第25話/水の中の息継ぎ

やっと決まったメジャーデビュー。嬉しいことなのに私はまだ親にデビューすることを伝えていない。

私のお母さんは私が今もアイドルをやっていることを心の中では反対している。


お父さんは応援してくれているからちゃんと報告したいけど、お母さんの反応が分かっているから躊躇していた。

きっと「良かったね」と言うけど喜ばない。私の人生を潰した人だから。


私は一度、最終審査までいった大型アイドルオーディションを辞退している。

中学3年生の私は有名な進学校(母校)を受験することになっていた。


お母さんにアイドルをやりたいなら勉強もしっかりやりなさいと言われたからだ。

なのに、頑張って勉強して進学校への合格を勝ち取った私はお母さんのせいで絶望する。


お母さんが最終オーディションへ進む合否の手紙を隠していた。お母さんの言う通り、進学校へ進むのにお母さんは私の夢を潰した。

最終オーディションに行けていたら私は人気アイドルグループの一員になれてたかもしれない…今も悔しくて泣きたくなる。


この日から私とお母さんの間に確執がある。初めて酷い言葉を使ったのもこの日だ。

この日以来、お母さんは私に対して後ろめたさを持っており小言を言わなくなった。

流石に大学へ行くか行かないかではお母さんと喧嘩をしたけど私の粘り勝ちした。


でも、地下アイドルをしながらバイト漬けの娘にきっと失望しているはずだ。

有名進学校に進みながら大学にも行かず、夢を追い続ける自慢の娘の転落人生に。


ても、私の人生は私の物だ。お母さんに口を出されたくないし二度と潰させない。

それに進学校に進んだせいで、何度かオーディションを受けることができなかった。

一年中勉強づくめで、試験とオーディションの日にちが重なり、諦める事が多かった。


なんて、他の人が聞いたら愚痴に聞こえるだろうね。だって、初めてのオーディションで受かる人もいるし、年齢制限で最後のラストチャンスだからと20歳で初めてオーディションを受け、アイドルになる人もいる。


比べることではないけどストレートにアイドルになる人と回り道をしてアイドルになる人がいる。私は回り道しながら何度もオーディションを受けてアイドルになれた。





やっと掴んだメジャーデビュー。帰宅後、意を決して私はお母さんと対峙する。

机を挟んで互いに向き合いながらメジャーデビュー決まったよと伝えると「おめでとう。良かったね」と言われた。


お母さんの顔は笑顔だ。だけど、声色までは誤魔化しきれなかったね。もっと嬉しそうな声でおめでとうと言ってほしかった。

お母さんは変わらない。私には出来の良い娘でいて欲しい。今も有名大学に入り、安定した会社に入る事を望んでいる。


「デビューはいつなの?」


「半年後」


私のデビューなんて1ミリも興味ないくせに娘のデビューを待ち遠しい親を演じる。


「どんな曲か楽しみだわ」


ほら、またバレバレな声色で楽しみだわとか言う。ムカつくから嘘を並べ立てるのはやめてほしい。嫌気がさす。

だから、私も嘘の笑顔で応援してねと言う。お母さんに応援なんて求めてないのに。


これから忙しくなるからと最後に伝え、席を立つ。自分の部屋に戻り、ベッドに仰向けになる。やっと思いっきり呼吸ができた。

目を瞑ると疲れからすぐに夢の世界に旅立てそうだ。お母さんからの現実逃避。


そんな時、いつも私を救ってくれるのは美沙だ。私の心が疲れている時や弱っている時にタイミングよく私に電話をくれる。

昔、美沙に私の部屋に盗聴器でも仕掛けているの?と冗談で言ったら「私はみのりのことなら何でも分かるの」と言われた。


それに「盗聴器なんて無くてもみのりは私の分身だから分かるんだよ」と真剣な顔で言われたら苦笑いするしか出来ない。


でも、今もまた美沙に助けられた。美沙からの電話に笑みが溢れる。

もしもしと言うと「みのり〜」と私の名前を呼ぶ美沙の声が嬉しい。


「どうしたの?」


「みのりの声が聴きたくなったの〜」


「そうなんだ」


「本当は会いたいけど我慢してる」


私も美沙に会いたい。美沙といると楽だし、色んな物から解放される。

そんな事を考えていたらいつのまにか「私も会いたいよ」と言っていた。


私の返事に美沙が嬉しそうに「今日は素直だね。嬉しい」と言ってくる。私だって素直になりたい時もある。


「美沙。暫くは忙しいから無理だけど、来週またお泊まりしよう」


「うん。待ってる」


いつもは素直になれない私。でも、美沙のお陰で今日は素直な気持ちを言葉に出来たよ。

だから、もう少しだけ素直な気持ちを心の中で言葉にする。夢を叶えるために。



センターになりたい!

トップアイドルになりたい!

女優になりたい!



私は夢を叶えるためにアイドルになった。だからこそ、中途半端でいたくない。

もうこれ以上、自分を卑下したくないし、私は私を好きになりたい。

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