五人での旅行

 それからすぐ、マインラートはコンラートに当主の座を譲った。それもちゃんと皆で話し合い、納得の上で決めたことだ。コンラートは、まだまだ分からないことがあるからマインラートに手助けして欲しいと素直に助けを求めていた。それがまたわたくしには嬉しいことだった。


 そして、マインラートがコンラートに当主の座を譲って初めての社交シーズンがやってきた。


 ウィルフリードが二歳になることもあって、ユーリとコンラートは社交を始めることにしたのだ。


 わたくしとマインラートはもう顔見せの必要はないのかもしれないけれど、当主が変わったことを周知させることや、マインラートが新婚旅行をできなかったことを気に病んでいたために、家族五人で王都へ出かけることになったのだった。


 ◇


「……いいから腕を離してください」

「まあ、いいじゃないか」


 王都への道程の馬車の中で、マインラートは隣に座るとわたくしの腰を抱き込む。コンラートたちの前では嫌だと言ったにもかかわらず聞いてもらえない。


 向かいの席ではコンラートが視線を外し、ウィルフリードを抱いたユーリが微笑ましそうにこちらを見ている。実際はそんなに微笑ましいものではないのだけど。


 マインラートは、たびたびこうしてわざとわたくしを困らせることをする。それというのもわたくしがまた感情を閉じ込めないためだろう。


 いい子でなくても愛されるのだと、マインラートは教えてくれた。それでもわたくしの心の奥に巣食っている闇は、未だに消えない。その闇を作った原因から目を逸らしている限りは消えないのかもしれない。


「本当にもう……」


 諦めて嘆息すると、コンラートがちらりとこちらを見る。


「……仲がいいのは結構ですが、ちょっと見ていて辛いのですが」

「まあ、気にするな」

「気にしますよ。これでもし、お二人に子どもでもできたら、もっといたたまれない……」


 コンラートは頭を抱える。

 それはわたくしも同じだ。成人した息子どころか、二歳になる孫もいる。これで更に子どもとなって、お盛んだと思われるのは嫌で仕方がない。


 それなのにマインラートは嬉しそうだ。


「ああ、それはいいな。私たちももう一度頑張るか、アイリーン」


 何を言っても無駄だと、諦めつつ反論してみる。


「……頑張るのはわたくしですが?」

「いやいや。私も頑張らないと子どもはできないだろう」

「だから! そういう生々しいことは二人でやってください!」


 コンラートがまた突っ込む。その隣でユーリがマインラートの味方をする。


「お義父様の言う通りです。もう一人いても楽しいかもしれませんね。ただ、お義母様の体力を考えると大変でしょうけれど」


 ユーリまで。それならわたくしも反撃しようとユーリに言う。


「わたくしよりも、ユーリがもう一人産んでもいいのではない? まだ若いのだし、次は女の子がいいわね」

「ああ、それもいいな。頑張れよ、コンラート」

「……もう、やめてください……」


 突っ込み疲れたコンラートが項垂れる。それを見て三人で笑った。


「ちちうえ?」


 一人だけ理解できていないウィルフリードがコンラートを不思議そうに見上げる。


「……その純粋な視線が痛いよ。ウィルフリード」


 コンラートは苦笑しながら、ウィルフリードの頭をくしゃくしゃと撫でる。ウィルフリードは気持ちよさそうに目を細めた。


 その光景を見て、胸が温かいもので満たされる。

 コンラートも血の繋がりだけではない父親になろうとしているのだ。

 涙ぐみそうになったわたくしにマインラートは言う。


「……よかったな」

「ええ……」


 見られていることを忘れ、マインラートに甘えるように身を寄せる。


 だけど、今度はコンラートは何も言わなかった。そうして馬車の中では家族の団欒を楽しんだのだった──。


 ◇


 王都へは順調にいけば二日で行ける。だけど、幼いウィルフリードがいることや、わたくしたちの旅行も兼ねているということで、途中四泊することにした。宿に着くなりマインラートがテキパキと仕切る。


「今日はここで休むよ。私とアイリーンはこちらの部屋で、お前たちは向こうの部屋だ。それじゃあまた明日」

「え、ええ」


 マインラートに言われて、戸惑いつつもコンラートたちは自分たちの部屋へ向かった。


 わたくしたちもコンラートと別れて用意された部屋へ入る。何故かコンラートたちとの部屋との間には侍女やメイドたちの部屋がある。離れているのが不思議で、マインラートに尋ねた。


「何故部屋が離れているのですか? 隣でもいいのではありませんか?」

「離れた方がいいだろう? 向こうもだが、私たちもある意味、新婚みたいなものだよ。ここは壁もそれほど厚くないから、声が聞こえると気まずくないか?」


 マインラートの言葉を理解すると同時にわたくしの顔が熱くなる。


「そっ、そうですわね……」

「まあ、あっちは子どももいるからそうはならないと思うが。もし、あれだったら一晩ウィルフリードを預かるか?」

「……それを言ったらまたコンラートが怒るでしょうね」

「あいつも融通が利かないからな。本当に誰に似たんだか」


 そう言ってマインラートはちらりとわたくしを見る。心外だ。


「わたくしは別に融通が利かないわけではありません。場所を弁えているだけです」

「そうだな。二人の時はこんなに素直なのに」


 そう言うとマインラートはわたくしをベッドに押し倒す。


「……素直ですか?」

「ああ。前よりもわかりやすくなった」


 それはいいことなのだろうか。ふと心に暗い影がさす。


 ──黙って従えばいい。お前の気持ちはどうでもいい。


 そう言って振り払われた手。蔑むような冷たい目。わたくしは未だに家族に囚われているのだろう。


 王都へ行けばきっと実家の家族もいるかもしれない。もし万が一家族に会って、平静でいられるのだろうか──。


「アイリーン……?」


 名前を呼ばれてのし掛かるマインラートを見上げると、マインラートは心配そうにこちらを見ていた。


「どうしました?」

「それはこっちの台詞だよ。急に神妙な顔をするから。何か心配なことでもあるのか?」

「大したことではないのですが、少し実家のことを思い出していました。もう、ずっと連絡もとっておりませんし、社交からも遠ざかっていたので、今どうなっているのかと……」


 マインラートは隣に横たわるとわたくしを引き寄せる。


「……気になるのか?」

「……ええ。本当はわたくしが離縁された時に実家への援助が打ち切られるだろうから、実家との縁も切れてそれで全てが終わると思っていました」

「だから、それはしないと言っているだろう? 私は君を手放す気は全くないよ」


 そう言うとマインラートは力強く抱きしめてくる。その彼の胸に顔を埋めて呟く。


「……このままでいいんでしょうか」

「ん?」

「……結局、政略として成り立っていないのに、わたくしがここにいる意味はあるのでしょうか? 今のわたくしは子爵夫人でもありません」


 今のわたくしには何もない。


 マインラートやコンラート、ユーリがわたくしを思ってくれているのはわかる。だからこそ自分が役に立っているどころか、足を引っ張っている気がして、申し訳なくなるのだ。


 少し間があってマインラートは言う。


「……それなら聞くが、今の私は子爵家当主じゃないよ。私がこの家にいる意味はあるのか?」


 思わず顔を上げてマインラートに向かって強い口調で答える。


「あるに決まっているではないですか。あなたがいないと成り立ちません」

「それはどうしてだ?」


 マインラートはさらに追及する。わたくしは考えながらも少しずつ言葉にしていく。


「それは……これまであなたが家のために貢献してきたことでしょう? それに家族にとってはもうなくてはならない人ですし、何よりわたくしはあなたを愛していますし……」

「それは君にも言えることだろう?」

「え?」


 マインラートは笑うと、一つずつ指折り挙げていく。


「君は家のためにこれまで頑張ってきたし、家族にとってなくてはならない人だし、私の最愛の人だ。ほら、君にも意味があるだろう?」

「マインラート……」

「……君が自分の存在価値に意味を求めるのもわかる。だから、いずれ君の実家についての話もしようと思っていた」


 マインラートはそこまで言うと、言葉を切って表情を改める。


「聞いて欲しい。君の実家の現状を──」

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