第19話/凹凸ハート

コツコツとやっているといつか良いことがある。私はそう願っていた。



そして、私の願いが叶う。



よっちゃんに事務所に呼ばれ、社長からCLOVERのメジャーデビューを知らされる。

みんなで泣いて、みんなで喜んで、みんなで抱きしめ合った。よっちゃんも嬉し泣きしてくれて「おめでとう!」って言ってくれた。


私も久しぶりに泣いた。やっと掴んだメジャーデビュー。小さい頃からアイドルになることが夢だった。

大きなステージで歌い踊る。ファンのみんなは煌びやかなステージと煌めくアイドルに酔いしれ歓喜する。


メジャーデビューは私の夢への第一歩だ。メジャーデビューしたからといって、売れなきゃ地下に舞い戻る。それだけは嫌だ。

ここからが勝負。ここがスタートライン。体が震える。嬉しくて、興奮して、怖くて。



デビューが決まったら、私は泣き崩れるのかと思っていた。でも、美香や由香里みたいに号泣せず喜びを噛み締める。

長かった夢への想いと願いが強すぎて、思いのほか感情が冷静だった。


でも、今日まで辛かった。毎日が不安で、未来が見えなくて、バイト漬けの日々で、私は何をしているのだろうと苦しかった。

私に抱きついたままの梨乃は泣きながら何度も「やったね」と言う。


私ももっと素直に泣きたい

号泣したい…


やっと心が緩みそうだったのに、社長の言葉が私の心に無数の矢が放たれる。

デビューは半年後。センターは美香。ここまでは想定通りで、二番手の位置は梨乃でいくと言われ私の頭はハンマーで殴られたようにクラクラし真っ白になる。


梨乃も驚いていた。これは躍進であるけど、私はショックを隠しきれず下を向く。

由香里も下を向き、落ち込んでいる。インディーズからメジャーに行く時、立ち位置が変わることはよくあることだ。


より良いメンバー構成と立ち位置で勝負をかける。だけど、なんて非情で残酷なんだろう…



事務所からの帰り道、ずっと落ち込んでいる由香里の横で私は必死に冷静なふりをする。

私はリーダーであり、やっと決まったメジャーデビューに向けて頑張ると決めたからだ。

悔しい気持ちは由香里に負けないぐらいある。でも、弱い部分を見せるのは嫌いだ。


私はいつも梨乃と隣同士で歩いていた。だけど今は、私の横には由香里がいる。後ろで美香の横を梨乃が歩き、変わってしまった。

でも、今は梨乃と話すことが出来ない。自分のことばかりで情けないって分かっているけど、すぐには切り替えができない。


「みーちゃん、嬉しいけど辛いね…」


「そうだね」


「泣きたくないけど…涙が溢れそうで嫌」


「由香里、頑張ろう。やっと掴んだチャンスだから…頑張らないといけないんだよ」


「みーちゃんは大人で凄いよ」


私だって叫びたいし大声で泣きたい。悔しくて、めちゃくちゃ悔しくて梨乃が羨ましい。

だけど、美香と梨乃がいる前で情けない姿を晒したくなかった。私のプライドが許さない。


「じゃ、みんな明日ね。美香、明日は遅刻厳禁だからね」


「みーちゃん、分かってるよー」


事務所から最寄りの駅に着き、みんなで同じ電車に乗らないといけない。でも、私はこれ以上梨乃と一緒にいるのが辛くて、用事があると嘘をつき駅に入る事を拒んだ。

本当は用事なんてないけど、梨乃に気を使わせたくないし、今の私は普通ではいられない。


「みのり、待って!」


「梨乃…どうしたの?」


やっと待ち望んだデビューを掴んだのに梨乃の顔が悲しそうだ。何で二番手に躍進したのに、私と同じ顔をするの?

私を哀れでいるの?それとも本当に悲しんでいるの?ねぇ…何で?


「あのね…」


あのねの後、梨乃の言葉が詰まる。きっと私になんて声を掛けたらいいのか分からないからだろう。

私もそうだよ。おめでとう以外、何も言えない。何も思いつかない。


「あー!みのりー!」


突然後ろから私の名前を呼ぶ声がして振り向くと、美沙が手を振りながら走ってくる。そして、習性の如く私の背中に抱きつく。


「ちょっと、痛いって」


「へへ、みのりに会えて嬉しかったから」


突然の美沙の登場に梨乃は驚き、動きが固まっている。私は引っ付く美沙を一旦離し、梨乃に美沙を紹介することにした。


「高校からの友達の美沙」


「初めまして〜。谷口美沙です」


「初めまして…松本梨乃です」


「梨乃は私と同じグループのメンバーだよ」


「うん。知ってるよ〜。動画やSNSで見たもん。ダンス上手いですねー!」


美沙がCLOVERの動画やSNSを見ているなんて知らなかった。美沙はアイドルに興味がないと思っていたし、CLOVERのライブに一度も来たことない(誘ったこともないけど)


でも、美沙には感謝だ。タイミングよく現れてくれたおかげで上手く誤魔化せる。

私は梨乃から離れる嘘の理由に美沙を使うことにした。


「梨乃。私、美沙とこのあと用事あるから」


「えっ、、そうなんだ」


「えっ?み、、」


「じゃ、また明日ね」


美沙の手を引き、私は歩き出した。今はこれ以上梨乃と一緒にいるのが苦しい。

弱い自分のせいだけど、すぐには心は強くはならない。今は苦しくて、悔しくて辛い。

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