アイドルになっていたかつての同級生をネットで見かけてその同級生との思い出を振り返る。
シイカ
『耀くから見つけてね』
「ムカつく……」
『期待の原石! 町本サツキ』
画面に映し出された『私は可愛いでございます』みたいなアイドルが留美のやつれた顔とは対象的に笑っていた。
留美は煙草に火をつけ、思いっきり吸い込みため息と共に吐き出した。
――どこで間違えたのかな。私。
煙草の火とスマートフォンの画面だけが虚しく部屋を照らしていた。
町本サツキとは二年前に付き合い、そして二年前に別れた。
そもそも、あれは付き合っていたとは言わないだろう。
彼女とは友達であり、一瞬だけど恋人だった。
◇
高校生の頃、女子の間で『カップルごっこ』が流行っていた。
留美は「共学でやることか?」と思っていたけど、中には本気の子もいたらしい。
ただ、カップルごっこと言っても手を繋いで帰ったり、食べ物を相手の口に入れたり、仲良い女子なら
普通にやりそうなことでカップルには見えなかったけど、みんなカップルごっこと言い張っていた。
女子特有のノリについていけなかった留美はその遊びを冷めた目で見ていたが、自分がまさかそのカップルごっこをする羽目になるとは思わなかった。
クラスの賑わいの中で食事をするのが苦手な留美は校舎三階図書室前の屋上へと続く階段の三段目に座っていつも昼御飯を食べていた。
食べ終わってすぐに図書室に入るためだ。
昼はいつも放送部が流行りのアニメの曲をかけているのか、アップテンポが特徴的で妙に耳に残る。
昼休みに「この曲なんだろう?」と思うのが留美の昼休みの楽しみになっていた。
留美は人と関わるのが苦手だ。
話しかけられれば話すが自分から話かけることはほぼなかった。
クラスメイトは留美を「そういう人」と認識しているから幸いイジメというものにならずに済んでいる。
留美が昼御飯を食べ終えたとき、留美の横に黒髪オカッパ頭の糸目の女子生徒がやってくる。
いつもニコニコしているように見える彼女は町本サツキ。留美にとって唯一の友達と呼べる子だった。
「やっほー。高井。元気?」
「同じクラスなんだから知ってるでしょ。元気だよ」
演劇に所属しているサツキはアイドルになるのが夢だと常に語っていた。
留美はアイドルは嫌いだったが、アイドルになりたいと語っているときのサツキのキラキラした顔は好きだった。
人当りも愛想もよくて明るいから誰とでも仲良くできるサツキ。しかし、いつも、タイプが真逆な留美の隣にやって来る。
留美はサツキと自分が並んでいるのは変なのではないかと心の片隅で感じていた。
普段、ふたりでする会話と言えば、読んでる本とか現在の演劇部の様子などの他愛のない会話をするのだが、今回は違った。
「ねえ、高井? ウチとカップルごっこしない?」
町本サツキは笑っているのか細い目をさらに細くして留美に言ってきた。
留美は露骨に嫌そうな顔で返した。
「私、ああいうの嫌いなんだけど」
「みんな楽しそうだよ。ウチらもやろうよ! 高校最後の思い出!」
「別の子とやれば良いでしょ。それにあの遊び。モテないからって、みっともないんだよ」
「高井は厳しいなー。本当に好き同士でやってる場合だってあるかもしれないじゃん」
「仮にいたとしても、九割は傷の舐め合いでしょ?」
「それで、高井はウチとカップルごっこする?」
「今の話でするって言うと思う?」
「良いもん。ウチが勝手にカップルごっこにする」
「どうぞ、お好きに」
サツキなら他に相手を選べたはずなのになぜ自分を選んだのか、留美はこのときに気付いておくべきだったとあとで後悔した。
◇
留美がいつものように図書室前の階段に昼御飯を食べに来たらすでに先客がいた。
こんなところに来る黒髪おかっぱ頭は一人しかいない。
「町本、そこ私の場所なんだけど」
「ウチのことはサツキって呼んで」
「は?」
唐突な彼女の発言に反射的に声が出た。
「ねぇーサツキって呼んで。ウチらカップルだし」
「なってないし。勝手にやってるだけでしょ」
「じゃあ、ウチは高井のこと留美って呼ぶ」
「やめろ」
「なら、サツキって呼んで」
「嫌な条件出しやがって……」
「高井はなんで下の名前で呼ばれるの嫌なの?」
「……嫌いなんだよ。『留美』って名前、他の子だったら可愛いく感じるんだけど、なんか自分の名前としてしっくり来ないって言うか……」
「なんて名前だったら良かった?」
「そう言われると困るけど……。もっと中性的な感じのが良かった」
「マコトとか? リョウとか?」
「あー、そんな感じ」
「じゃあ、マコトって呼ぶ?」
「それはややこしいから」
ぶっきらぼうに会話して見える留美だが、サツキとの誰も見ていない漫才みたいな会話は留美にとって唯一の心の拠り所だった。
図書室の前の階段でサツキと話しているときはどんな娯楽施設より楽しいと思えた。
留美はたまに、なぜサツキは自分と話してくれるのだろうと考える。
本当は迷惑なのではないかと思ったこともあった。
だが、声をかけてくるのはいつもサツキの方からだったから迷惑ということはないのだろう。
留美とサツキの共通点は同じクラスに割り振られただけでそれ以外に理由はない。
誰だって苦手なやつもいれば、趣味は合わないけど波長の合うやつもいる。
留美とサツキは偶然波長があっただけなんだ。
◇
「くだらねぇーよ。アイドルなんて……」
当時サツキにこの言葉を言っていたらアイドル・町本サツキは存在していないかったのだろうか。
留美はアイドルが嫌いだ。
人前で常に笑顔で愛想を振りまいて、その笑顔の仮面の下は歯を食いしばって、涙をこらえているという姿が留美には耐えられなかった。
「サツキはなんでアイドルになりたかったんだっけな」
一本目の煙草を吸い終わり、留美は二本目の煙草に火をつけた。
◇
高校生最後の夏休みが始まる前にサツキと留美はこんな会話をした。
部活もなく午前終了だったその日は公園の木陰がかったベンチにふたりで座って話をした。
「ウチの学校SNS禁止って厳しすぎー」
サツキは自販機で買ったスポーツドリンクを開けながら嘆いた。
「しょうがないでしょ。過去の先輩たちがSNSトラブル起こしてるんだから」
留美はサツキにも過去の先輩たちにも呆れながら、麦茶を飲んだ。
「芸能界は今やネットがほぼメイン拠点だし、今のうちにフォロワー増やさないといけないのに! フォロワーたくさんいないとスカウトもされないよ!」
メディアに疎かった留美はネットでスカウトされるというのがよくわからなかった。
そもそも芸能自体に興味がないから留美は芸能関係で知っている言葉をとりあえずサツキに放り投げた。
「オーディションは?」
「最近ネット動画オーディションが主流でそれするにはやっぱりSNS登録が必要だから……」
「オーディションも受けれず仕舞いと」
――何でもネットだよりって芸能界も大変だな。地方在住とかにはそっちの方が良いのかな。
「受けたよ! 地方で出張オーディションみたいに来たやつ……」
「結果は?」
「受かった……」
「え、すごいじゃん」
「親がダメだって……」
「何それ? 子供の夢の一歩を潰したってこと?」
「いや、まあ、あのオーディション怪しかったし、調べたら結構いろいろと問題のある事務所だったし、結果オーライだったかなって」
サツキはそう言っているが留美はサツキの残念そうな顔から本当は未練があるのを感じ取った。
空気が暗くなる前に留美は話題を変えた。
「そういえば、なんでアイドルになりたかったんだっけ?」
「中二のときに、ネットで『
平塚友利はサツキがいつも口に出しているから留美も知っていた。
ライブ動画を見せてもらったことがあるが、ステージで歌い踊る彼女はアイドル嫌いの留美にも確かにカッコ良いと思わせる魅力があった。
しかも、留美とサツキと同じ年だというのにも驚いた。
「キラキラ輝く平塚ちゃんがカッコよくて可愛くって……」
話しているサツキの横顔はまるで、恋する少女のようだった。
「いつか共演して、
顔を見られたくないのかサツキは両手で顔を覆いながらモゴモゴと言った。
そのサツキの仕草を妙に可愛いと留美は思った。
「マズくないよ。凄いと思う。私、夢なんて無いからさ」
「はは。ウチは逆に夢を追いかけることを取ったら何も無いかな……」
眉を八の字にしたサツキのどこか困った顔はなぜだか印象的に覚えている。
◇
「夢を追いかけることを取ったら何も無いか……」
あまりにも極端な言葉だと思ったが、今ならわかる気がする。
夢が無くて不安な留美と夢を追いかけ続けていないと不安なサツキ。
同じ不安でも、レールが違ったんだ。
サツキは大学に通いながら活動しているらしい。
らしいというのは彼女のSNSから割り出した。
サツキが留美も知らなかった努力をずっとしてきてたのをネットニュースのインタビュー記事で初めて知った。
【次世代アイドルのルーツに迫る! 今週は町本サツキさん】
『アイドルに憧れたのは中学二年生って結構遅かったと思うんですけど、ネットで偶然見た平塚友利さんのMVに一目ぼれしてからはもう絶対にアイドルになってやる! って思って』
――平塚友利のMV……懐かしいな。昔、よく一緒に見た。
『でも、私、ずっと引っ込み思案だったんですよ。まず、明るくなるところから始めようと思ったんです。恥ずかしいのを我慢して、クラスの子になるべく挨拶するようにして、授業でもなるべく、手を挙げて答えるようにして。とにかく、人に見られることに慣れようと思ったんです』
――明るくなることから始めようか……。私にはとてもできないことだ。
『そしたら影の薄かった私が段々クラスで認識されるようになってきて、気が付いたらクラスの子が私に「おはよう」って言ってくれるようになったんですね』
――サツキの糸目が写真の中で嬉しそうに笑ってる。
『……「あ、私のこと認識してくれてるんだ」……って。あれは嬉しかったなー』
――私が知ってるサツキに引っ込み思案のイメージはなかったが昔もそんなこと言ってた気がする。
『歌とダンスは平塚さん以外にもいろんな人の動画を見ながら練習してました。家族は冗談半分と子どもの一時の憧れみたいに思ってたみたいなんですよね』
――苦笑というのか、照れ笑いというのか、サツキの糸目は、こういう場面で威力を発揮する。
漫画やアニメに出てくる、人懐っこい猫のような目だった。
『それが悔しくて「絶対になってやる!!!」って余計に燃えたんですよね。高校生になったとき、自己紹介で「将来の夢はアイドルです!」って言ったらシーンとしちゃって「わぁ滑った」ってなっちゃったんですけど、一人だけ拍手をしてくれた子がいたんですよ』
――拍手してくれた子ね……。
『そしたら、他の子たちもパチパチと拍手してくれて、あのとき、もう凄く嬉しくて。「私は大丈夫」……って。小さいながらも自信がついたんです。その最初に拍手してくれた子が「私の最初のお客さんなんだ」って不思議と思って』
――猫みたいな笑顔の糸目が、じんわりと潤むのが留美には見える。感激屋のサツキは心境が顔に出るのだ。いや。出すのが得意というか、普通にやる。ついでに、恥ずかしいコトを平然と言ってのける。
『あの拍手が無かったら今の私はいないと思ってます。私のルーツは平塚友利さんと一人の子の拍手です』
◇
「高井ってカッコイイよね」
サツキは留美を見つめながら呟いた。
「いきなり何?」
高校一年生の頃から同じクラスだというのに一度もお互いの家に行ったことないよねという話になり、この日は留美の家にサツキが遊びに来ていた。
テーブルにお菓子をおいて向い合っての会話だった。
「だって、高井って一匹狼貫いてるし」
「担任からはクラスで浮いてるからなんとかしろって言われたよ」
「
30代後半で体育教師で昔の熱血という名の間違った根性論を振りかざす担任。
クラスのみんなは仲良くしよう。一人でいるやつは悪みたいな認識を持っている。
時代遅れな考え方だ。
「まあ先生っていうのはそれを言うのが仕事だから仕方ないよ。まあ、苛立ちをぶつけられた気もするけど」
留美は担任が嫌いだけど、仕事でやってるんだと自分に言い聞かせるつもりで言った。
その後のサツキからの言葉が予想外だった。
「高井みたいなのがアイドルに向いてるんだよなー……」
「今の会話からどうしてそうなる。ありえないから。人前嫌いだし、踊れないし」
「高井には個性があるもん」
「サツキの方が個性的でしょ。だから誰とでも話せる」
「高井は自分は自分でいられる個性なんだよ。ウチのは所詮、作った個性だから」
「作った個性?」
「ウチ、本当は恥ずかしがり屋だし、舞台に立つの怖いし、人の目がすごく怖いし、失敗が怖いし、笑われるのが怖い。怖いのを振り切っていつもやっているけど、震えが止まらないんだ」
「今のサツキは凄く魅力的だよ。作った個性って言うけど、私は全部本物のサツキだと思っている」
「高井……そんなこというから……ウチは……」
「芸能界よくわかんないのに偉そうなこと言っちゃったよね。ごめん」
「そんなことない! ウチ、嬉しい! さ、さすが、恋人!」
「その遊び、まだ続いてたんだ」
「卒業するまで続くの!」
◇
卒業と同時にカップルごっこは終わったが、友達も終わることはなかっただろうに。
いつも隣にいて、好きだと言ってくれてたのに、いつの間にかサツキがいない生活が当たり前になっていた。
連絡先は知っていた。でも、この二年間、連絡する勇気がなかった。
お互い別々の道を歩むと相手の生活とか交友関係を気にしていって言い訳をしてきたんだ。
作った個性というのに悩んでいたサツキは今でもそうなのだろうか。
恥ずかしがり屋で、人の目が怖くて……って誰もが持っている当たり前のものじゃないか。
サツキの気持ちに早く気づいていれば、また違った未来が待っていたかもしれない。
◇
「カップルごっこさ。どうして相手を私にしたの?」
留美は気になっていたことをサツキに訊いた。
「……高井が好きだからだよ」
少しの間が気になったからさらに留美は突っ込んで訊く。
「それ、どういう意味で?」
「好きは好きだから……」
サツキは下を向いた。
留美はサツキの気持ちを確信した。
「ねえ、私とキスしたい?」
「高井? いきなり何言ってるの?」
「私とセックスしたい?」
「ちょっと高井!?」
二人の間に沈黙が流れた。
サツキの顔も赤かったが、言った留美本人はサツキ以上に顔が沈みかけの夕焼けのように赤かった。
「したいよ! 高井と全部したいよ! したいから……一緒にいたかったから……。カップルごっこしてる内にお互い本気で好きになって、本当に恋人になったって人の噂を聞いて、もしかしたら、ウチも高井とそうなれるかもって思った……」
「私、町本がそこまで好きになることしてないよ」
留美は思わずサツキ呼びではなく町本と呼んでいた。
「した!」
「何?」
「高一の自己紹介のときに『夢はアイドルになることです』って言って、クラスがシーンとなったとき、高井だけが拍手してくれた」
「……私は、素直に凄いと思ったから。夢を言えるサツキが凄いと思っただけだから」
「好きになる理由としてやっぱりダメかな?」
「ダメじゃないと思う……」
「それに、部活無い日に高井と話してるときとか凄く楽しくて、初めて親友って思えたんだ」
「私もサツキと話すの楽しいよ」
「いつからか、高井が好き過ぎるようになってた。胸が苦しくて、キスしたくて、触りたくて……ずっと、ずっと一緒にいたくて……」
真向から言われると留美も悪い気はしなかった。むしろ、嬉しさを感じた。
――ああ。こんなにもサツキは私のことを思ってくれているのか。
留美は心の中で舞い上がり、今なら何でもできる気がして大胆なことを口走っていた。
「キス……しよっか?」
「え?」
「私たち、カップルなんでしょ。しようよ。キス」
「……うん」
サツキの方が戸惑っている。
留美はサツキの正面に立つと、サツキと目を合わせる。
いつからサツキはこんな目をしていたのだろう。
サツキの芯のある目は真っ直ぐと留美に向けられていた。
「こんな綺麗な瞳で私のことを見ていたんだね……」
留美は初めてのキスをサツキに捧げた。
「……ん」
留美とサツキはお互いの腕を制服越しに握る。
熱い恋心が彼女の唇から伝わってくる。
胸が苦しい。
長いようで短いキスから離れたとき、留美は現実と空想の狭間にいるようなフワフワとした感覚に陥った。
「……高井……舌、入れたい」
「え……」
「ダメ?」
「いいよ」
顔に手を当てて真っ直ぐ吸い込まれるように唇を重ねた。
「ん……はぁ……」
漫画と小説の知識で得た真似事のキスはとても
それでも、留美にとって、サツキにとってそれは精一杯の表現だった。
――やばい。恥ずかしい。
今まで体験したことのない感触が口の中に広がっていく。
絡め合う舌先はとても未熟で幼い。
――身体が溶けそう。顔が熱い。
「ストップ」
留美は言った瞬間、サツキの肩を掴んで自分から離した。
「……ダメ?」
顔を見られたくない留美はサツキに背を向けて、短い言葉を紡いだ。
「ごめん」
留美の背中にサツキのあたたかい手のひらの感触が覆った。
「わかった……ありがとう……」
それから卒業まで、前と同じようにサツキと会話をすることはなかった。
◇
カップルごっこと言っていたが実際にカップルらしいことをしたのはあの時のキスだけだった。
――あのとき、キスの先もしておけば良かったかな。
きっと、していたらとても
18歳の私には、あれが限界だった。
子供から見たら大人で大人から見たら子供の背伸びをした18歳。
あのとき、ふたりは、一瞬だけど、恋人だったのかもしれない。
留美はパソコンを立ち上げ、ネットに接続した。
町本サツキのライブ配信が始まる。
留美が気が付いたときにはサツキはアイドル・町本サツキとして前に進んでいた。
彼女に言ったら「ウチなんてまだまだだよ」って言うのだろう。
元々、留美とサツキはスタート地点もゴールも違ったのだ。
留美に至ってはゴールすらわからないのだ。
比較するのが、そもそも間違っている。
ライブが始まった。
暗い空間からライトが照らされる。
可愛いというよりスタイリッシュ系の黒と赤を基調にした衣装は大人の雰囲気を醸し出していた。
赤をワンポイントに入れたキュロットスカートとブーツ、上は燕尾服のような黒でアイドルのイメージも随分と変わったものだなと留美は感心した。
静かなイントロが流れ出すと徐々にアップテンポになっていき、彼女の歌が始まった。
これが高校のとき隣で笑っていたサツキなのだろうか。
高校の頃の彼女を知っているとそこにいるのが本当に彼女なのかと疑いたくなったが、笑ったときの細くなる目がとても懐かしく、それがサツキなのだと証明していた。
画面越しの彼女の笑顔はキラキラと耀き、眩しくて眩しくて、自分が惨めだと思わせるくらいに眩しくて。
でも、彼女の輝きに目が離せない。
彼女の姿がかすんで見える。
涙が知らない間に溢れていた。
悔しくて、羨ましくて、憎くくて、それでいてサツキが夢を叶えたことが嬉しくて。
「夢……叶えたんだね……サツキ」
涙で掠れた声が部屋に響く。
その声は画面の中の彼女に届いたかはわからない。
でも、その声に反応したかのように町本サツキは笑顔を向けて留美に手を振ったように見えた。
耀いているアイドルの町本サツキは大嫌いだ。耀いている親友の町本サツキは大好きだ。
◇
「ウチ、高井に見つけてもらえるようになる!」
「見つけたら迎えに行ってやるよ」
そんな言葉を交わして町本サツキとは卒業以来会っていない。
留美は大学にとりあえず通っているだけで、やりたいことがいまだに見つかっていない。
サツキは小さいながらも夢を叶えた。
ライブ配信が終わって留美が考え込んでいた間に1時間以上も過ぎた頃、留美のスマフォが鳴り出した。
相手はサツキからだった。
「も、もしもし……」
『もしもし! 高井! ライブ見てくれた!』
昔と変わらないサツキの声がスマフォから響いてくる。
留美は動揺した。さっきまで画面の中にいた人間と会話しているのだ。
「み、見てたけど何で私が見てたって知ってるの?」
『ウチの勘!』
画面で見たときは別人だと思ったサツキだが中身は全く変わっていなかった。
それが嬉しくて、笑いがこぼれた。
「何それ? ライブ、お疲れ様……カッコよかったよ」
『本当! ありがとう! ウチ、高井に見つけてもらえたんだね!』
「見つけた、見つけたよ。次は私の番かな」
『……うん』
二年前に最後に交わした言葉、忘れるものか。
「見つけたから迎えに行ってやるよ」
あのときの……一瞬の続きをしよう。
——— 一瞬だけの恋人が二年も間を経て通用するかはわからない。
でも、ダメならダメで素直に引き下がってあげればいい。
留美はサツキがいちばんいいと言う通りにしてあげたかったし、そうしたかった。
だからこそ言おう。迎えにきたよ……って。
そんなふうに思っていると、天井を仰いだ留美の両目じりから流れる涙が頬をつたった。
留美は詰まりそうになる声をなんとか絞り出してスマホの向こうにいるサツキに訊いた。
「……サツキ。今、どこ? ……この後さ、時間、ある?」
『……留美……ならそういうと思った。じゃあ、窓から表の通りを見て』
「え……?」
散らかったフローリングの床を一足飛びに窓際のベッドに両ひざで飛び乗ってアパート前の通りを見下ろす。
目を凝らせば、最近、発光ダイオードに交換されて眩しすぎる街灯の下に、恋人はいた。スポットライトの中で懐かしくって、愛おしい糸目が笑いながら手を振っているのがわかる。留美は蹴飛ばされるような勢いでベッドを飛び退き、空き缶や雑誌の山を蹴飛ばして玄関へ急いでいた。
———いま、迎えにいくから……!
そう心の中に叫びながら。
『輝くから見つけてね』 了
アイドルになっていたかつての同級生をネットで見かけてその同級生との思い出を振り返る。 シイカ @shiita
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