6ー2


 文句を言っても始まらない。


 なら文句を言い続けてもいいと思うんだ。


 つまり何が言いたいかというと……。


「……金持ってんなぁ」


 って思わず言わずにはいられない程に。


 いやほんと。


「高城さん、ここが人前じゃなきゃ叫んでる程だ」


 勘弁して。


「捕まりますよ」


 なんで?!


 クルージングなんて言うから、クルーザーで小規模金持ちパーティーかと思うじゃん? あまり参加してこなかった個人的な誘いだからとか言うから個人が開ける規模だって思うじゃん?!


「高城さん、世界旅行に行くの?」


「……あなたの脈絡の無さには驚きます。どうかしましたか?」


 どうかしたかだって? ああ、どうかしたよ。



 豪華客船じゃん?!



 古い映画で見たことあるから知ってる! これ沈むんでしょ?! そうなんでしょ!!


 夜近い港に綺羅びやかに輝く豪華客船が停泊していた。費用云々の前に、その圧倒的デカさに倒れてきたら死ぬなぁ、なんて呑気に考えていたら案内されたのがその船内。


 これは違う。


 ほんとに違う。


 ヤバい。ちょっと高城ナメてた。これは本当にヤバい。違う。ごめんなさい。これはあれだ。「タダ飯ラッキー」とかの次元じゃない。逆に腹痛くて死ぬ。


 エスコートなんて出来ないパンピーだから高城から腕を組まれ、メイドさんから「いってらっしゃいませ」なんて言われたら、調子に乗って「ああ、行ってくるよ」なんて言葉が出ても仕方ないと思うんだ。ごめんなさい。


 浮かれてたというか、ヤケクソ。


 これは違う。具体的には腕を組んでいるのではなく拘束されてるという意味で。


 マジか。デレデレの公害カップルのメンズはこんな気持ちだったのか……今なら素直に謝れる。ごめんなさ……いや待てやっぱり違うだろ。状況とか。


 ほんと……船見た瞬間にピンと来てればまだ逃げられたと思うんだ。何がデケェ船だなぁだよ。呑気か。


 それは人喰いの獣だよ。はよ逃げれ。


 おかげでこの通り。腹の中だ。映画で危機的なシーンにスマホ構える女子高生を悪く言えない。


 外装も豪華だが、内装はもっと豪華だ。船の中だというのに、高城と並んで歩いていても余裕ですれ違えるほど広い通路。どれだけ明るいしたいのか意匠を凝らしたシャンデリア。他に多数のアクティビティ。


 バーからプール、カジノに劇場まであるんだと。


 脱出艇はどこかな?


 一番大切なことを説明し忘れているボーイの背中を追い掛けながら、先だっての会話である。


 どこかにお金ってあるんだなぁ……。


 じゃあなんで俺の財布の中身は逼迫されているのか? 特に今日の出来事で紙が無くなってしまってね。ああ、だからご褒美にこんな体験ができるのかあ!


 いらねえ。


「高城さん、大変だ。今すぐ海に飛び込みたい」


「…………それは……どういう?」


 ほんとに困惑するのはやめて。困惑してるのはこっちだから。


 海に飛び込めば逃げられるでしょー? この場からという意味でも、現実からという意味でも。おやおや、そんなの自明の理じゃないか。やれやれ、全く。


 ちょっと細かく説明したら、過去一優しい笑顔が出迎えた。


「低田君、それでは死んでしまいますよ?」


「今も死にそうなんだ。分かって?」


 お前、もっと慈善に説明する努力を身に着けろ。マジで。ああ、事前か。失敬失敬。


 この場で俺に何をしろと言うのか。無関係を装ったテロかな? 切り捨て前提。一番ありうる。


 とりあえずホストに挨拶するということで、パーティーホールとなっている会場に案内されている。その際に船内を観覧できるよう配慮しているのか、一々通り掛かる施設の大きさに圧倒される。


 身分差ってあるんだよ……。どこの誰が平等を叫ぼうと存在するんだ……。


 学内でカースト制度なんて当て嵌めて揶揄している俺らにとって、それは当たり前の事実。


 ……しかし突き付けられると平等を叫びたくもなるよなぁ。


 社会的にも学内的にも底辺なのだ。この場の空気が俺には薄い。なんてマテリアル濃度なんだ。暴走しそう。


 プールで泳いでいる人やバーを出てきた人など、誰もがハイセンスな服を着て、まるで映画のように瀟洒なポーズを決める。それ練習したろ? 正直に言ってみ?


 俺なんか涼しさからもっとプールを眺めていたいと正直に言ったのだが……艦内は冷暖房完備とか訳分かんないこと言われて誤魔化されたというのに。


 もう豪華な内装はいいよ、慣れた。お腹いっぱい。腹減ったから帰りたい。


「どこまで行くの、これ?」


「もう少しなので我慢してください。分かりますか? 出来ますか? 我慢です」


 少しばかり毒が漏れてるぞ? 高城さん的にもイライラしてるんじゃないの?


 当たられては堪らないと口を噤んだタイミングで、案内人が両開きの扉の前で足を止めた。


「お待たせしました。こちらになります」


 どうやって開けているのか、重々しい扉が勝手に開く。


 緩やかで耳に心地いい音楽が聞こえてきた。


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