第7話 対話を重ねて
「……全くもう、こんなに話しちゃったら、最後の最後まできちんと話を聞いてくれなきゃ、許さないんだからね、道生くん?」
文音は真っ青な表情ながら、それでも気丈に注文を付けてくる。それを聞いた駆は小さく微笑む。この僅かな間に、駆の中で文音の存在はとても大切なものに変わりつつあった。
「俺は逃げも隠れもしないよ、志度さん」
「その言葉、……信じていいんだよね?」
文音が駆の顔を覗き込み、弱々しく尋ねる。それに対して駆は胸を張った。
「約束するよ。死んだ父さんと母さんに誓ってね」
そんな駆の言葉を聞いた文音は、やれやれとでもいうように苦笑いを浮かべる。
「その言葉、ズルくない? そう言われちゃったら信じざるを得ないじゃない」
「そりゃそうだ。信じてもらうために言ったんだから」
「道生くんは名前の通り、真っ直ぐに走り続ける性格なのね」
文音はそう言って、ふうっ、とひとつため息をつく。これまでずっとため込み続けてきた色々な感情が、一時的にでも晴れてスッキリとしたような、曇りのない表情が文音の顔に浮かんでいる。
それを見た駆も心の中で安堵する。仮にこのまま自分と文音が別れてしまうことになったとしても、もう大丈夫だろう、とそう思えたのだ。
「俺もそんなに強い訳じゃないけれど、それでも前を向くことだけは忘れないようにしたいんだ。父さんも、母さんも俺が後ろ向きになっているところなんて、見たくないだろうし」
「私のお父さんやお母さん、それに弟も、やっぱり同じことを思っているのかしらね……」
「そこまでは分からない。俺は志度さんの家のことを今日知ったんだから」
「そこは力強く肯定してよ、道生くん」
肝心なところではっきりしないことを言う駆に文音がツッコミを入れる。いつの間にか、青ざめていた文音の顔には生気が戻ってきていた。
「それを言ったら、俺の両親がどう思っているかなんてのもはっきりとは分からないよ。直接答えを聞けるわけじゃないんだからさ」
「そりゃそうだけど……どうせなら、そこでカッコよく決めてくれたら良かったのに……」
文音はとても残念、と言うようにわざとらしく小さく天を仰ぎ、それを聞いた駆は後ろ頭をポリポリと引っかきながら情けない表情になる。
「うーん、カッコつけるのも良いんだけれど、俺は人に対して正直でありたいと思うんだよな……」
「そう言うのは時と場合によりけりにしておいた方が女子にはモテるわよ」
「そういうものなのかい、志度さん」
「そういうものよ、道生くん」
文音はおかしそうにくすくすと笑い、それを見た駆もまた小さく笑った。
「じゃ、そろそろ帰ろうか志度さん」
「……道生くん、さっきも言ったけれど、また私の話を聞いてくれるわよね?」
「俺で良ければ、いつでも付き合うよ」
「……ありがと、道生くん」
文音は駆に小さく頭を下げる。駆は少し照れくさそうにそれを受け止め、自分も文音に頭を下げた。
この後、駆と文音は次はいつ会うかという話をまとめ、二人で連れ立って児童公園を後にした。
それからというもの、駆と文音は週一回のペースで会ってはお互いの身の上について対話を重ねた。
会話は主として文音が自分の事情を語り、駆がそれを聞く形で進められたが、文音から求められた時などには駆が自分のこれまでについて語ることもあった。駆も嫌がることなく父親や母親のことを語り、二人で記憶を共有できるように心がけた。
夏休みも終わりに近づいたある日のこと。いつものように児童公園で顔を合わせた駆と文音は、会うなり話を始める。この日は文音が前に住んでいた場所についての話だった。
文音は元々は駆が住んでいるこの町からかなり離れた土地に住んでいたらしいのだが、事故で家族を失ったために駆と同じように親戚の家に引き取られてこの町に移り住んできたのだという。
「道生くんが羨ましいわね。地元に親戚が住んでいたんだもの」
「そうだな。家は引き払うことになっちゃったけれど、住んでいるところ自体は変わらずに済んだしな」
「前住んでいたところは気に入っていたし、友達もたくさんいたから離れたくなかったんだけれど、でも私一人じゃどうにもならなかったのよ……」
前に住んでいた場所について語った文音は小さくため息をつき、駆はなだめる様に文音の肩をぽんと軽く叩いてやる。
文音と付き合いを重ねるうちに、駆も文音の心情をより深く理解出来るようになり、文音の方も出会った当初のことが嘘みたいに駆に信頼を寄せるようになっていた。
「いずれは、また前住んでいた場所に戻りたい気持ちがあったりするのかい?」
「ちょっとはね。でも、今住んでいるここも決して悪くはないって、最近ようやく思えるようになった気がするわ」
文音は軽い調子で答える。とてもリラックスしているのが同じ場所にいる駆にも伝わってきた。
「何か理由はあるのかな?」
「色々かしら。学校がある間は気付けなかったことが分かるようになったしね」
「そうか、何だろうな?」
「そんなに考え込まなくても、すぐ近くに理由の一つはあるわよ」
律儀に理由についてあれこれ考えこむ駆を見て、困ったような表情を浮かべながら文音が言った。
駆はそれを聞いてきょとんとしてしまう。
「へっ?」
「へ、じゃないでしょ? 他でもない道生くんのことだって言ってるのに」
「あ……! え、えっと……その……」
「……相変わらず、ここぞ、って時に決められないわよね。道生くんは」
文音はあえて大げさにため息をついて駆の様子をうかがうと、正直な駆はすっかりしょげ返ってしまっていた。
「はぁ……中々カッコいい男になれないな、俺」
「まあ、一朝一夕にそういうのって身につくものでも無いような気がするけどねえ」
露骨に落ち込む駆を見て、文音は内心そんな駆のことをかわいく思いつつも表面には出さずに駆を慰める。
「それに道生くんも言っていたじゃないの。カッコいい男より誠実な男になりたいって」
「そりゃそうだけどさ。カッコいい男にもなれるのなら、やっぱりなりたいものじゃんか?」
「案外欲張りなのね、道生くんって」
これまで見せたことのなかった駆の意外な上昇志向を見て取って、文音は意外そうな表情を浮かべる。
「初めはカッコよく振舞おうなんて思ってもいなかったんだけどな。だけど最近、そんな自分がちょっと物足りないっていうか、納得できないっていうか、とにかく自分を変えていきたいなって思うようになってさ」
「ふーん。それってもしかして……私のせいだったりする?」
「そうかも知れない……いや、間違いないくそうだな」
試すような文音の問いかけに、駆は一度言い直しながらも答える。駆が逡巡した様子はなく、正直な気持ちを伝えてくれたのが文音にも伝わってきた。
「最初がなければなお良かったけれど、でも嬉しいわ。道生くんにそう言ってもらえて」
「最初がなければ、か。要求のレベルにはまだまだ及ばないな」
「大丈夫よ、道生くんがそういう決心を持ち続けられるのならば、いつかなれるって私は信じているから」
そう言いながら落ち込み気味な駆の肩を文音がぽんぽんと叩き、駆はそれを受けてようやく気を取り直す。
「そ、そうだよな。こんなところで落ち込んでいられない」
「そうそう、ファイトよ。道生くん」
やる気を取り戻した駆を見て、文音もまた、もっと努力して駆の為にいい女になろうと決心を新たにしていた。
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