通じ合う気持ち
もう、ここがどこなのか気にならなくなっていた。過去の記憶を塗り替えるように、ただただ一心にマインラートを求める。
マインラートと結婚して長い時間が経ち、その間にお互いにいろいろなことがあった。手慣れた様子のマインラートに嫉妬はするけれど、わたくしの体も彼ではない男を知っている。
全ての過去は今この時のためにあったのかもしれない。体だけでなく、心が満たされる幸せ、それを初めて実感した。
女に生まれてよかった──。
◇
「そういえば。この部屋、フィリーネ様たちが泊まっていましたけど、二人がいなくなったのならお返ししないと宿の方が困るのではありませんか?」
落ち着いた後、ふと気づいてベッドでうとうとしかけているマインラートに問いかける。
しかもベッドを使用してしまった。怒られるのではと心配するわたくしに、マインラートは思い出したかのように言う。
「……ああ、それなら大丈夫。宿の主人には、ちょっと問題が起きたので、申し訳ないがしばらく部屋を借りると二日分の宿泊料金を払っているよ。フィリーネたちをここで捕まえるつもりだったから。だが、私もまさかこうなるとは思わなかったな」
「そういえば、いつこちらへ来られたのですか? あまりにも早い到着でしたが」
不思議に思って尋ねると、マインラートは恐る恐る話し始めた。
「……聞いたら怒るかもしれないが、実は君の跡をつけていたんだ。それで隣の部屋で様子をうかがっていたら君の叫び声が聞こえて、突入したという感じかな」
「ですが、手紙が届いた時点で気がついていたのでしょう? それならわたくしに問い質したらよかったのでは……」
「それだと君の本音を引き出せないと思ったんだ。また君は、自分は役に立たないと思って内に篭ってしまいそうで。君が自分で立ち向かおうと思うことで、自分に自信を持って欲しかった。だが、それは逆効果だったのかもしれないな。また君を泣かせてしまった」
マインラートは体を起こすと、わたくしの目尻に残る涙を掬い取る。
彼はわたくしのために色々と考えてくれていたのだ。
「ありがとう、ございます……」
「いや、私は……」
マインラートは気にしているようだけど、わたくしはその気遣いが嬉しかった。彼の唇に手を当てて止める。
「わたくしが立ち向かうと思ったのでしょう? 信じてくださってありがとうございます。あなたの言う通りです。あなたが先に動いてしまったら、また無力感で動けなくなっていたかもしれません。先程、あなたが言ってくださったでしょう? コンラートを守りたいという気持ちは本物だと。その言葉で報われたような気がします」
一人で悩んで右往左往したけれど、家族を大切に思う気持ちは嘘じゃない。
だけど、どうしてマインラートはそこまでしてくれるのだろうかと不思議に思う。
「ですが、どうしてそこまでしてくださるのですか?」
マインラートは目を見開くと、疲れたようにわたくしにもたれかかる。
「……わかってないのか。いや、まあ、ちゃんと言っていなかった私が悪いんだろうな……」
「どうしたのですか?」
「いや……」
マインラートは身を起こしてわたくしを真っ直ぐに見下ろすと言った。
「君を愛してる」
「え……」
「私はてっきり伝わっているものだと思っていたから敢えて言わなかったんだが、君は言葉にしないと不安になるんだったな」
マインラートは苦笑する。わたくしは思いがけない言葉に呆然と彼を見つめていた。
確かに好きだとは言ってくれたけれど、そこまで深い気持ちではないと思っていた。ただ、少し気にしてくれているくらいかと。
「嘘……」
「嘘じゃない。愛していなければこんなまどろっこしいことはしない。私はその君の不器用な優しさも含めて愛しているよ」
マインラートは笑ってわたくしに口付ける。それでせっかく止まった涙がまた、込み上げてきた。
「今日はずっと泣き通しだな」
「……っ、あなたが、泣かせるんです……」
「ああ、そうだな」
「……わたくしも、あなたを、愛しています……!」
ようやく言えた、長年偽ってきた気持ち。受け止めてくれる人がいる喜び。後から後から涙が流れてくる。
目尻に唇にマインラートは口づけを落としてくる。それからは言葉もなく、気が済むまでお互いを貪りあったのだった──。
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