王都に着いて
ゆっくり移動して、ようやく王都に着いた。シュトラウス領もそこそこ栄えている方だけれど、王都に比べると全然活気が違う。
王都に入ってすぐは商店が続く。威勢のいい掛け声で王都に立ち寄った旅人や近くに住んでいるだろう人たちを呼び込んでいる。
そこを抜けると住宅街だ。王城へ近づくにつれ身分が高い者の住宅になる。豪奢な貴族邸宅が建ち並ぶ住宅街を華やかに着飾った人たちが乗った馬車が行き交う。
それぞれの馬車には所有者がわかるように、家の紋様が刻まれている。以前はその紋様を見るたびに実家を思い出して怖かった。
今日は弟がもう王都に来ているのか気になって、ついつい車窓から確認していた。そんなわたくしに気づいたマインラートは不思議そうに尋ねてくる。
「アイリーン、何か気になるのか?」
「いえ、大したことではないのですが、ブリーゲルの馬車が通らないかと。本来なら先触れを出して会いに行くべきですが、偶然出会ったらその必要もなくなるでしょう?」
援助を打ち切ってしまえば、向こうからどういうことだと怒鳴り込んでくるかもしれない。だから、打ち切る前の落ち着いて話せる時の方がいいかもしれないとは思っていた。結局は相手が怒ることは間違いないのだけど。
そんなわたくしの言葉に反応したのはコンラートだった。怪訝にわたくしに問いかける。
「母上、ブリーゲルに行くとはどういうことですか?」
「言葉通りよ。シュトラウスが援助を打ち切ることを通告してくるわ」
「母上、やめてください! あなたがやるべきことではありません。僕や父上に任せて……」
「いいえ。わたくしがしなければいけないことなのよ。わたくしと引き換えにシュトラウスに援助するという約束を
「父上! 父上も止めてください!」
一向に聞かないわたくしに焦れたようにコンラートはマインラートに訴える。だけど、マインラートは苦笑して首を振る。
「アイリーンは言い出したら聞かないよ。そういうところもお前とそっくりだな。それに、私もアイリーンについて行くから大丈夫だ」
「ですが、何かあってからでは遅いんですよ?」
コンラートはまだ不安そうだ。それでもわたくしは、と口を開きかけてマインラートが先に口を開いた。
「お前の心配はもっともだ。私だって止めたよ。だが、アイリーンはこれまで現実から目を逸らしてきたことを悔いているんだ。お前も含めて色々な人の人生を狂わせたんじゃないかと。だからアイリーンが現実と向き合うためにも必要なことなんだろう。危ないことから守ることも確かに愛情だとは思うが、信じて見守ることもまた愛情だと思う。お前もアイリーンを信じてやってくれ」
「父上……」
コンラートが黙り込むと、黙って成り行きを見守っていたユーリが口を開く。
「……わかります。私もロクスフォードの父や兄がそうやって見守ってくれていましたから。だからこそ頑張れるというところもあると思います。私はお義母様が無事に帰ってくるのを家でお待ちしております」
「ユーリ……ありがとう」
やっぱり彼女はわたくしの気持ちをわかってくれる。息子の嫁というだけでなく、一人の人として。その気持ちが嬉しかった。
「……わかりました。ですが、くれぐれも無理はしないでください。皆が心配しますから」
「ありがとう、コンラート」
最終的にはコンラートも渋々認めてくれた。そんなコンラートを揶揄するように、マインラートがユーリに言う。
「ユーリ。コンラートが付いてこないように見張っていてくれないか? うるさく騒いで話し合いが台無しになったらいけないからな」
「なっ……」
「お義父様、お任せください。私がしっかり引き止めておきますので、お二人は話し合いに専念してください」
コンラートは絶句するけれど、ユーリはにこにこと答える。以前にもコンラートが同じことをしようとしたことがあるので、コンラートを除く誰もがマインラートの言葉に納得していたのだろう。
そこでわたくしもユーリに言う。
「ユーリ、本当にお願いするわね」
「母上まで……ユーリ。僕はそんなことをするように見えるのかい?」
「いえ、まあ、そうね。ごめんなさい。見えるわ」
申し訳なさそうにユーリにも肯定されたコンラートはがっくりと肩を落とす。そんなコンラートにマインラートは優しく声をかける。
「まあまあ、あんまり気にするな」
「誰のせいだと思ってるんですか!」
マインラートはわかっていてやっているのだろう。口元が笑いを堪えるようにヒクついている。
「……もういいです。ですが、母上、本当に気をつけてください。僕は耐えることが美徳だとは思いません。腹が立ったら怒ってもいいんです。僕はそんな母上の気持ちも知らずに追い込んでしまったので、こんなことを言える立場ではないとわかっていますが……」
「いいえ。あなたには言う権利があるの。わたくしはあなたの大切な時に傍にいてあげられなかった。母親失格だわ。許して欲しいとも言えないし、許されるとも思わない」
「……僕には母上の苦しみがわかります。愛された記憶がないから愛し方がわからずに僕もユーリを苦しめた。ウィルフリードが生まれる時も不安でした。こんな不完全な僕が父親になんてなれるのかと。あなたも同じだったんですね」
コンラートは伏し目がちに吐露する。この子がそうなってしまったのはわたくしのせい。
「……そうね。だから、わたくしもあなたも変わらないといけない。大切な人たちを守るために。あなたも一人ではないのだから」
「ええ。もうユーリやウィルフリードを蔑ろにしたりはしません」
コンラートはユーリとウィルフリードを見て誓う。それにわたくしも頷く。
「そうよ。失った時間はもう二度と戻っては来ないのだから……」
だから今を精一杯生きなければ。そのために心の重しになっている過去を断ち切る。そんな決意で王都のシュトラウス邸に帰ったわたくしは、約二十年ぶりに実家に手紙を書いたのだった。
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