荒れ狂う心
これまでのことを思い出しながら、ぽつぽつと心の内を吐露していく。
「……わたくしは生まれてからずっと、いい家に嫁ぐようにと言われ続けてきた。わたくしが両親にとって初めての子どもだったのに、女だったのが悪かったのでしょうね。両親はわたくしに見向きもせずに、後から生まれた後継である弟ばかり可愛がっていた。いてもいなくても同じならいない方がいいのにと、両親に言われたこともあるわ」
「母上……」
あの頃の悔しさ、寂しさが昨日のことのように蘇って、見ないようにしてきた傷はまだ癒えていないのだと痛感する。
「そして、両親がわたくしを見下すから、後継である弟もわたくしを見下すようになった。弟には役立たずと罵られることもあった。だから、わたくしは家族を見返したくて、いい家に嫁ぐことを目標にするようになった。自分の価値はそれしかないのだと思ったから」
そうすれば、あなたがいてくれてよかった、あなたが必要だと言ってもらえると期待した。
だけど現実はそんなに甘くなかった。
ちらりとマインラートを見ると真剣な表情で聞いている。それでわたくしはつい嘘を吐いた。
「……そうしてあなたとの縁談が決まった時は嬉しかった。その時ばかりは両親によくやったと褒めてもらえたの。そして、そんな環境から抜け出せることも嬉しくて、救ってくれたあなたに感謝したし、わたくしはあなたを好きになった。わたくしはそう思っていた」
両親は喜ぶどころか、シュトラウス程度としか縁を結べないとわたくしを罵った。だけど、そんなことはマインラートには言えるはずがない。マインラートがどれだけ苦労してこの家を守ろうとしてきたか、彼にとってこの家がどれだけ大切だったか。侮辱する言葉は言えなかった。
更にわたくしは嘘を吐く。
「……今考えると、わたくしはそう思い込もうとしたのかもしれない。救い出してくれたこの人が、わたくしを思ってのことだと勝手に勘違いしたから、思いを返さなくてはいけないと……わたくしの気持ちは全て作られたものかもしれない。そんなわたくしに価値なんてないわ。所詮偽物なのだから──」
違うのに勝手に口をついて言葉が出る。
わたくしは確かにマインラートを愛している。自分が傷つきたくないから、振られる前になかったことにしようとしている。そんな卑怯な自分が嫌だ。
ユーリに今の気持ちが偽物かと問われてわたくしは答える。
「……わからないわ。だから、自分を見つめ直すために独りになりたいのかもしれない」
だけど、コンラートもマインラートもそんなわたくしの醜い心を見抜いていた。険しい表情でわたくしを見返している。
──やっぱりお前はダメだ。
そんな声が聞こえてきそうで怖くて体が震えた。腹の底が冷えるような恐怖。実家でいつも感じていたものだ。
ここから逃げ出したいと、体が逃げの体勢に入る。
そんなわたくしに気づいたようでマインラートははっと表情を緩める。
「……アイリーン、すまない。怖がらせたいわけじゃないんだ。だが、また家族から目を逸らそうとするのはやめてくれないか? もう私は皆が壊れていくのを見たくはないんだ」
「わたくしは目を逸らしてなんていません」
そう答えるわたくし自身が一体何から目を逸らしているのか自分でわからなくなっていた。家族なのか、自分の心なのか、過去なのか。
「だったら何故離れようとするんだ? 君はコンラートに自分と同じ思いをさせて悔いているのかもしれないが、また同じことをしようとしてる。コンラートにとって自分がどんなに大切な存在かわかっていないだろう? それに私にとっても君は大切な家族だと思っているよ」
「……嘘は結構です」
──やっぱり家族愛でしかなかった。
マインラートはわたくしに母としてここにいろと言いたいのだろうか。わたくしがつまらない女だから?
悲しみと怒りでわたくしはマインラートを睨みつける。そんな資格なんてないとわかっていても、自分で自分を止めることができなかった。
「私は確かに君のことをわかろうとしなかった。そんな君に甘えてしまったところがある。だから、君がどういう人なのか、ちゃんと知りたい」
「……同情ならいりません。余計に惨めになるだけです。わたくしはどうせ誰にも必要とされないのだから……」
話しながらこんなことが言いたいわけじゃないのにと、落ち込んでくる。
コンラートもマインラートもわたくしを必要だと言ってくれているのに、わたくしは素直になれない。
マインラートに女として愛して欲しい。それを言えばいいだけだとわかっている。でも、同情で愛している振りをされたくはない。どこまでわたくしはわがままなのだろうかと自分が嫌になる。
心の中がぐちゃぐちゃでまとまらず、自分では制御できない。凪いでいた心は、最早荒れ狂う嵐だった。何も感じなくなっていたのが嘘のように、ドロドロとした感情に支配される。
そのせいで心の奥に封じ込めたはずの本心が頭をのぞかせる。だけど、それを誰にも知られてはいけない。だから、わたくしは自分に言い聞かせるように暗示をかける。
──わたくしが全て悪い。そうでなければならないのだ。
そんなわたくしを止めたのはコンラートだった。
「母上、もう素直になってはどうですか?」
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