♰20 朝食。


 震えた手から放たれた金色。

 それを思い出す。

 靡くような毛並みが見えた気がする、美しい手。

 あれはなんだったのだろうか。

 やっぱり、呪い?

 私の魔力に影響を受けて、呪いが顔を出したのだろうか。

 呪いについてはよく知らないけれど……。

 動物に怖がられることといい、目にした金色の毛。

 ……もふもふな呪いにかかったとしか思えない。

 呪いをかけたのは、精霊と言う噂。

 呪いではなく、祝福のつもりで魔法をかけるらしい。

 どんな精霊だろう。色気ある美しい王弟殿下のヴィアテウス様に、どんな魔法をかけたのか。

 ……気になる。

 私は寝返りを打つ。

 ベッドを半分にして使っていた子猫の姿のキーンを見た。

 すやすやと眠っているキーン。黒い子猫。初々しいもふもふを感じる、完璧な変身。

 変身能力が優れた蛇だとは聞いていたけど、やっぱり精霊となると変身する魔法をかけられるのかしら。

 やっぱり変身能力を与えるのは、祝福と言うより、呪いだと思う。

 それも獣になるような変身なら、人間は祝福されたとは思えない。

 フォリが来てくれた時にでも、訊ねてみようか。

 意外と知り合いかもしれない。


「何をしたのですか……?」


 翌朝、ピティさんが少々顔色を悪くしたまま、震えていた。

 手には、青い封筒。絶対に、ヴィア様からだと思った。その青さは、彼の色。


「まさか、呼び出しですか……?」


 昨日見たことを口止めするべきだと思ったのだろう。

 私は、封筒を受け取った。

 スッと、ピティさんが差し出すペーパーナイフを受け取り、私は綺麗に封筒を切る。

 中に入っていたのは、美しい字で書かれた呼び出し。

 厳密に言えば、朝食のお誘いだ。

 ちゃんと、昨日の件について話そう、って書いてある。


「……行きましょう」


 頷いて私は、ピティさんに準備を頼んだ。


「例の贈り物をつけておきましょうね!」


 ヴィア様を推しているらしいピティさんは、張り切った。

 ヴィア様を推しているけれど、私とどうなると思っているのだろうか。

 どんな期待をしているのやら。

 白のブラウスと、真っ青なロングスタート。胸には、大きな青いリボン。

 結った黒髪には、青い宝石がついた金色の羽根の簪を付けた。

 軽くお化粧を施してもらって、準備は完了。

 キーンを置き去りに出来なくて、またバスケットに入れて運んでいく。

 手紙で指定されたバルコニーに行くと、ヴィア様が立って待っていた。


「おはよう。急に呼び出して申し訳ない。それでも来てくれて、ありがとう」


 朝からキラキラのオーラを放って、笑顔で挨拶をする。

 色気が、朝から健在だ。眩しい。


「おはようございます。お招き、ありがとうございます」

「似合っているね、髪飾り。素敵だ。さぁ、一緒に食事をしよう」


 ヴィア様はにこっとすると、私のために椅子を引いてくれた。

 腰を下ろして、バルコニーに用意された大きな朝食のテーブルで、向き合って座る。

 王弟殿下様と朝食なんて、恐れ多い。

 しかし、遠慮していてもしょうがないし、お腹の虫が鳴いてしまう前に手を付ける。

 ちなみに、キーンは別の椅子の上に置かせてもらった。


「好きなものを用意したけど」

「……本当だ」


 気付かなかったわ。

 確かに好きなものが並べられている。

 濃い目の甘いコーンスープ。胡桃入りのミニパン。とろりとしたスクランブルエッグ。カリカリのベーコン。

 嫌いな野菜の入っていないサラダに、好きな味のドレッシング。

 ここに滞在中、好みは把握されたようだ。ピティさん達に。


「よかった」


 食事が進むと、ヴィア様は安心したように微笑む。


「それで? 一体全体、この城から出て、どこに行くつもりなんだい?」


 コーンスープをスプーンで啜っていた私は、むせそうになった。


「え? 話って……まさかそれですか?」


 てっきり、呪いの件を口止めするのかと思いきや、そっちが要件だったの?


「そうだね、私にとってはそれはとても重要だ」


 微笑んでいるのに、笑っていない青い瞳を細めた。

 ちょっと、ゾクッとしてしまう。

 鋭利な感じがした。優しさを帯びていたはずの青い瞳が、私を見張っている。


「とても、とても……ね」


 歌うような口ぶりで、強調した。


「グラー様が許しているんだろう? その旅の準備。行かせるとは、意外だ。やっぱり可愛い孫には旅をさせたいのかな」


 この世界にも、その言葉があるのか。

 可愛い孫には旅をさせろ。


「孫、ですか……」


 みんながグラー様は私を孫扱いしていると言う。

 確かにそうだと、私本人も思っていた。


「答えてはくれないのかい?」


 ヴィア様は小首を傾げて、どこに旅をするつもりか、と返答を促す。


「答えと言われましても……。別に行く宛てがあるわけではありません」


 ……まだ。

 特に決めることなく、私は気の向くままに旅がしたい。

 でもやっぱり大まかに決めるべきだろう。行く方角とか。


「どうして、旅に出るんだい?」


 どうして、答えなくてはいけないのだろうか。

 私は誤魔化すように、小さなパンをもぎゅもぎゅと、口の中で咀嚼して黙った。


「この城での暮らしに不満があるのかい?」


 優しさを取り戻した瞳は、心配そうに見つめてくる。


「不満なんてありませんよ。何不自由なく過ごさせてもらっています。本当に感謝していますよ」


 言うなれば大家さんであるヴィア様に、ちゃんと感謝を伝えた。


「悠々自適に城で暮らしていくのはとても魅力的ではありますが……」


 苦笑をしつつも、冗談っぽく言った。


「気が引けるかい?」

「それもありますが……」

「いいんだよ。ずっと城にいてくれても、いいんだ。誰も追い出したりしない」


 ヴィア様は、引き留める。

 私をこの城から追い出したい者が、一人いるけれどね。

 ミルキーブラウンの髪の偽聖女を思い浮かべては、また出てしまいそうな苦笑いを堪えた。


「なんでそんなに城に留めようとしたのですか?」

「……今、言わせたいのかい?」


 うっかり、理由を問うてしまう。

 告白を思い出した。

 そうだ。私はモテ期だった。


「君が望むなら……何度でも、言おう」

「あー……」


 結構です、と言い放ちたい。

 ただでさえ、色気がタダ漏れな王弟殿下様に、囁かれては困る。

 クラッとして卒倒してしまうかもしれない。


「ふふふ」


 愉快そうに吹き出すと、やがてヴィア様は食器を片付けさせた。

 代わりに運ばれた食後の紅茶をいただく。


「ごちそうさまでした。では、これで」


 温かな紅茶を飲み込んで、私はそろそろ部屋に帰ろうとした。

 トリスター殿下と約束もある。


「おや? 君は訊ねないのかい? 昨日のアレを」


 ヴィア様は、あの件に触れてもいいと言い出す。


「……国家秘密では?」

「問題ないよ。他言しなければね」


 ちょっと考えてしまう。


「気にならないのかい?」


 確かに、気になる。

 どんな魔法、いやどんな呪いにかかったのか。


「……気になってはいますけれど……」


 私は視線を泳がす。


「君は賢いから、想像はついているのだろう?」


 ずいぶん、高く評価してくれている。

 少し躊躇していれば、人払いをするようにヴィア様は、バルコニーのドアを閉めてしまった。

 これで口にしても大丈夫そうだ。


「精霊が……変身の魔法をかけたのですか?」


 ヴィア様は、肩を竦めた。


「変身の魔法、か。私としては、野獣の呪いだと思ってしまうけれどね」


 野獣の呪い。

 野獣に変身してしまう魔法をかけられた、ということか。

 そんなおとぎ話があったと思い出す。


「何故……」

「かけられたか?」


 魔法をかけられた理由。


「そうだね……精霊は言っていたよ」


 コツン、と私の方に歩み寄っては、ヴィア様は話してくれる。


「その美しさに祝福をーーーーってね」


 私の後ろで足を止めては、囁いた。


「精霊からすれば、これは祝福らしい」


 紅茶が空になったカップを持つ手に、そっとヴィア様の手が絡められる。


「精霊にとっては美しい獣に変身できる祝福だ。おかしいよね?」

「あ、あのっ」

「ん?」


 視界の端に、煌めく髪が見えるくらい、近い。

 絡めとられた手を放してほしいと言いかけたけれど、囁きを吹きかけられる耳に、ちゅっと口付けを落とされた途端。

 思考回路が停止した。

 熱が爆発的に広がって、クラッとしそうだ。

 そんな反応を楽しんでいるように、クスクスと笑っている。それさえも、私に吹きかかっている。


「本当はこの話をする気はなかったんだ。でも、トリスターにカマをかけただろう? 嬉しいな。私のことを探ってくれて。でも、コーカ」


 もう片方の腕が、私の首に回されて、ギュッと締め付けられた。

 密着だ。

 もしかして、私はお仕置きを受けている?

 トリスター殿下にカマかけたから、その罰を?

 ちょ。待って。


「直接、私に尋ねてくれていいんだよ? 君になら、なんでも話そう……可愛い可愛い愛しの君になら」


 甘く、ねっとりと囁かれる官能的な声に、ぞくぞくっと何かが身体を走る。

 色々と限界で、叫びそうになったその瞬間。

 影が降ってきた。

 すぐにテーブルには、ドンッとメテ様が着地したのだ。


「えっ?」


 唐突すぎる登場に、素っ頓狂な声を出してしまう。

 メテ様は、怒っていた。

 テーブルの上で、ヤンキーみたいな座り方をしてはヴィア様を睨みつける。


「やぁ。メテ。とんでもない登場だね」


 やっと放してくれたヴィア様は、なんてことなさそうに挨拶をする。

 私は脱力して、テーブルに突っ伏した。

 この色欲の塊みたいな王弟殿下様のアプローチは、刺激が強すぎる。

 色気だけで、性感帯を撫でられている気がしてならなかった。

 ちょ、いま、立てそうにない。

 絶対、メテ様が来なかったら、変な声を上げていた。

 自分でも制御が出来ない、官能な声を……。

 恐ろしい。色気を使いこなしているこの王族様が恐ろしい。

 だから、精霊から祝福されてしまうのだ。全くもう。


「行くぞ」


 メテ様が、私の腕を掴んだ。

 いきなり立たされた私は、よろけてしまい、テーブルから降りたメテ様の胸に飛び込む形になってしまう。


「ご、ごめんなさい」

「はぁ」


 呆れたようにため息をつかれた。

 かと思えば、私は片腕で抱えられてしまう。

 なっ。力持ちっ。


「ねぇ、コーカ」


 もう片方の手で、キーンのバスケットを持ってくれたメテ様は、足を止めた。

 私は抱えられたまま、ヴィア様を見る。


「そのうち、もう一つの姿を見てくれないだろうか? 君なら怖がらずに……見てくれる気がする」


 呪いの姿を見てくれ、か。

 それはどう返すべきなのだろう。

 個人的には、野獣姿を見てみたい気がした。

 精霊としてはより美しい姿を与えたつもりだろうから、きっとそれはそれは美しい獣の姿に違いない。

 ……野獣の姿も色気がムンムンだったら、どうしよう。


「は、はい。わっ!」


 返事をすると、ぎゅっとメテ様の片腕で締め付けられる。

 そのまま、私とキーンは、メテ様に運ばれて、バルコニーをあとにしたのだった。



 

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