7ー3
チャイムが鳴ったら席につくのが慣例。
ザワザワと騒いでいた級友たちもその例に漏れず各々の席に帰っていく。
勿論、俺も。
すると目の前には人が隠れられそうなデカいダンボール。
正直、邪魔です。
しかし誰も触ってないからして、ここでアクションを起こす訳にはいかない。それは非常に目立つ……。
とりあえず目の前にあるので、観察するのは不自然じゃない。
よーく見ると箱の下の部分が切り取られているのが分かる。パッと見なら気付かない底の部分も、目線が同じ高さなら気付くことができる。
対面に座る女子二人は箱が気になりつつも先生が遅いなどの会話をしているせいか、底が抜けてるという事実には気付かない。
俺の隣の席に付く筈の鈴木くんは不在だ。どこにいったんだろうねえ?
おかげ様で箱のある席で気付く者はいないけど。
五分としない内に先生があまりにも遅いので、誰か呼びに行けよ、などの声が上がり始める。真面目か。
授業時間を潰すことに尽力したチームワークはどこにいったんだ!
そもそもどこに呼びに逝くんだよ。帰ってこれないよ。
そんな事情を知らない面々は、職員室に誰かを送り込もうという話し合いを始める。
それは好都合。
そうだね。これだけ騒いでるのに隣の化学準備室に居る訳ないもんね。
このまま時間が潰れてくれたら楽だ。
授業的にも精神的にも。
この箱の目的は……おそらく犯人の燻り出し。
あの時、あの場所に、もし誰かがいたのなら? これを見てなんらかの反応を示すんじゃないかという投げ掛け……。
なのでその反応を粒さに観察する者がいる筈。
クラスメートを売ろうとするユダが!
誰……誰なんだ? 高城さんと接点がありそうなのには生徒会関連……もしくは委員長なんかのクラス外活動が多くて他のクラスとの関わりがありそうな人物かな。よし!
うちの委員長って誰?
こいつは見落としていた。クラスメートの顔と名前がほぼ一致しないぞ。くっ、なんて巧妙な策略なんだ……! こんなのもう無差別殺戮するしかないじゃないか!
落ち着こう。
とりあえず最終手段が決まったということで。
人の繋がり的な面での推理は無理だ。
そもそも俺がクラスメートと繋がってない。……泣いてないから!
もっと物理的な面で推理していこう。
観察するのなら、クラス全体を見渡す必要がある筈。
となると……怪しいのは一番後ろの席の奴。
席順は四人班構成の三列。容疑者を六人に絞り込めた。
チラリと後ろを振り向く。
割と陽キャが多い。訂正。全員陽キャだ。
お前ら先生がいないからって席移動してんなよ。
気が付くと割とガヤガヤと騒ぎ始めていた。授業放棄一歩手前。ここが教室じゃないのも一因になってそう。
制裁という面目で一人ずつ減らしていこうかな? ダメ?
そんなバトルロワイヤルを始めんとしたところで、明るい髪色の奴が中央の机を軽く叩きながら言った。
「ていうかさ? もしかして瀬戸先こん中にいるんじゃね?」
いや、瀬戸先生はその中にはいない。
なんならもうどこにもいない。
しかしその発言はウケたのか一気に騒々しさが増す。
「えー、それ面白そうー」
いや全く。
「ジャン負けが箱開けることにしね?」
グーが拳でチョキが目潰しな?
「あの先生そういうとこあるよなあ」
お茶目通り越して隣でエキセントリックしてたぞ。
……どうする? この流れに乗るのは有りか無しか……。
箱の中に人が居そうという発想はペケだ。バレる。あの髪色の明るい奴はユダじゃなさそう。
でも念のためヤッちゃうリストに入れとくね?
別にうちの班の女子と楽しそうに会話を始めたことは関係ない。
イラッときたとかじゃない。
ノリのいい奴が音頭を取ってジャンケンを始めた。
もはや箱を開けるという流れは止まりそうにない。適当に手を振って参加する。パー。
別に開けるのはいいんだ。中には何も……。
しまった、罠か?!
箱を開ける際に持ち上がってしまう可能性が……割と高い! なんせ底が抜けてるのだ。ガムテープを外そうと力んだら、スカスカの箱が持ち上がってしまうだろう。
その時のリアクションで差ができてしまう!
いや、気付いたら大丈夫じゃね? って思うかもしれないけど……もう知ってるという時点で自然なリアクションって無理じゃね?
箱が軽いことに驚いてコケればいいのか、底が抜けてることに反応すればいいのか、瀬戸先生を警戒すればいいのか。
未だに誰も箱に手をつけてないのは、あの先生がやらかす先生だからだ。
クラスメートたちの脳裏には、低くない可能性としてカウントを刻む爆発物が箱の中に収まっているという絵が見えているのかも。
大体合ってる。
爆発好きな先生だからなあ。
二年生からはそこら辺をしっかりと認識できている。
ちなみに教師陣も分かっているのか瀬戸先生へのお使い率は高めだ。
そう。
騒いで見えるクラスメートたちの表情は明るく、ふざけあいながらジャンケンをしているように思えるが、その内情はこうだ。
いつ爆発するか分からない化学室での実験。
入ると意味深なダンボール。
現れない
他の生徒を出し抜いて化学室を抜け出したいクラスメートたち。(職員室への人員派遣)
互いを牽制し合うクラスメートたち。(席移動)
ダンボールを触りたくないけど中身を確かめたいクラスメートたち。(生贄ジャンケン)
そんなクラス内事情だった。
ちなみに皆ずっと軽く汗を掻いている。バトルロワイヤルを始めようとしてたのはクラスメートたちだ。
先程の明るい髪色の奴と女子の会話も「アンタが開けなさいよー」「オレぇ? いやいや、嫌だから」「杜矢くんの〜、ちょっといいとこ見てみたい〜」「えー? ハハハ……(汗)」とこんな感じ。
職員室へ行くのも立候補多数で揉め、抜け出しそうなクラスメートを席を移動して牽制し、それならこうしようとジャンケンを提案したのがここまでの流れ。
ちなみに。
「……お父さん、お母さん……今まで育ててくれて、ありが……うううぅ〜」
「ああああああ! 生き残ったああああああああ!」
「なんでチョキをなんでチョキをなんでチョキを?! なんでチョキを出してしまったんだあ!」
「うふふふふふ……これは夢。だから大丈夫……ほら、外に出たら目覚めるの? 早く起きなきゃ……」
「なにサラッと逃げようとしてんのよ! 行かせないわよ! あんたが負けたんだからね!」
クラスメートたちはジャンケンの明暗で悲喜こもごもしてる。
楽しいクラスだなぁ(阿鼻叫喚)。
あの箱に瀬戸先生が関わっていないと知ってる俺以外が必死だ。悪いことしたなぁ、と思ってる。
特に俺のジャンケン相手の女子。
上目遣いに「あの、あの、あの……ぐ、ぐーを出す男子とか……好きかも……」とサービス過剰気味にこちらの手を両手で包み込んでの提案だった。頬を染めて目を逸らすとこなんて分かってると思う。
あざとい。
こんな陰キャに……ありがとう。
だからチョキを出した。
負けた。
どういうクラスなんだろう? 最近よく分からなくなってきた。
飛び跳ねて喜ぶ女子のスカートに注視してる内に準決勝進出が決まってしまっていた。
鈴木くんがいないから俺はシードだそうだ。
どこで何をやってるんだ鈴木!
選ばれた四人は全て男子。どうなってんのうちの女子は?
ジャンケンに勝って生存権を獲得したクラスメートたちは教室の一番後ろの方で机を盾に身を潜めている。
チャンスはあと二回。
なんとしても勝たなくては……!
こんな確率の低さで事が露見する訳にはいかない!
俺もあの観覧席に行って溶け込むんだ!
命掛けの顔をした男子高校生が四人。
中央の席で対峙する。
なんか一人シャドーボクシングしてるんだけど?
俺らがするのはジャンケンだよね?
しかも俺の対戦相手なんだけど?
「頑張って〜、凍田くーん」
「右からだ! えぐり込むように!」
「出血したら強く押さえるんだぞ、低田ぁ!」
「低田くん、骨は任せて!」
どういうこと?
あの声援もこのジャンケンもおかしい。
まさかグーが拳だとでも思ってんのか? 信じられないよ! 頭おかしい!
タイミングで優劣が出ないように、掛け声は観覧席にいる勝者が行う。
唱和した声が響く。
「「「最初は!」」」
「グー!」
「オ、ぶべらっ」
腰溜めのポーズから右を繰り出してきたので、カウンター気味に左を頬に捩じ込んだ。
体勢の崩れた相手に追い打ちを仕掛ける。
「「「ジャン! ケン!」」」
「ちょっ、ま」
「ポン!」
今度は右を逆の頬に捩じ込んで床に叩きつけた。
突き上げた拳に歓声が上がる。
「いや、見ろ!」
ちょっと気持ち良くなったところで観覧席の男子から俺の対戦相手を見るように指を差される。
素直に下を向くと、驚愕の事実が!
「この、死にぞこないめぇぇえええ!」
「……フッ」
倒れ伏しながらも俺の対戦相手の手はパーの形を保っていた。目撃者は多数。トドメは刺せない……!
そのニヒルな笑みが腹立たしい。
ていうかお前待ったを掛けようとして手を開いただけだろ? ノーカンコールをしてみようか……。
いやどこぞの班長のように石を投げられるだけだ。
やめておこう。
しかしそうなると……。
最後のチャンスということになるな。
マズい。
俺がジャンケンが始まる前に対戦相手をどうにか始末して不戦勝という結果に落ち着かないかと考え出したタイミングで、扉が開いた。
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