第68話/光の道

吉田夏樹.side


受かっていたらいいなと、原作者の推薦だからもしかしてと微かな期待はあった。でも、それは本当に微かな期待だ。

梨乃は演技経験もないし知名度もない。あるのは原作者の推薦だけで…って言ってもかなり大きい後ろ盾ではあるけど。


でも、そんな簡単に大役が受かることはない。役柄が合っていなければ、いくら原作者が推薦しても断られる。

それに一番厄介なのが事務所の力だ。大手事務所の力はとても強く、うちにみたいな中小事務所はどれだけ頑張っても負ける。


だから、梨乃が選ばれてめちゃくちゃ嬉しかった。梨乃はヒロインそのものだし、原作者のお墨付きもあり、きっとこのドラマは成功すると確信している。

でも、ここからだ。まだ簡単に喜んではいられないし、まだスタートをしていない。


それに、ずっと不機嫌そうにしている梨乃をどうにかしないといけない。大役を掴んだのに不機嫌そうにする梨乃は本当に凄い。

奇跡みたいなことが起きたら普通は喜ぶのに、全く嬉しそうな顔をしない。


ずっとみのりを気にして…私はさっき、梨乃がみのりに近づいてキスしそうだったから慌てて部屋に入り声を掛けた。


そのせいもあって、機嫌が悪い梨乃は私のことを一切見ない。きっと、私は邪魔者だと敵対視している。

梨乃の頭の中はみのりはことだけで、盲目の恋をしている梨乃をどう動かしていくか考えないとCLOVERの未来がかかっている。


だから…必ずみのりにクラスメイトの役を受かってほしい。みのりが一緒の現場にいれば梨乃は頑張るはずだ。

それに、みのりは女優志望だし経験を積ませてあげたい。19歳はまだ若いけど10代のうちに学生役をやれることは稀でもあるから。


「ねぇ、よっちゃん。このドラマのさ、他の役者はもう決まってるの?」


「ある程度はね。主役と三番手の役の子は決まってて、あっ、今回受けるクラスメイトの役は三番手の子と仲良しの役だから結構いい役だよ」


やっと、やる気が出た由香里の質問に答えるとみんなの表情が明るくなる。

クラスメイトの役って聞くと学園ドラマではエキストラに近い役を想像してしまうけど、オーディションをするぐらいの役だから台詞もあるし、何よりちゃんと画面に映る。


みんながオーディションを受ける役は原作でもなかなか良いポジションで、梨乃がヒロインに受かったからこそCLOVERにオーディションのオファーが来た。

これぞ相乗効果。1人でも注目されると、後のメンバーにも恩恵が来る。


「スポーツが得意の役だから、みんな頑張ってね。確か、設定ではバスケが得意なのかな。うん、確かバスケ部の子だったはず」


「えー!それって、もしかして早月役⁉︎」


「そうそう!鮎川早月」


「うそ!めちゃくちゃいい役だよ!ヒロインが主人公以外に唯一心を通わせる役だもん。クールだけど優しくて、ヒロインが何かあったときに助けてくれるの」


原作を知っている美香が鼻息を荒くしながら鮎川早月役がどれだけいい役か語る。

確かに原作でも四番手なのに目立つ役で、カッコよく、人気のあるキャラだ。

ヒロインが惹かれていく女の子。まさに、みのりみたいな子で…


そう言えば、漫画を読んだ時にみのりを思い浮かべた。時系列だとこの漫画はCLOVERが結成されるより前に描かれている。

だから、関係はないはずだけど梨乃やみのりを彷彿させるキャラがいるのが気になる。


奏多先生は何者なんだろう?奏多先生は絶対、みのりも知ってるよね。


「ねぇ、みのりってバスケ得意?」


「スポーツは得意だよ」


「好きな食べ物って何だっけ?」


「ハンバーグ」


「ハンバーグなんだ…」


点と点が繋がっていく気がした。鮎川早月はスポーツが得意でハンバーグが好きなキャラだ。そして、みのりもスポーツが得意でハンバーグが好き。

ただ、これだけで判断は出来ないし、みのりを想像して作られたキャラかはまだ確率的にも低く、何よりも決定打がない。


でも、有名漫画家の人がいくらCLOVERを知っててもそんなことをするだろうか?

普通はあり得ない。そう、あり得ないのだ。だけど、私の中で鮎川早月はみのりであり、みのりしかあり得なくなっている。


もし、夢物語的なことが本当だったら大きなチャンスだ。主人公は人気アイドルグループの高橋賢人君で、三番手の役は梨乃と同じオーディションを受けていた人気若手女優の森川愛ちゃん。

みのりが早月役に受かったらCLOVERは予想の何倍も大きく注目されデビューする。



事実は小説より奇なりであり

まさに青天の霹靂である

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