第44話/絶対的フォルマリズム
レコーディングの日々が終わり、今日は大晦日で、今年最後のライブの日である。
私は午前中に大掃除を兼ねた部屋の掃除を済ませ、きちんとした洋服に着替えライブハウスに向かうため準備をする。
二階から下に降りるとお母さんがリビングの掃除をしており、私はコートを椅子に置き、出掛ける前にお母さんに声を掛けた。
「お母さん、今日はライブで遅くなるから」
「気をつけてね」
私との会話に掃除機を止めずに話す母。掃除をしているから仕方ないけど、私を見ようともせず送り出そうとする。
「あとさ、、私、大学受験しようと思う」
「えっ…」
流石、学歴主義のお母さんだ。大学って言葉を出した途端、掃除機の電源を切り私の言葉に耳を貸す。
「みのり、大学に行くの?」
「うん。受験したいなって思ってる」
「そうなの⁉︎えっ、美沙ちゃんと同じ大学⁉︎」
「まだどこの大学かは決めてないけど、美沙と同じ大学もいいかなって思ってるよ」
お母さんの表情が明らかに変わっていく。嬉しそうで、しまいには掃除機を床に置き「せっかくだから、美沙ちゃんと同じ大学にしなさいよー」と笑顔で進めてくる。
美沙がお気に入りのお母さん。私と同じ進学校に通い、お母さんが認める大学に通っている美沙は理想の娘の友達なのである。
私も美沙と同じ大学がボーダーラインだと思っているけど露骨に顔に出ていて嫌になる。
「もう参考書は買ったの?」
「買ったよ」
「参考書代はお母さんが出すから後でいくら使ったか教えてね。あっ、そうだ。夜食とかいる時はちゃんと言いなさいね」
「分かった」
大学受験は私のため。でも、お母さんは自分のことのように喜ぶ。きっと欠落していた娘が自慢の娘になることが嬉しいのだろう。
私が有名大学に受かったらまた自慢の娘に舞い戻り、親戚に自慢できる。
お母さんの態度は手のひら返しみたいで癪に触るけど、私のために頑張ると決めた。私のアイドル人生を華やかにするための受験だ。
「じゃ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
今日が終われば年が変わる。お母さんに大学受験のことを言うなら今日だと決めていた。
私への戒めでもある。失敗は許されない、来年の私は生まれ変わるという決意表明。
電車の中で駅に飾ってある広告が目に入った。私の好きなアイドルグループの広告。
私もいつか大好きなアイドルグループと並び、同じ位置に行きたい。
今はまだ遠い夢だけど私は這い上がってみせる。CLOVERはキッカケさえ掴めればきっと上に上がれると信じているからだ。
何かキッカケさえあれば…
えっ、あれ?私の推しメンが…いない。えっ、何で?人気メンバーなのに。
私の好きなアイドルグループは選抜制のある大人数のグループで、新しいメンバーがオーディションで加入するシステムだ。
メンバーの新陳代謝。これは大人数のグループならではで卒業制度があるからだ。
CLOVERみたいに少人数グループは基本、卒業システムはない。ずっと、グループに所属しながら個人でも活動する。
別に、みんな卒業制度を分かっててオーディションを受けるし加入するから問題はない。
でも、ここからが大変だ。選抜に入らなければ、個人を売らなければ卒業後…消える。私はそんなメンバーを沢山見てきた。
だから、どれだけグループの一員として活動していく期間で自分の名を売るか重要で。
私の推しメンは人気メンバーだから広告やCMに必ず入る選抜メンバーだった。
確かに新たなメンバーが加入したけど…
だからこその新体制。私の推しメンは下がってしまった。でも、これは仕方のないことで新しいメンバーをお披露目しないといけないし、宣伝しないといけない。
分かっているけど…現実が残酷でキツい。
アイドルは過酷だ。現実を嫌というほど見せられ、突きつけられる。
そして、外の世界はもっと過酷で残酷で、卒業後に売れるメンバーは1割。この1割に入らないと消えていく。
あれだけ華やかなスポットライトを浴び、大きな歓声を聞いていたのに、一瞬で価値が無くなるなんて信じられないよね。
私はそんな過酷で残酷な世界にいる。でも、CLOVERはまだあそこに並べてもいない。
ずっと、下位層で必死に上に上がろうともがいている。地下から抜け出せていない。
どん底で、光はまだ遥か彼方だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます