あの電車でまた会おう

おしゃれ泥棒

第1話

―コウモリ―


哺乳類で翼手目の小獣。コウモリの翼は飛膜と呼ばれ伸縮性があり破れるほどの大けがをしても自然治癒で回復する。10万ヘルツの高周波数超音波で獲物を狩り口から血液の凝固を阻害する体液を出して獲物の血を吸う。またコウモリは、危険を感じると牙をむいて威嚇する。そして人が感染すると100%死に至る狂犬病のウイルスを保有している。(図鑑より抜粋)




―山本花音(家出中)の場合





夜の公園のベンチにその人はいた。私はその人から目が離せなかった。酷いけがをしているようで白いシャツにもズボンにもべっとりと血がついていたから。


なのにその人はちょっとビールを飲みすぎたサラリーマンが休憩するような気軽さでベンチにひょいっと座っている。公園に備え付けられた常夜灯は舞台のスポットライトのようにベンチをこうこうと照らしていて、座り込んだ彼を浮かび上がらせていた。


ここは平和で穏やかな住宅街の公園だ。彼も、そのシャツについた赤黒い血も場違いすぎて似合わない。あの人はいったい何者なのだろう。公園の入り口からこっそりのぞいている私とその人はゆうに10メートルは離れているのにこっちにまで鉄のさびた匂いがしてきた。


これって多分血の匂いだろうな。


はっきりとはわからなかったけれどそこには何人もの血が入り混じっているような気がした。そして、あの人に決して近づいてはいけない、そんな気がした。近づいてはいけないとわかっているのになのに私は何となく目が離せない。


その人は自分をじっと見ている私に気づいて立ち上がると、常夜灯にこうこうと照らされているベンチから立ち去り暗闇の深い方へと移動していってブランコの鉄枠の部分にまた腰かけた。今度はこちらに背を向けたから闇に潜む黒い影になってしまった。


その人の背中にはまるで畳んだ大きな翼のようなものが生えていて、彼はその翼をバサッと広げた。私はソレを見てどきりとした。まさか、大きなコウモリ男?うそ、翼?いや違う、それは私の目の錯覚だった。灯の下から移動してしまっていたからあまりよく見えなかったけれどよくよくみれば黒いコートを肩にかけていて、それを着ただけみたいだった。


本当にあの人、何者なんだろう。


時刻はもう10時を回っていた。


私はと言えば、さっき母親と大喧嘩してプチ家出をしたところで喧嘩のきっかけはとってもしょうもないことだった。私がスマホのゲームに課金していたのがばれてこっぴどく叱られたのだ。そりゃあ一万円も無駄にしてしまったのは悪いと思うけれど、だからと言ってあんなにがみがみ怒鳴り続けることはないのに。


しかもスマホを没収するなんてのはひどいと思う、私だってもう中学生なんだから友達とラインだってしたいし好きな男子から電話だってかかってくるのに没収は絶対許せない。


思い出しただけでむかむかしてきた。母親だって父に内緒でこっそり高いバックとか買ってるじゃん、私はダメで母はいいの、おかしくない?


そんなわけで怒りが収まらずむしゃくしゃして勢いのまま飛び出しこんな夜中に公園へ来ていたんだ。そしてそこで、あの人を見つけた。最初見つけた瞬間の雰囲気ではサラリーマンだと思っていたんだ。


だって何となく飄々としていて不審者っぽい気持ち悪さがなかったからだ。けれどそのシャツに大量の血がついているのに気付いてそれを見てやばいと思った。だけどそれでも怖いもの見たさで恐る恐る観察していた。


何だろう、あの人。血だらけってどういう状況?危ない人?こんな閑静な住宅街に?そんな雰囲気じゃないけれどなあ。ヤンキーっぽくないし浮浪者でもない。きちんとしたシャツとコート。だけどあんなに大量の血なんて今まで一度も見たことがないよ、これまさか、現実じゃないのかな。もしかして悪者と戦ってきたスーパーマンかな?いやどちらかっていうと悪者か、全身黒ずくめだし、ね。


公園の常夜灯の周りには3,4匹のコウモリが飛んでいて、それを見てふっと思った。


もしかしてあの人、吸血鬼かな?ドラキュラ伯爵みたいに人の血を吸うための牙が生えているんじゃないだろうか、それかやっぱりバットマンだ。黒いマントがよく似合うから。


ブランコの鉄枠に腰掛けてじっと動かないバットマンのぐるりをコウモリが一匹引き寄せられてきたように旋回しはじめた。コウモリの飛び方はまっすぐ一直線に飛ぶスマートな飛び方じゃなくてふらふらした感じだった。なのにやたらスピードがある。そっか、血の匂いに誘われてきたんだな。





私は急に昨日のニュースを思い出した。外国でコウモリにかまれた人が狂犬病に感染して死んでしまったというニュース。コウモリって小さいけれど結構アブナイ獣なんだっけ。かまれた経験がないからわからないけど。コウモリは昼間巣の中で眠っていて夕方になると出てきて空を飛び回る。目がほとんど見えていなくて嗅覚と特殊な電波でコンタクトをとっているのだ。


もしこの公園で私がコウモリにかまれてしまったら母は心配するだろうか。もしもバットマンの吸血鬼みたいなあの人に襲われて血を吸われたら心配するだろうか……。


そこまで考えて私は「帰ろうかな、」そうつぶやいた。

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