第6話/駆け抜けるマイウェイ

昨日のことを反芻しつつ、バイトの休憩中に黙々と携帯にアイドルとしてファンの心を掴む方法を書き出す。


①ファンに神対応をする

②ファンと仲良しになる

③ファン心を掴むキャラクターを作る

④自分を磨き、ファンを魅了する

⑤ファンと繋がる…


③と⑤以外は実行している。でも、ファンの心を掴むのは難しかった。

SNSなどでライト層を掴む際、一番効果的なのは③で美香と由香里は上手く使っている。そして、私はやっと③の使い方を見つけた。


ただ、これには梨乃の協力が必要だ。隣で携帯を触りながら休憩している梨乃の横顔を横目で見つめる。

カップル売りは1人では出来ない。だから、梨乃にどのようにお願いするか考えていた。


梨乃は私の案に賛同してくれるだろうか?アイドルを辞めようとしてるし、いくら自分達をファンに売り込む為とはいえ、カップル売りを嫌がる人はいる。


でも、そもそもカップル売りって言葉は変だよね。何でコンビ売りじゃないのかな?

本当に付き合ってないのにカップルって言葉が使われ、ファンが勝手に喜んでいる。





やっと夕方までのバイトが終わり、私と梨乃は小さないつものライブハウスに向かう。

今日はCLOVERのライブの日で昨日、SNSに載せた写真の反応を直に見てみたかった。


ステージの上で梨乃との距離をいつもより縮める。別に抱きついたり、キスしたりするわけではないけど緊張する。

ただ、私は梨乃に何も話していない。そっちの方が自然な感じになると思ったからだ。


レッスン着に着替え、ステージの上でストレッチをする。隣で私と同じようにストレッチをする梨乃を見つめ、胸がチクっと痛む。

梨乃を利用する申し訳ない気持ちがあり、今ごろになって罪悪感に苛まれていた。


でも、やるしかない。私は引き下がれないと言い聞かせ、罪悪感を頭から吹き飛ばす。

それに、別に過激なことはしない。そもそも偽造みたいなものだし、あくまでいつもより梨乃に引っ付くだけだ。


そう自分に言い聞かせ、ストレッチが終わりみんなで最終リハーサルをする。

リハーサルをしながら私の頭の中はライブ中にどのタイミングで梨乃と仲良しをアピールするか考えた。自然な流れがいい。



朝から何度も大好きなアイドルグループのライブをリピートしながら研究した。

みんなカメラが来る時を狙って、メンバーと顔を近づけて仲良しアピールをしている。


みんなどこまで考えてやってるかは分からないけどやっぱりカップル売りは有効だ。

実際に仲良しメンバー同士で仕事を組まれることも多く、相乗効果が生まれている。


梨乃も顔同士を近づけるぐらいなら違和感を抱かないだろうし、自然体でやれるはずだ。

それにこれから先、私と梨乃が少しでも注目されれば、梨乃はアイドルを辞めるのをやめてくれるかもしれない。



ライブハウスに音楽が鳴り始める。みんな一斉に踊り出し、私は踊りながらどのタイミングで動くか頭で計算する。

距離感を間違えないように、梨乃と隣同士になる瞬間を狙いながら梨乃を見た。


ただ、笑顔で顔を近づけるだけ。普段から仲の良い私達だから違和感なくできる行為で、リハーサルが終わったら梨乃とのツーショットの写真をSNSに載せよう。

まずはファンを写真で心を躍らせ、ステージでボルテージを湧き上がらせる。


きっと上手くいく。必ず上手くいくと言い聞かせる。私には時間がない。

梨乃がグループを卒業したら一人ぼっちになり、私の輝くチャンスがなくなってしまう。


「はぁ、疲れた」


「梨乃。タオル」


「ありがとう〜」


あと、1時間後にはライブが始まる。早く、写真をSNSに載せ、ファンのボルテージを上げないといけないのに美香と由香里が私に絡んでくるから梨乃に声を掛けられない。


「みーちゃーん、疲れたー」


「こら、重いって」


「酷いー。私が一番体重は軽いもん」


一番年下の美香が私の背中にのしかかる。美香は甘えん坊でよく私に甘えてくるからいつものことだけど今日は勘弁して欲しかった。


「みーちゃん。飲み物、少し頂戴〜」


「こら、由香里。勝手に飲むな」


年下組の2人はいつも自由奔放で、年上組の私と梨乃はいつも振り回される。

美香の相手をしながら、由香里に飲み物を全部飲まれないよう見張り、お陰で隣にいる梨乃に声を掛けられない。


でも、梨乃は私と美香と由香里の掛け合いを楽しそうに見て笑っている。

また胸がチクっと痛んだ。梨乃は大好きな友達だからこそ私が梨乃を振り回すことになるのではないかと悩んでしまう。


10分後、やっと2人から解放された私は椅子に座り一息ついた。梨乃に「お疲れ様」と言われ、私は苦笑いする。

リーダーの私は2人のお母さん的役割で、時には叱ったりしないといけないから大変だ。


「あっ、みのり。じっとして」


「何?」


「頭にゴミが…」


梨乃が私の頭に手を伸ばし、ゴミを取ってくれる。だけど、梨乃の顔を見ながら大人しく座っていたのに梨乃に「あんまりジッと見ないで…」と言われた。


「見てないよー」


「みのりって…顔を見つめる癖あるよね」


「そうかな?」


梨乃に指摘され、私は首を傾げる。今日は梨乃を意識していたからジッと見ていたかもしれないけど普段はしてる覚えはない。


「みのりって目力あるから見つめられるとドキドキする」


「ドキドキ?私が怖いってこと…?」


「違う…その、、」


梨乃は何かにためらい押し黙る。だけど、私は気にしない。梨乃は口下手で時折、こうやって黙ってしまうことが多かった。


「あっ、梨乃。写真撮ろうよ」


「えっ?あっ、うん」


やっと梨乃と一緒に写真が撮れる。隣に座っている梨乃の肩を引き寄せ写真を撮る。

梨乃の顔がぎこちないけど、梨乃も私同様笑顔を作ることが苦手だから仕方ない。


梨乃との写真をアプリで簡単な加工をしSNSに載せる。すると、あっという間にいいねが50以上付き、私はほくそ笑む。


〈みのりの好き〜〉

〈今日も仲が良いね〜〉


早速、続々とコメントが来た。やっぱり、私と梨乃のコンビは人気があるみたいで、いつのまにか付けられていた【みのりの】という私達の愛称を知り、もっと早くやっていれば良かったと残念な気持ちになった。


私は自分のことしか見ておらず、周りを見ることができていなかったことを知る。

やっと、アイドルとして自信がついてきた。沢山のファンから今日のライブ、見に行くよ!とコメントが来ており、梨乃や美香・由香里のファンの子からもいいねが付いている。


やっぱり、私の見出した道は間違っていなかった。開いた道に光がさしていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る