第9話 二人で分かち合う


 文音の家に着くと、文音の叔母さんが二人を出迎えた。文音の叔母は駆のことを見るなり露骨に渋い表情を浮かべていたが、午前中に駆の叔母から事前に連絡を受けていたため、何も言わずに家に入れてくれた。

 居間に通された駆は、部屋に戻った文音が着替えてくるまでの間、文音の叔母からやんわりと文音との関係について追及を受けることになった。それに対し駆は、叔父夫婦に話した内容と同じことをもう一度繰り返して説明し、やましいことは何一つしておらず、文音のことは何よりも大切にしていると堂々と主張した。


「……本当に、やましいことは何もしていないのね?」

「していません。俺にとって文音さんはかけがえのない存在なんです。彼女を傷つけるようなことは、何一つしたくないんです」


 念を押すように問う文音の叔母に正面から向き合いながら駆は答える。その態度を見た文音の叔母は、ふうっとひとつ息を吐いた。


「中々強い子なのね、あなたは。でもね、文音は私たち夫婦にとっては大切な子供なのよ。事故で亡くなったご両親から預かった……」

「知っています。文音さんから聞きました」


 駆の言葉を聞いた文音の叔母は目を丸くする。


「あの子が話したの? こっちに移ってきてからずっと、あの子は事故のことを話すのを避け続けていたのに……」

「それには訳がありまして……」


 駆は自分も両親を亡くしていること、その話がきっかけで文音と話すようになったことを丁寧に説明した。


「……ひょっとしたら私たち夫婦は、文音のことを本当には分かってやれていなかったのかも知れないわね」


 駆の話を聞いた文音の叔母は、寂しげに微笑みながら駆に話す。


「あの事故の後、私たちのところに来てからの文音は、中々笑顔というものを見せてくれなくてね。時が経てば自然に笑顔も戻ってくるだろうって主人と話してもいたんだけど、中々文音は心から笑おうとはしてくれなかったわ」

「その気持ちは分かります。俺も今年、母を亡くした時はそんな感じでしたから」


 文音の叔母が語る話に駆は改めて出会った頃の文音のことを思い出す。あの時の文音はひどく攻撃的で、笑顔とは程遠い状態だった。


「それがね、夏休みに入った頃くらいかしら? 段々と文音は変わっていったわ。自分から進んで家事を手伝ってくれるようになったり、休みの日には一緒に出掛けてくれるようになったり……。勿論、私たちにかわいい笑顔も見せてくれるようになってね。つい先日も主人と二人で、ようやく文音が元気になってくれたって、喜んでいたところなの」


 文音の叔母は一度そこで言葉を切り、じっと駆のことを見つめてくる。駆は動じることなくその視線を受け止める。


「……でも、文音の心を開いてみせたのは、本当はあなたなんでしょう? あなたの強くて真っ直ぐな心が、弱っていたあの子の優しさを救ってくれたのね……」

「どこまで俺が文音さんの力になれたのか、それはよく分かりません。でも、文音さんと出会って、俺自身も助けられたんです。文音さんの家族を失った苦しみと俺の両親を失った苦しみ、その二つを二人で分かち合うことが出来たから、俺も文音さんもそれを乗り越えることが出来たんです」


 文音の叔母の言葉に、しかし駆は一人でやったことではないと語る。実際、駆が文音を救っただけではなく、駆もまた文音に救われていた。あの日、学校の屋上で文音という存在に出会っていなければ、駆はきっと心のどこかで、いつまでも母親の死を引きずっていたに違いない。

 駆と文音の関係は、救い救われるという一方的なものでは無く、お互いがお互いを救いあう双方向の関係なのだ。それは、駆がこの騒動の中でたどり着いた一つの結論である。

 駆の言葉を聞いた文音の叔母はしばらくの間目を閉じた。静かな表情で黙ったまま何事かを考えている。駆はそんな文音の叔母のことをじっと見つめながら、静かに次の言葉が紡がれるのを待った。

 ややあって、目を開いた文音の叔母はぽつりとこう漏らした。


「……私は何の力にもなってあげられないけれど、頑張りなさい。道生くん」

「その言葉だけで十分です」


 駆は文音の叔母の言葉に迷いなくうなずき、胸を張った。

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