♰19 金色。



 一時間ほど作業をしていれば、大まかに鞄の形になったので、メテ様が感心した。

 いやいや、家庭科の授業で習った程度の腕前なので。

 それより、私よりも先にベルトを完成させたメテ様は、私が縫った鞄にも火山鰐の皮を縫い付けて補強してくれた。魔法で。

 全然疲れた様子はないから、すごそうな魔法だけれど、魔力はそんなに消耗しないのだろうか。

 こんな作業が続くようなら、使い方を教わりたい。

 ベルトも縫ってつけたショルダーバックが、完成。

 あとは鞄に私の魔力を注ぐことで、なんでも収納出来る鞄の完成だ。

 私は心を躍らせて、早速肩にぶら下げた。

 これで旅に出るのだ。ウキウキしてしまう。


「ありがとうございました! メテ様!」


 笑顔でお礼を伝えてから気付く。

 メテ様は面白くなさそうな、不機嫌そうな、顔付きでこちらを見ている。


「メテ様?」

「なんだよ?」


 いや、こっちが尋ねているのだけれども……。

 今出している表情は、無自覚のようだ。


「今日はここまで。ほら、部屋に戻るぞ」


 バスケットを片手で取ると、部屋の外へと足を運ばせるメテ様。

 私はショルダーバックのベルトを握りながら、追いかけた。

 そのまま部屋の前まで送ってくれたメテ様は、バスケットを私に渡すとさっさと歩き去ってしまう。

 なんで不機嫌になったのだろうか……?

 とりあえず、感謝はしているから、お礼をもう一度だけ背中に向かって伝えた。

 片手を上げるだけで聞こえたことを示すと、廊下を過ぎ去ってしまう。


「剣術の稽古をトリスターとやっていると聞いていたのに、今度はメテオーラティオと何をしていたのだい?」

「ひやぁ!」


 後ろから、と言うより、耳に囁くように吹きかけられた声に驚き、飛び上がってしまった。

 完全に、不意を突かれてしまった!

 この声は、間違いなくお色気王弟殿下!!


「ヴィア様っ……!」

「おや、驚かせすぎたかい? すまない」


 全然そうは思っていないような笑みを浮かべるのは、予想通り王弟殿下のヴィア様だった。

 奇声を上げたのは、聞かなかったことにしてほしい……!


「ん? その子猫、どうしたんだい?」


 口元に手を添えてクスリと笑うことをやめて、ヴィア様はキーンに注目をした。


「グラー様には許可をもらっています……」


 私はそれだけを答えて、口を紡ぐ。


「ふーん……」


 不思議そうに小首を傾げたあと、ヴィア様はキーンを見下ろす。

 キーンは起きていて、金色の瞳で見つめ返した。


「本当に子猫かい?」

「え?」

「私に全然怯えない……」

「えっと……?」

「ああ、ごめん。最近は乗馬も出来ないくらい、動物に怯えられてしまってね」


 動物に怯えられる、か。


「この子は警戒心が強いですが、肝は据わっているみたいです。メテ様のことも怖がりませんでした」

「あはは! メテに怖がらないなら、確かに肝が据わっているね」


 笑い声をあげたかと思えば、ヴィア様はバスケットを私から奪い取るように取ってしまった。


「さて、入ってもいいかな? 少しだけ私とお喋りをしてほしい」

「……えっと、私とはいえ、異性の部屋を出入りするのは……よくないと思うのですが」

「では、バルコニーでお茶でもしようか? お願いだ、君のために作った時間だから、君といたい」


 扉にもう片方の手を置くと、下から覗き込むように見上げてくる。

 壁ドンの上に、上目遣いか。

 ただでさえお色気がすごいと思っていたから、チラリと見える首筋とか、金色の前髪の隙間から見える青い瞳とか、ちょっと心を動揺させる。

 くっ! 直視し続けられない!

 自分の容姿がいいって絶対自覚しているな、この方!


「大変申し訳ないのですが、これを作っていたので、疲れてしまい休みたいのです……」


 実年齢が歳下であろうヴィア様に押し負けそうになるが、正直に打ち明けて断る。

 視線は肩からぶら下げたショルダーバックに向けた。


「それは?」


 見ただけではわからないようで、見下ろすヴィア様。


「えっと……ガウルールのポケットで作った鞄です」


 貴重な材料を使ったことを怒られそう、と思いつつも嘘をつかずに答えた。

 躊躇はしたけれども。


「ガウルールのポケット……鞄にして……」


 身を引いたかと思えば、片手で自分の顎を持ち考え込む。


「はい。メテ様と一緒に作りました。これは火山鰐のベルトです」

「メテと一緒……それは妬けるね」


 ニコッとしたのも一瞬だったけれど、考え続ける仕草をする。


「剣術を学んだり、そんな鞄を作ったりして……まるで旅立つ準備をしているように思えてならない。この城を出るつもりなのかい?」


 的中させてきた。

 優しげに笑っていた青い瞳が、鋭利になった気がして、私は答えることを躊躇う。


「……」

「そうなのかい?」


 口元は笑みを浮かべているのに、目は笑っていない。

 暗に、それは許さないと牽制されている気がしてならなかった。

 鋭利な青い瞳から逃げるために、視線が泳いでしまう。

 それさえも許さないと言わんばかりに、顎を掴まれて向き合わされた。


「痛っ!」


 急に交わっていた視線はなくなる。

 綺麗な顔は痛みで歪み、視線を落とす。

 バスケットの取っ手を持つ手に、キーンが噛み付いたようだ。

 王弟殿下に噛み付いてしまったのか……!


「大丈夫ですか!? 今治しますね!」


 大慌てでバスケットを持つ手を、両手で掴む。


「“ーー癒しを与えよーー”」


 治癒の魔法を唱えた瞬間だった。

 私よりも大きな手。でも指が長くて綺麗な手。

 ぶるぶると震え出して、金色の光りを放った気がする。


「っ!」


 すぐに、ヴィア様はバスケットごと自分の後ろに隠してしまった。


「?」

「……っすまない」


 ヴィア様はバスケットをもう片方の手に持ち変えると、私に差し出す。

 反射的に、私は受け取った。


「今日のところは引き下がるよ。またね」


 そうヴィア様は左手を隠したまま、廊下を歩き去る。

 魔法を行使してはいけなかったのだろうか……。

 一瞬だけ見えたのは……金色に煌めく毛だったような……。


「……まさか、ね」


 私はバスケットを持って、部屋に入った。


「助けてくれたの? キーン。ありがとう」


 それから、バスケットを抱えるようにして、キーンにお礼を伝える。

 金色の瞳をまん丸に見開いたけれど、すぐにプイッとそっぽを向いてしまう。

 私はバスケットから、ベッドにキーンを抱き上げて移動させた。

 そのベッドのそばに、座り込んで、キーンと視線を合わせる。

 おすわりして、見つめ返すキーン。


「君の事情はなんとなく把握したけれど……妖精フォリが頼んだみたいにちゃんと癒せる自信はないよ。多分、君の傷は私の想像よりも深いかもしれないし、私は誰かを癒せるほどの……すごい存在でもないから」


 ちょっと寂しげな笑みで言う。

 聖女かもしれないけれど、それでも心の傷まで癒すような力は持っていないと思うのだ。

 残念でしょうがない。そんな力があれば、癒したかった。


「でも、出来ることはしてあげたいと思う。ちょっとした休憩場所だと思っていいよ。私が誰にも傷つけさせない。守り抜くから。せめての間、安心していてね」


 ここにいるだけでいい。安息の地のように、安心していられるように、守り抜く。

 きっと、それが私に出来ることだと思うから。


「だから、キーンも私から離れないでいて?」


 人差し指を、差し出す。

 キーンの出方を待った。

 言葉は理解していると思うから、承諾を待つ。

 金色の瞳で見つめ返してきたキーンは、そっと前足を上げて人差し指と触れた。

 私は、顔を綻ばせる。


「改めて、よろしくね。キーン」


 そう言って、頭を撫でさせてもらった。



 

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