかった。


私はいつもみのりに助けられた。でも、私はみのりに何も出来ていない。恩返しも、助けることも何もかも…


もし、私が谷口さんと同じことをしたら大変なことになっていた。どちらにしても私は見てることしか出来ない傍観者。

芸能人という立場が私を雁字搦めにする。有名税などの馬鹿な言葉と一緒。



よっちゃんが「ただいまー」と言いながら楽屋に入ってくるなり、美香と由香里がよっちゃんが手に持っている袋の元へ行く。

私は席を移動し、みのりの隣をゲットした。みのりは私が隣に座ると「お腹空いたね」と笑顔を見せてくれた。


「みのり、梨乃。ご飯食べよう」


よっちゃんが私達を呼び、私はみのりの手を握り立ち上がる。みのりは素直に手を握られたまま立ち上がり、握り返してくれる。

人の温もりは、心と体を温かくする。まるで湯たんぽみたいに、じんわりと温もりをくれ、快適な暖かさにしてくれる。


お弁当を食べ終わった後、みのりは1人どこかに言ってしまった。きっと…谷口さんに電話をしているのかもしれない。

みのりがずっと不安そうな表情をしているのに気づいていたし心配なのだろう。


しばらくして、みのりが戻ってきたけどまだ暗い表情だ。もしかしたら、谷口さんと連絡が取れなかったのかもと思いながら、私の隣に座ったみのりの腕に絡みつく。


みのりと過ごせる時間を大切にしたいし、もうすぐしたらこのライブハウスとも別れる。

だから、一分一秒でもこの場所で過ごせる時間を大事にしたかった。



だけど、みのりの表情が変わらないのが寂しい。今、みのりが一番会いたいのは谷口さんで私じゃないのが苦しい。

谷口さんはみのりにとって特別な人。この変わらない位置にやきもちを焼いてしまう。


みのりの普通を狂わす谷口さんが羨ましくて、妬ましくて、悔しい。

私だってみのりと揃いのネックレスを付けたい。だけど、二番煎じは嫌。


谷口さんとお揃いのネックレスを付け、携帯を見つめるみのりの横顔を見つめながら、私は途方に暮れる。

私を少しでも見て欲しいのに、みのりは今…谷口さんのことしか考えていない。





なんて、馬鹿だよね…みのりは苦しんでいるのに自分のことしか考えてない。

ご飯を食べたら、いつも「眠いー」と言いながら寝ようとする美香と由香里がずっとみのりの心配をしている。


「みーちゃん、甘い紅茶買ってきたら飲んで。気分が落ち着くから」


今日の美香はしっかりした女の子だ。由香里も笑顔でみのりに「お菓子あげるー」と言い、明るい雰囲気を作り出そうとしている。


でも、美香と由香里のお陰でみのりの笑顔が戻ってきた。優しい笑顔で「ありがとう」と言うみのりに2人も更に笑顔になり…


私の子供じみた感情を反省する。今、出来ることがあるのにそれさえも放棄し、私も勝手に落ち込んで、妬んで…


みんな、それぞれ自分がやれることをしている。私は谷口さんみたいにはなれないし、きっと特別な位置にはいけない。

だったら、作ればいいんだ。別の席を作る。みのりと谷口さんが異質な関係なら私は無くてはならない関係になる。

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